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高知工科大学
高知工科大学（KUT）は、高知県に工科系大学をつくり、工業を中心にした「地域産業の強化」と「工業技術の能力を持った地域発の人材育成」を図ることを目的に、1997年度に設立された。岡村甫学長は「完成年度が過ぎて第2ステージに入ったいま、持続的発展に力を注ぐ」と今後の展望を語る。
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地方発先端的大学としての第2ステージ
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KUTは、開学時に「世界一流の工科大学を目指す」ことを標榜し、力強い滑り出しを全国に印象づけ、実際に成果をアピールしてきた。その一方で現在、次のステップとしての学内規定や機構の見直しが行われている。さらに、学生の視点に立って教育するシステムの構築にもウエートをおき始めた。
これまで通り世界に目を向けて華々しい成果を追求するのか、それとも地域に視線を戻して多様な展開をするのか。入学生の中から少数の異能の人材を発見してその才能を伸ばすのか、それとも学生全体のレベルアップと教育の充実を図る方向に軌道修正するのか、KUTはターニングポイントを迎えているように思われる。03年度に向けた見直しから、同大学の第2ステージを追う。
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岡村 甫 学長
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力強い滑り出しと華々しい出口の成果
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高知工科大学キャンパスに鉄道で行く場合、JR土佐山田駅が最寄駅になる。その駅舎の横に山小屋風の瀟洒なトイレが設置されている。入り口は、外からの視線をたくみに遮蔽するなど配慮が行き届き、車椅子でも入りやすい十分な広さを確保した建物だ。中は落書きひとつなく、木の感触が温かい。駅舎隣接というトイレのイメージを払拭している。実はこの建物は、地域コンペに参加して入選したKUTの学生の作品を土佐山田町が建設したものだ。駅を利用する人たち、特に中学生や高校生の若い世代に親しまれているという。また、地元出身の歌人の記念館建設では町づくりワークショップなどを立ち上げ、地域住民と話し合い、実際に利用される地域公共建築のデザインコンペも行っている。
さらにKUTは大学発ベンチャー企業が多いことでも知られる。例えば、地域の観光と物産を紹介するサイトを運営する（株）高知ナビは、01年に設立されたが、社長は電子・光システム工学科の4年生だった。02年7月からは大阪と台湾に姉妹会社も設立されている。
同大学発のベンチャー企業は02年3月で12社。この数字は慶應義塾大学、龍谷大学、早稲田大学、大阪大学に次ぐ第5位で、工学部だけの単科大学という規模を考えれば図抜けた件数である。
このような実践的な教育を受けた学生たちの進路やKUTの研究成果も気になるところだが、こちらも就職率98.3％、おもな就職先はソニー、大王製紙、日産自動車、日本テレコム、NTTデータ、四電工など東証一部上場企業や有力企業が顔を並べている。また、大学院進学率も24.9％と高い。研究分野でも国際級学会の発表件数が年間約300件と、第一級の成果が示される。
これらが過去2回卒業生を輩出した高知工科大学の教育・研究成果をうかがわせるデータだ。
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トップダウン型教育に自由さと厳格な規律を導入
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教育システムに目を転じてみよう。技術者養成や工学研究者養成の方法としてとられる教育方法に「トップダウン型教育」がある。これは、最先端の研究成果（トップ）にまず触れてみて、最高の成果を得るにはどういう基礎（ダウン）を学んだらいいかと考える教育方法のことだ。かつての職人世界の徒弟制もそのひとつといえる。
KUTでも、このトップダウン型教育が採用されている。1年生から「セミナー1」でいきなり専門分野の研究に取り組む。研究やものづくり、学問の世界の面白さを体感してもらうためのしくみである。
この考え方は学内の建物の設計思想にも反映されている。1階には全コースの「セミナー1」のための実験室群が並び、2階、3階、研究室フロアもおおむねコースごとになっている。
このようなトップダウン型教育から「大ブレークしたY君」が大学パンフレットで紹介されている。Y君は同大学大学院電子・光エレクトロニクスコースに進み、01年7月にはロシア科学アカデミーで行われた国際会議（FEECM）でポスター発表をするまでになったという。
KUTのカリキュラムには必修科目がなく、とことんやりたい分野の科目だけに集中することができる自由さがある。しかしこの自由さは諸刃の剣だ。なぜなら卒業単位数を満たすことができても関連性のない科目群を学んでしまった結果、体系立った知識が身につかない学生が出現しかねないからだ。
そこで、この危険性を回避するために、各コースの体系的な履修の流れを学生に分かりやすく示すことも行っている。例えば社会システム工学科の設計分野に関心を寄せる学生向けに、基礎から発展関連分野の科目の履修イメージを俯瞰した、わかりやすいチャートが示されている。
自由な選択科目制度の中では厳格な規律も機能している。KUTでは半年に一度、親などの学費負担者に成績が送付されるが、その際に修得単位が1年生の前半で17単位未満、1年生の後半で34単位未満、あるいは3年生の前半で84単位未満という一定の基準に達していない場合には、成績送付用紙に色がつけられて送付される。これはイエローカード、レッドカードといわれる。レッドカードになると「君は留年しますよ」というメッセージになる。
同じように、4年生前期始めで100単位未満の場合には、就職希望の学生であっても、再履修などによって修得単位を積み上げなければ、大学からの就職支援を受けることができない。逆に、124単位以上修得していれば、就職活動や大学院科目の事前履修が認められる。
このように入学時から各種のハードルが明示されている。そのために、学生は嫌でも応でも勉学に励まなければならない。学生を勉学に向かわせるこれらの工夫が、高い就職率や大学院進学率、各種のコンテストやコンペでの入賞などにつながってきた。
