「データで考える子どもの世界」

第1回【識者インタビュー】 なぜ、今、「保幼小接続」に注目するのか?
            ─  「保幼小接続」に注目する背景と今後の方向性

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近年、全国の小学校で、授業が成立しない「小1プロブレム」と呼ばれる現象が問題になっている。これまでも幼稚園・保育所と小学校の連携強化など、子どもたちの小学校生活への円滑な移行のための取り組みが進められてきた。小学校以降の学びを豊かにする上でも、この時期の教育は今後ますます重要になると思われる。幼児教育が専門で、文部科学省の「幼児期の教育と小学校教育の円滑な接続の在り方に関する調査研究協力者会議」の座長でもある無藤隆先生に聞いた。
 

プロフィール

無藤 隆 先生

無藤 隆 先生
東京大学大学院教育学研究科教授

むとう・たかし●白梅学園大学子ども学部教授、同大学院子ども学研究科長。お茶の水女子大学教授、白梅学園大学学長を経て現職。専門は、発達心理学、教育心理学、幼児教育。文部科学省「幼児期の教育と小学校教育の円滑な接続の在り方に関する調査研究協力者会議」委員ほか、中央教育審議会委員などを歴任。著書に『現場と学問のふれあうところ』(新曜社)など。

【インタビュー要旨】

課題:
  • (1) 幼稚園や保育所と小学校との学習の段差が大きく、小学1年生で授業についていけない子どももいる。
  • (2) 幼稚園や保育所と小学校では、現場の関係者の接続・連携への関心に差がある。

解決の方向性:
  • (1) 接続カリキュラムの作成
  • (2)「人間関係を維持する力」と「学びに向かう力」を育てるために「遊び場」づくりが必要。
  • (3) 学校では、子どもの集中力を高めるための工夫をする必要がある。例えば午前中におやつを出すことなど。
  • (4) 家庭では、子どもの言葉の発達を促すため、子どもの話をよく聞いてあげ、低学年でも本の読み聞かせをすること。

Q. 小学校入学期の子どもにはどんな課題があるか?

図1  学びに向かう力:人に自分の気持ちを伝えたり、
相手の意見を聞いたりすることができる

「幼児期から小学1年生の家庭教育調査」(2012)より

ベネッセ教育総研次世代育成研究室では、2012年1月に年少児から小学1年生の母親を対象に、「幼児期から小学1年生の家庭教育調査」を実施しました。

その中に、次のような興味深いデータがあります。子どもが「人に自分の気持ちを伝えたり、相手の意見を聞いたりすることができる」かを月齢別に見てみると、「とてもあてはまる」の割合が、年長児から小学1年生になるときに大きく下がっていたのです(図1)。

このような調査データも踏まえ、小学校入学期の子どもたちには、どんな課題があるといえるのでしょうか?

A. 小学1年生ですでに授業についていけない子どもの存在がある

「人に自分の気持ちを伝えたり、相手の意見を聞いたりすることができる」力は、「学びに向かう力」(注1)の大事な要素の一つで、社会生活全般の経験に影響されて伸びていく力です。特に、言葉の発達に大きく依存するものです。

今回の調査データを見ると、年長児までは少しデコボコがありながらも、ほぼ月齢にしたがって順調に伸びているのに、調査時点の小学1年生でもっとも月齢の低かった6歳10か月(2006年3月生まれ)にはっきり落ち込んでいます。6歳9か月と6歳10か月ではわずか1か月の違いしかないにもかかわらず大きく落ち込んでいるのは、小学校の環境にスムーズに適応できていないからではないかと考えられます。

その原因は、言葉の発達に大きく依存しています。幼稚園や保育所でのコミュニケーションと小学校でのコミュニケーションのやり方に差があるため、自分の気持ちを伝えたり相手の意見を聞いたりするのが難しいと感じるのかもしれません。また、幼児期に比べて小学1年生での月齢ごとの伸びが小さいのは、教師が介入したコミュニケーションがうまくいっていない可能性があるといえるでしょう。

このデータが示すように、小学1年生の中でも月齢差があります。調査時点での6歳10か月から7歳2か月までの子ども(3月生まれ〜11月生まれの子ども)が深刻な問題を抱えています。しかし、小学校の先生はそれに気づいていない可能性が高いと思います。この段階ですでに差がついてしまっているのですから、高学年になると学力差がさらに広がることは当然でしょう。

(注1)「学びに向かう力」とは、自分の気持ちを言う、相手の意見を聞く、物事に挑戦するなど、自己主張・自己統制・協調性・好奇心に関係する力のことを指します。(「幼児期から小学1年生の家庭教育調査」速報版p2より

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Q. なぜ小学1年生で落ちこぼれるのか?

小学校の先生には、「小1プロブレム」など小学校に適応できない子どもへの問題意識はかなり高いのにもかかわらず、なぜこのような問題が起きるのでしょうか?

