調査室長コラム Ⅱ

第5回 子どもたちに勉強のポジティヴなメッセージを!

ベネッセ教育研究開発センター 教育調査室長 木村治生 (2008/09/19更新)

 この連載の第1回と第2回で、子どもたちの学習時間のデータを紹介した。ベネッセ教育研究開発センターでは、同じ調査を、世界の6都市でも行った。実施した都市は、東京、ソウル、北京、ヘルシンキ、ロンドン、ワシントンDCである。いずれも、日本の小学5年生に相当する学年の子どもを対象とし、公立小学校に調査をお願いした。今回は、東京のデータに表れた特徴を手掛かりに、学習に関する課題を考えてみたい。

日本の小学生の学習時間

 最初に、図1で各都市の学習時間の平均を確認しよう。平日の学校以外での学習時間である。その合計に注目すると、東京は101.1分で6都市中3番目である。ソウルや北京と比べると短いが、欧米の3都市よりは長い。

図1:平均学習時間

図1:平均学習時間

*ベネッセ教育研究開発センター「学習基本調査・国際6都市調査」より

 東アジアの3都市は、「宿題以外の学習時間」が長いのが特徴だ。これには学習塾の存在が影響している。都市部での調査ということもあるが、通塾率は東京51.6%、ソウル72.9%、北京76.6%で、半数を超えている。このように、アジアは学校外の学習機関が発達している。

 これに対して、欧米の3都市は、学校から出される宿題を中心に勉強しており、それ以外の学習時間は短い。学校以外で勉強をするという発想は、あまりないようだ。意識を尋ねる項目で「勉強は学校だけですればいい」と思うかどうか聞いたところ、東アジアの子どもたちは7〜8割が否定するが、欧米の子どもたちは7割前後が肯定している。

学習の二極分化

 この調査結果を見ると、東京の小学生は結構勉強しているように見えないだろうか。最近は子どもたちの学習離れが指摘されることが多いが、1日につき1時間半を超えているのだから、長いと言ってもいいだろう。しかし、学習時間の分布を見ると、異なる様相が表れる。

 図2では、都市別に学習時間の分布を示した。東京は「およそ30分」「1時間」という回答が多く、「ほとんどしない」を含めて、およそ半分が1時間以下である。ところが、「それ以上」(注:3時間30分より長い)という回答が13.6%あって、かなり長く勉強している子どもがいることもわかる。分布の山が2つあり、中間層が少ないのも特徴だ。こうした二極分化を示す都市は、ほかにはない。言ってみれば、同じ教室の中に家庭学習が30分くらいの子どもと4時間に達するような子どもが一定のボリュームでいるということである。教師にとって、学習指導が相当やりにくいであろうことが、容易に推察できる。

図2:学習時間分布

図2:学習時間分布

*ベネッセ教育研究開発センター「学習基本調査・国際6都市調査」より

 ちなみに、ソウルは「それ以上」という回答が最も多いなど、とにかく長時間勉強している子どもが目につく。北京は全体に平べったい山で分散は大きいが、学習時間が長い傾向に変わりはない。ヘルシンキ、ロンドン、ワシントンDCの3都市は、「およそ30分」「1時間」という回答が多数を占め、「2時間」を超える回答は少ない。学校の宿題を中心に1時間以内で勉強を済ませるというスタイルが、主流のようだ。

学習が「役立つ」という意識の低さ

 このように、学習時間一つを取ってみても、都市により大きな違いがあることが分かる。それにしても、二極分化を示す東京のデータを見ると、学習時間が短い子をいかに学習に向かわせるかが大きな課題だと感じる。東京の場合、長時間勉強している子どもは中学受験を目標にしていると考えられるが、それ以外の子どもたちは意欲を持ちにくい状況があるのかもしれない。

 例えば、勉強がどのようなことに役立つと思うか尋ねたところ、すべての項目で「役に立つ」と回答する比率は、東京が最も低い。勉強が「お金持ちになるために」役に立つという回答は、東京では42.6%だが、他の都市では6〜8割もいる。「会社や役所に入ってえらくなるために」役に立つと考えるのは、9割前後の都市が多い中で、東京は6割台だ。このような社会的な地位達成や経済的な成功に勉強が役に立つという思いを、東京の子どもたちは強く持てていない。こうした傾向は、日本全体に共通しているだろう。

 ソウルや北京では学歴主義が強いので、勉強が役に立つというメッセージを、大人が子どもに伝える場面は多い。また、欧米の授業を見ると、取り組んでいる学習の目的は何か、どのような意味を持っているかを、教員が意識して伝えている。

 過度な競争にならないように配慮する必要はあるが、日本でももっと勉強の価値をポジティヴに伝えられるといいと思う。これはすべての大人に課せられた社会全体の課題であるが、教員が担う役割はとりわけ大きい。


 グラフのポイントはココ!

  1. (1)東アジアは宿題以外の学習が長いのに対して、欧米は宿題中心である。東京は、6都市の中で最も宿題の時間が短い。
  2. (2)東京の小学生は、学習時間が短い子と長い子の二極に分化するような分布を示している。

※初出:月刊「教員養成セミナー」2008年1月号(時事通信社)


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