調査室長コラム Ⅱ

第2回 子どもたちの格差にどう対応するか

ベネッセ教育研究開発センター 教育調査室長 木村治生 (2008/06/23更新)

学力格差と意欲格差の拡大

 前回、子どもたちの学習時間が回復しているという話をした。ベネッセ教育研究開発センターが5年ごとに行っている「学習基本調査」では、1990年代に一貫して減少していた家庭学習の時間が、2006年調査で増加に転じている。ここ数年、学力低下に対する社会的な不安がずいぶんと高まったが、その対応のために学校現場がさまざまな努力をした。そうした努力が、子どもたちの学習離れに歯止めをかける一因になったのだろう。

 しかし、このデータは、別の側面からみると大きな問題の存在を明らかにしている。図1は、成績別に学習時間の平均をみたものである。このように、誰が勉強しているのかという視点でながめると、上位層ほど学習時間の伸びが大きい。つまり、勉強ができる子どもはより一生懸命勉強するようになっているが、勉強が苦手な子どもは低い水準のまま変わっていない。その結果、両者の差が以前よりも広がっている。格差の拡大である。

図1:平日の学習時間(成績別)

図1:平日の学習時間(成績別)

*データは中学生(2371名)のもの。
*成績区分は自己評価による。

第4回学習基本調査(国内調査)中学生版」ベネッセ教育研究開発センター(2007)より

 これまでも、幾つかの調査研究で、学力分布の分散化が進んでいることや学習意欲の差が拡大していることが明らかにされてきた。学力分布は、ふつうは1つの山を持つ正規分布に近い形になるはずだが、上位と下位に2つの山ができるようなケースが増え、「ふたこぶラクダ」などと呼ばれるようになった。図2は、中学校の教務主任(3170名)に対して、「5年前と比べて生徒の学力格差がどう変わってきていると思うか」を尋ねた結果である。「以前と変わらない」「やや小さくなった」と回答する教員が4割強いるものの、「とても大きくなった」「やや大きくなった」があわせて5割を超える。半数以上の教員は、学力格差の拡大を実感していることがわかる。

図2:学力格差に対する認識

図2:学力格差に対する認識

*対象は、全国公立中学の教務主任3170名。

中学校の学習指導に関する実態調査2005」ベネッセ教育研究開発センターより

授業への影響

 この格差の拡大という現象は、学校に2つの大きな問題を突きつける。

 1つは、どのレベルに合わせて授業を行うかという問題である。もちろん、子ども一人ひとりの習熟度に応じて課題を与え、指導をするのが望ましいのかもしれない。しかし、クラスには40名を超えない範囲で一定数の子どもがおり、一斉授業をする場面が多い。そのように大半を占める一斉授業において、どのレベルに水準を定めればよいか迷うようなケースが生じている。

 以前であれば、ほとんどの授業で真ん中くらいの子どもたちに合わせて講義をすれば、問題は少なかった。実際、そこに子どもたちが集中していた。ところが、仮に学力分布が「ふたこぶ」になっているとすると、真ん中のあたりが谷になる。中位レベルの子どもが実は少数で、上位と下位に位置する多数の子どもたちが授業に満足しないという状況になりかねない。「ふたこぶ」ほど極端でないにしても、学力格差が大きくなれば、上・中・下位のそれぞれに配慮しないわけにはいかない。当然、教員にとっては、指導の難しさが増すということになる。

意欲向上に生じるジレンマ

 2つ目は、学力下位層をどのように引き上げるかという問題である。

 すでに述べてきたように、学習時間を増やしているのは、成績上位の子どもたちである。彼らは、教員や保護者のはたらき掛けによって、学習意欲を高めることができる。しかし、同じようにエンカレッジしても、それに応えるのは上位層だけで、下位の子どもたちはなかなか学習に向かおうとしない。意欲を高めようとしてはたらき掛けるほど、成績が良い子との格差が広がるというジレンマが生じる。このように、学習に向かわずにあきらめてしまう子をどのように動機づけるかが、学校で大きな課題になっている。

 受験競争が激しかった時代は、少しでも偏差値が高い学校への進学を目指して、子どもたちは学習した。それはそれで、さまざまなひずみを生み出していたので、どちらの時代がよいかは簡単には言えないが、子どもを動機づけることは難しくなかった。しかし、半数以上が大学に進学する今日、「いい高校」や「いい大学」に行くことは、すべての子にとっての学習動機にはならない。学力を十分に身に付けていない子どもたちには、学歴の獲得に代わる学習動機が必要になっているのだが、有効な答えはまだ見つかっていない。

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 今までの学校は、子どもを集団として扱うことで、効率的に学習指導の成果を上げてきた。しかし、子どもたちの格差が拡大していることは、学習指導や動機づけなどの日ごろの教育活動のやり方を根本的に考え直す必要を迫る。教員にとってはたいへん重い課題である。


 グラフのポイントはココ!

  1. (1)ここ5年で学習時間を増やしているのは成績上位層である。上位と下位の格差は大きくなっている。
  2. (2)半数以上の教員(教務主任)が子どもたちの学力格差の拡大を認識している。学習指導がしにくい状況が生まれている。

※初出:月刊「教員養成セミナー」2007年10月号(時事通信社)


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