ベネッセ教育総合研究所
大学改革の行方 工学部教育の変化と工学教育・研究の展望
阿部博之
内閣府総合科学技術会議議員・東北大名誉教授
阿部博之
Abe Hiroyuki
1936年生まれ。東北大大学院工学研究科博士課程修了。東北大教授、総長等を歴任。現在、内閣府所管で科学技術政策の企画立案を行う総合科学技術会議の議員を務める。
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Special Feature
識者に聞く

「21世紀の技術者に求められる資質とは」
国際競争が激化する中、産業界は工学系学部に何を期待しているのだろうか。また、技術者に求められる資質とは何か。総合科学技術会議議員の阿部博之名誉教授にお話をうかがった。

教育・研究両面で期待が高まる工学系学部
 現在、大学の工学系学部の役割はかつてないほどに高まっています。
 その一つが教育面での役割です。90年代初頭までは、ほとんどの企業が新入社員の教育・研修を企業内で行い、日本企業の競争力を支える原動力の一つになっていました。しかし90年代に入ると、長期の不況と国際競争の激化により、じっくりと人材を育成するゆとりを企業が持てなくなってきました。そのため、産業界が大学の教育に対して、これまで以上に大きな期待を寄せるようになったのです。
 また、研究分野においても、大学に対する期待は大きくなってきました。高度成長期からバブル崩壊まで、我が国は欧米諸国で生まれたアイディアや製品を基に、更に性能の良いものを多量に生産することで国際競争力を付けていきました。ところが、現在では同じことを中国・韓国が行い、日本を猛追しています。そこで「改良型」ではなく「オンリーワン型」の製品開発が我が国で求められるようになったのです。企業内で基礎研究も含めゼロから研究開発を行おうとしても限界があるため、大学や国の研究機関との連携をより重視せざるを得なくなってきました。
 
幅広い知識と視野が必要
 こうした状況の中で、工学系学部の学生は大学での学びをどのように進めていけばよいのでしょうか。
 日本の工学系学部の研究水準は世界的に高いレベルにあり、特に材料工学や化学は世界トップです。しかし、工学部における学びが常に最先端の事象ばかりを追究しているわけではありません。むしろ、基礎こそが重要であり、合わせて柔軟に物事を捉えられる素養が、企業に就職してからも重要になるのです。
 企業に入って5年、10年も同じ技術が通用するかというと、決してそんなことはありません。大学で研究した当時は最先端であっても、時間が経てば忘れられることの方が多いのです。例えば、大学院の博士課程でX線の技術をマスターした人が、就職後もX線の技術だけにこだわり続けたとしても、その人が目覚ましい業績を上げることは恐らくないでしょう。機械の故障などで原因を探る際、X線が有効な道具であることは確かですが、事故の性質によってはそれ以外の方法で測定する方がよい場合が数多くあるからです。大切なのは、様々な知識・技術をいかに結び付けられるかということ、更には解決法を自ら探り複数の可能性を見いだす力が求められるのです。
 21世紀をリードする科学技術は、ほとんど異分野との統合・融合から生まれてきます。工学系を目指す学生は、本質的に物事を解決できる力を身に付けると共に、知識の幅を広げるためにも異分野の師と積極的に交流を重ねることも大切になるでしょう。

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