しかし、華々しい教育・研究成果のさらなる充実のために、岡村学長は、専門を学び始める前提学力の向上を図ることで、全体の底上げにつなげるボトムアップ型教育にも配慮を加え始めたようだ。
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教育システムの改善でボトムアップを図る
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岡村学長は、「6年が過ぎ、学生も教員も第2世代に入ったいま、持続的発展に力を注ぐことが学長としての役目」と明言する。その取り組みの一端として、基礎教育の充実と「教育講師」の採用、そして教育と研究の活性化のための新たな人事制度について紹介してくれた。
教育の充実のための授業評価アンケートは学内に公開されている。しかし、「他大学と大きく違うのは教授法の提言や、改善の示唆をしないことです。大学教員は研究者としても教育者としても自立している人たちと考えていますから、先生方には結果を見てもらえればいい。結果をどう見るか、どのように改善するかは各教員が行うこと」（同学長）と割り切っている。そして「私の立場は結果を提示すること」と岡村学長は言い切る。ここから厳格な教育・研究評価制度を実行しているという自負と、システム工学者としての合理的思考方法がうかがえる。
「例えば、物理の授業評価結果が出たとします。複数担当者のうちひとりが有意差を感じさせる程度に評価が低いことがわかったとしても、その理由を説明するにはアンケートでは不十分です」と、アンケートそのものから詳細な原因分析を行ったり、その結果から直接教員の授業スタイルに立ち入ることは慎重でなければならないという考えを示す。むしろ岡村学長は、KUTの持続的発展に力を注ぐため、教育の充実のために授業評価アンケートから個々の教員の格差をみるよりも、授業科目やカリキュラムのあり方、つまりシステムの改善を考えている。
その一つとして、数学基礎教育の充実を目指したカリキュラムの導入があげられる。もともとKUTは高知県内の小中高校と連携して、基礎学力の向上を目的とした「プロジェクト研究
Blue Bird」を行っている。その中に数学教育分野の中心的存在として西本敏彦教授がいる。また、井上昌昭助教授は学生向けの優れた基礎数学の演習教材を99年度から作成し、公開している。おそらくこのような取り組みの成果を踏まえ、新カリキュラム導入の機が熟したと判断したのであろう。
01年度のシステム工学のカリキュラムを例にすれば、共通科目の「微分積分学1」「微分積分学2」「線形代数学1」「線形代数学2」の前に数学の導入教育である「数学の基礎」を学ぶ。この導入基礎の数学で一定のレベルに到達しない場合には、次のステップを履修できないようにするという。
KUTの入試では、基本的に数学と英語および理科（物理、化学、生物から）1科目が課されるが、推薦入学者は面接や小論文でも挑戦できるようになっている。このような多様な入試制度のもとで、導入基礎の数学は、入学時の実力が「数学Iレベル」の学生のための実質的な補完教育としても位置づけられている。
さらに教員の充実のための方策が03年度から実行される。それが、専門教育とスタディ・スキルを担当する任期制の「教育講師」という制度だ。専門教育での教育講師は各学科等の実験、設計、演習、セミナーなどを担当する。またスタディ・スキルを担当する教育講師は数学などの授業で教員の補佐をしたり、社会に出るために必要な基礎的技能の教育を担当する。同時に教育講師は学習生活指導、就職に関する指導の補佐などにも関わるという。
「教育講師は10人程度が予定されています」と岡村学長は語る。教員の補佐というと大学院生や若手研究者を想像するが、KUTの教育講師はそれとは違っている。KUTが求めている教育講師の基準は、「自分のもつ技術をKUTに提供できること」「これまでのキャリアに誇りをもって具体的に学生たちに伝えられること」「チャレンジする学生を育てる姿勢をもっていること」という。応募資格は、企業等での専門的キャリアと教育に意欲のある55歳程度の人材とされているから、単なるアシスタントや講師ではないことがわかる。
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教育・研究評価から任期制、年俸制へと連動
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しかし、何といっても学生の能力とやる気を引きあげているのは、教員の研究活動の活発さと後進に対する指導の熱心さだ。教員の熱意を喚起する要が、明確な「教員評価システム」である。この評価結果による「得点」は昇給昇格の参考にされ、03年3月末で2回目の実施となった。
さらに岡村学長は03年度から予定される「教員評価システムと任期制・年俸制の連動構想」を披露した。その概要を以下に示す。
教員の任期制・年俸制
1 講師
・任期 5年
・3年間 年俸700万円
・4年目以降は過去3年間の教員評価平均点にもとづき500万円～900万円
・3年間の平均が900点以上となれば助教授に昇格
2 助教授
・任期 10年
・3年間 年俸900万円
・4年目以降は過去3年間の教員評価平均点にもとづき600万円～1200万円
・3年間の平均が1100点以上となれば教授に昇格
3 教授
・任期 5年
・3年間 年俸1000万円
・4年目以降は過去3年間の教員評価平均点にもとづき700万円～1500万円
・3年間の平均が1100点以上となれば終身制（定年まで）に昇格
なお、年俸のほかに50万円の住宅手当等が一律支給される。
KUTの持続的発展に向けた教学運営システムの改善と戦略は、「研究水準の維持のためのしくみ」と「教育の充実のしくみ」に二極化してきたといえるだろう。
KUTの大学運営システムの今後であるが、教育面では、トップダウン型教育を基本にしながら、どこまできめ細かくボトムアップ型教育と融合するのかが注目される。
また、入学者の出身県分布では約50％の学生が地元出身となっているが、高知県側の素朴な願いである地域密着型の工学系大学として、地域産業への貢献を果たしながら、一方でグローバル型大学として、どこまで活躍できるかという舵取りにも注目したい。18歳人口の減少による淘汰の時代に、単科大学特有の個性あふれる同大学がどう展開するのか、今後の動向を見守りたい。
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武蔵野大学教授