日本初のMOT専門大学院で技術をマネジメントできる人材を芝浦工業大学大学院工学マネジメント研究科 Between 2003.3

Between 2003.03
特集　新増設と改組転換の戦略

【大学院研究科新設】

日本初のMOT専門大学院で
技術をマネジメントできる人材を

芝浦工業大学大学院　工学マネジメント研究科

　米国のビジネススクールで最近、MOT（Management of Technology）コースの設置が相次いでいる。芝浦工業大学ではこの動きを国内で先取りし、初の工学系専門大学院としてMOTの研究科「工学マネジメント研究科」を開設する。今後、経営学を基盤にしたMOTコースの増加が予想される中、工学教育に実績を持つ大学院としてどのような独自色を発揮していくのだろうか。

政策力という小刀を持った「二刀流」の技術者を養成

　MOTは「技術経営」「技術政策」と訳される。1990年代のアメリカでは、ITやバイオの分野で新技術が台頭し、数々のベンチャー企業の勃興、新産業創出で市場は沸き返った。それを背景に同国では、ビジネススクールの中にMOTコースを設ける動きが活発化。その数は、80年にはわずか45大学だったが、90年は120大学、99年には247大学まで伸びている。
　このMOTを一コースとしてではなく、専門大学院の独立した研究科として位置づけ、技術経営の修士を授与するという国内初の試みが、芝浦工業大学大学院工学マネジメント研究科だ。
　同研究科が掲げるのは、優れた技術を消費者ニーズと結び付け、市場に供給するという技術マネジメント力を持つ技術者の養成。技術マネジメントとは、大工の仕事で例えると、木の状態や住人の生活スタイルに合わせ、用いる技術を臨機応変に調整する棟梁の仕事。誰を対象に何をつくるのか、技術をどう応用して用いるか、市場ニーズを見据えて対応できるノウハウを習得させるわけだ。
　研究科長には、ハーバード大学とスタンフォード大学でMBA・MOT教育の実績がある児玉文雄氏（現・東京大学先端経済工学研究センター長）が就任する予定だ。
　日本の生産システムの問題の要因として、市場ニーズが少品種・大量生産から多品種・少量生産に大きく転換しつつあることが挙げられる。従来のように、生産の効率性を追求するだけでは経営は成り立たず、高水準の科学技術を有効に活用する技術戦略が不可欠となっている。
　専門大学院開設準備室の岡本史紀室長は「ニーズが多様化しており、技術者も以前のように与えられたものを精巧につくればいい、という時代ではありません。当研究科では、技術という大刀を最大限に活用するため、マネジメントや政策力といった小刀を兼ね備えた『二刀流』の技術者を養成し、企業・産業の活性化、ひいては新規産業創出にも貢献したいと考えています」と説明する。具体的には技術担当役員や研究所長、ベンチャー起業家など経営管理者の輩出を目指す。
　基本的には、同大学の卒業生のように工学を学んだ技術職の人材に、マネジメントに関する教育を行うことに軸足を置く。その一方で、技術系の素養のない事務職や管理職に対し、最新テクノロジーに関する基礎理論や開発動向などを教育することも想定している。
　「ノーベル化学賞を受賞した田中耕一さんのように、トップが技術を評価できないために、結果として優れた人材を埋もれさせてしまうこともあります。技術の専門家がそろっている工業大学の利点を生かし、専門知識のない人に技術価値を評価できる能力を身につけてもらうことも目標の一つです」と、岡本室長。実際、学生募集に対して、技術系以外の人からの資料請求も2割強に上っているという。

工学系、マネジメント系を横断的に学ぶ複数指導体制

　開設の後押しとなったのは、大学OBへのアンケート調査だった。工学マネジメント分野に関する専門教育の必要性を8割以上が感じていたほか、管理職に就く前に、会計、マネジメントを学べる場が欲しいという回答もあったという。
　文部科学省との事前協議をするにあたって、最初の関門は、高度専門職業人養成のための大学院の制度化を打ち出した98年の大学審議会答申だった。そこでは、経営管理、法律実務、公衆衛生などの分野が例示され、工学系は挙げられていなかったからだ。そこで同大学は、01年に閣議決定された「科学技術基本計画」にもとづき技術マネジメント教育の重要性を主張、それが認められ設置にこぎつけた。
　同研究科には工学マネジメント専攻のみを置く。分野を細分化せず、さまざまな知識に触れ全体を見渡してもらうためだ。昼夜開講制を採用し、講義は基本的には月～金曜の夜間と土曜日に実施。初年度の定員は28人で、不況の折、企業からの正規の学生派遣は厳しいと予想、企業派遣、個人ともピンポイントで学べる科目等履修生制度の需要増大を見込んで、今後、制度を充実させる方向だ。
　カリキュラムにおける共通科目は、導入科目である「工学マネジメント論」と「プロジェクト演習」、修士論文に当たる「特定課題研究」の三つ。プロジェクト演習は、教員が与えた具体的な事例について、グループ単位で調査、討論、報告を行う実践科目だ。その延長線上に、学生が自ら課題を設定して取り組む特定課題研究がある。これら実践科目は、学生が各自のバックボーンに応じて選ぶ専門領域に付随した内容となる。
　専門領域は、工学系4領域とマネジメント系3領域の7領域に分けられる（図表1）。工学系領域は「科学技術基本計画」で重点分野として盛り込まれたライフサイエンス、情報通信、環境、ナノテクノロジー・材料と製造技術の4分野に対応。マネジメント系領域では、日本ではまだ専門家の少ない、技術政策をテーマとした技術・産業論や、実践的なマネジメント戦術を提供する技術経営などを配して独自性を打ち出している。各領域には基本科目と発展科目が設けられ、基礎から応用へと段階を踏んで学べる工夫も施されている。
　学生は、これら7領域の中から専任教員1人を主研究指導員とし、その担当科目を受講するとともに、プロジェクト演習や特定課題研究の指導を受ける。しかし、1領域だけの履修では、一つの研究テーマに特化した一般の大学院とあまり違いはない。そこで、主研究指導員とは異なる系から、副研究指導員1人を選び、研究面での支援のみならず、その担当科目も必修で学ぶ複数指導体制とした。主研究領域がマネジメント系であっても、副研究指導員の担当する工学系科目も履修することで、横断的な知識が得られるというわけだ。

学生2人につき専任教員1人

　同研究科の専任教員は16人。学生2人につき専任教員1人という割合だ。そのうち、実務経験者は10人（図表2）。マネジメント系では元通商産業省の行政官、証券会社副社長など。工学系領域についても、実務経験者はその半数を占め、環境NPO法人理事長や、人工臓器の開発に携わる現役医師などが名を連ねる。
　「例えばテーマがDNA工学でも、生物学の基礎知識ではなく、ビジネスとして成功しているバイオベンチャーの技術評価のポイントなど実践的内容を教えるので、実務経験の豊富な教員が多く必要になるわけです。技術マネジメントの成功例はもちろん、表に出にくい失敗例のケーススタディーを展開できますし、教員がコンサルタントとして、学生の業務上の課題を解決することも可能になります」と、岡本室長。
　数回に渡って開催された説明会や模擬授業は盛況で、ニーズに関する手応えを感じているようだ。1月現在、資料請求者の9割がITやバイオ関連企業、公的機関などに勤める有職者。25～35歳と若い世代が多いという。
　選考は、書類審査と面接試験で行う。新卒者にも門戸を開くが、実務経験や将来への意欲を評価ポイントとして重視する。
　年間の授業料は170万円で、同研究科生のみを対象とした奨学金制度も設けられる予定だ。

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