BERD 2007 No.11
【特集】
インタビュー
profile
上杉賢士
千葉大学大学院教育学研究科教授
うえすぎ けんし

千葉大学大学院教育学研究科教授(学校教育臨床専攻)。
千葉大学卒業後、小学校教諭、千葉市教育委員会指導課指導主事等を経て現職。
2007年、NPO法人日本PBL研究所を設立した。
著書に『プロジェクト・ベース学習で育つ子どもたち〜日米18人の学びの履歴〜』(共著/学事出版)など。
Refarences
●「PBLブックレット創刊号〜学びから始まる教育改革〜」特定非営利活動法人日本PBL研究所編/特定非営利活動法人日本PBL研究所/2007年
●『学びの情熱を呼び覚ますプロジェクト・ベース学習』ロナルド・J・ニューエル著/上杉賢士・市川洋子監訳/学事出版/2004年
●『行為する授業〜授業のプロジェクト化をめざして〜』H.グードヨンス著/久田敏彦他訳/ミネルヴァ書房/2005年
●『新版カリキュラム研究入門』安彦忠彦編/勁草書房/1999年
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コミュニケーション・スキルを高めるプロジェクト・ベース学習
──「目的」ではなく「手段」としてのスキル獲得を──
上杉賢士[千葉大学大学院教育学研究科教授]

上杉賢士
 アメリカのチャータースクールで開発され、欧米に実践の動きが広がりつつあるプロジェクト・ベース学習。
 日本におけるプロジェクト・ベース学習研究の第一人者である上杉賢士先生は、この学びのスタイルが子どもたちのコミュニケーション・スキルを伸ばす可能性を秘めていると話す。
 プロジェクト・ベース学習が子どものコミュニケーション・スキルをどのように高めていくのか話をうかがった。
コミュニケーション・スキルの育成が自己目的化する危険
 近年、子どもたちにソーシャル・スキルやコミュニケーション・スキルを身に付けさせるためのプログラムが開発され、学校現場に導入する動きが見られます。
 それらはコミュニケーションの内容を「挨拶をする」「自分の意思を相手に伝える」「相手の気持ちを聞く」というように一つひとつのスキルに細かく分解して、それぞれを子どもたちに着実に習得させようとするものが中心です。恐らくそうした基礎レベルから学ばせなければ、初歩的なコミュニケーションさえ成り立たないところまで、子どもたちの状態は深刻になっているということでしょう。
 私はその取り組み自体は、意味のあることだと思います。学習活動を行う上で前提となるスキルが水準に達していないのなら、その能力を培うトレーニングは必要でしょう。
 しかし私が危惧するのは、コミュニケーション・スキルを育てることが、教育の「手段」ではなく、「目的」になってはいないだろうか、ということです。
 コミュニケーション・スキルを高めることは、教育の手段ではありますが、目的ではありません。スキルとは、あるゴールがあって、そのゴールに到達するための手段として活用されるものです。学校教育におけるゴールとは、当事者である子どもの立場でいえば「自己実現」でしょうし、教育する側の立場であれば「社会の担い手の育成」でしょう。子どもが自己実現を果たし、また社会の担い手として育つための手段として、スキルがあるわけです。
 この10年、学校教育の世界では、情報教育や環境教育、あるいは食育など、さまざまな教育の必要性が叫ばれてきました。例えば食育についていえば、食に関する正しい知識と選択する力を養うことで、よりよい生活を送ることが目的となるわけですが、本来は手段である「食について学ぶこと」がそのまま学校教育の目標に位置付けられています。同様に情報教育や環境教育も目標として掲げられる傾向にあります。そうすると教育の目標が多重に設定されることになるために、その先の最終的なゴールが見えにくくなる状況が生まれています。
 食育や情報教育、環境教育、そしてコミュニケーション教育はそれぞれ重要です。ただしそれらは本来、学校教育が達成するべき最終的なゴールではなく、「子どもの自己実現」と「社会の担い手の育成」というゴールに達するための手段です。この目的と手段の関係を意識しておかないと、コミュニケーション・スキルの獲得をもって教育的達成と見なしてしまうような転倒が起きてしまいます。
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