A. 小学校の指導形式についていけない子どもがいる

小学校に入学した1年生に求められることでいちばん難しいのは、45分という授業の枠組みです。小学校導入期向けのカリキュラムをしっかり実施している学校では、授業時間を15分、20分単位に分割したり、合科的な指導をしたりするなど、幼児教育のやり方を取り入れながら、子どもたちの小学校の学び方への抵抗感を取り除いています。しかしそれを実施しているのはまだ一部の学校です。

小学1年生では、小学校独特の学習習慣や授業に向かう姿勢、たとえば、「先生の質問には挙手して、指名されたら、『はい』と返事をしてから答える」といった授業でのスキルや習慣を教えていく必要があります。それが小学校生活全体にわたる学習の基礎となるやり方だからです。

しかし、とりわけ月齢の低い子どものなかには、それについていけず、発言しなくなる子どもも出てきますから、図1で見たような落ち込みも出てくると思われるのです。せめて1年生の一学期は、幼児教育のやり方を踏まえて柔軟に対応しつつ、徐々に小学校のやり方に移行する必要 があるでしょう。

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Q. 保幼小接続の重要性を現場はどうとらえているか

保幼小接続期の指導の重要性について、幼稚園・保育所(以下、幼保)の先生、あるいは小学校の先生はどのようにとらえているのでしょうか。

A. 送り出す幼保のほうが小学校よりも意識が高い

総じて、送り出す側のほうが熱心です。

幼稚園・保育所・認定こども園、公立、私立と多少の温度差はありますが、幼保では、常に小学校以降の生活を意識して幼児教育・保育を行っています。

遊びを通して人と協力することや他者への思いやり、辛抱強く取り組むことや挑戦することなどを育て、自己と感情の発揮と抑制を調整する力ができることを重視しています。集団生活や学習の成立にはこの自己調整力が非常に重要で、小学校の指導がスムーズにできるのは、幼保でのこの教育のおかげだといえるでしょう。

幼保の先生たちは、自分たちがここまで育ててきた子どもを小学校に入ってからももっと伸ばしてほしいという思いが強く、小学校との連携や接続にとても熱心です。保幼小接続に関する研修に熱心に参加するのも、幼保側の先生です。

一方、受け入れる小学校側は、学習指導要領に沿って一定の時間内で必要な学習内容を身につけさせる必要があります。そのため、教えやすさが優先され、「集団生活をする上での基本がそろっていればよい」と考えがちで、一人ひとりの育ちに関しては、なかなか強い関心を持つことが難しいように思います。

たとえば幼保から小学校に送られてくる指導要録・保育要録でも、小学校の先生が重視するのは、主として障害の有無や、学級からはみ出しそうな子どもの情報です。クラスで普通にやっていけそうな一人ひとりの子どもについてまで詳細に情報収集する余裕がなかなかないのです。

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Q. 「コミュニケーション力」とは何を指すのか?

最近、ベネッセ教育総合研究所で実施した「第4回子育て生活基本調査(小中版)」の報告書(p20,21)では、保護者はいちばんの気がかりにわが子の友だちとのかかわりをあげています。コミュニケーションの大切さは昔から言われ続けてきましたし、調査の通り、保護者の関心も高い課題ですが、そもそも、「コミュニケーション力」とは、どのような力のことをいうのでしょうか。

A.  コミュニケーション力には二つの面がある

コミュニケーション力には、実は二つの側面があります。(1)人間関係を維持する力のことと、(2)課題に集中し「人と協力していく」力のことです。それぞれ絡み合ってはいますが、少し違います。

(1)「人間関係の維持」とは、「仲良くすること」とか「いざこざがあっても解決すること」です。昨今のいじめの問題は、授業の中そのものよりも、人とのつきあいの中で生まれています。だから、「仲良くする」、「嫌なことがあってもうまく対応する」という力も、幼児期から伸ばしていく必要があります。しかし、人間関係は発達の時期によって相手と性格要因も関与しますから、人間関係を維持する力を高めていくことは今まで通り大切なことです。

これに対して、(2)「集中力」「協力すること」は、「学びに向かう力」なのです。  従来の日本の教育現場では、仲良くしていく面は比較的強調されてきました。しかし、学びに向かう力での「協力」については、最近言われ始めたばかりです。「学習」という面から考えると、これからは、「集中力」や「協力する力」をつけることが大事なのです。

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Q. 小学校入学までに身につけたい力は?

前述の「幼児期から小学1年生の家庭教育調査」で、小学1年生の保護者に「小学校に入学するまでに身につけておいたほうがよかったと思うこと」を聞きました。あいさつやお礼が言えることなどの生活習慣に加え、「挑戦する気持ち」、「人の話を聞ける」などが上位に挙がってきました(図2)。 なぜ、こうした力をつけておいたほうがよいのでしょうか。

図2  小学校に入学するまでに、身につけておいたほうがよかったと思う生活習慣、学びに向かう力
(小1時点での振り返り)

「幼児期から小学1年生の家庭教育調査」(2012)より

A. 学びに向かう力を身につけることが大変重要

図2の項目のうち、「物事をあきらめずに、挑戦することができる」、「人の話が終わるまで静かに聞ける」、「人に自分の気持ちを伝えたり、相手の意見を聞いたりすることができる」といった力は自己調整力であり、特に「学びに向かう力」と呼んでいます。小学校に入ったわが子の様子を見て、保護者の方もそのような力が大事だと思ったのではないでしょうか。

これらは、子どもたちが学校で他者とともに学ぶためにもっとも大切な力です。

学校での学びには、学習に集中して取り組むこと、できない時に「頑張ろう」と自分を励ますこと、あきらめずに学習を続けていくことが大切で、こうしたことを可能にするのが、自己と感情を調整する力です。子どもたちは、幼稚園・保育所では、友だちと遊ぶ中でけんかをしたりして、友だちと仲直りの中で人との折り合いなどを経験しながら、だんだんと自己と感情のコントロールを学んでいくのです。

そして、この自己と感情を調整する力は「学びに向かう力」につながっているのです。

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Q. 今後の展望……幼保、小学校は何をすべきか

幼児期から小学校へと、子どもの発達や学びの連続性を保障するために、幼保と小学校はどのように接続していけばよいのでしょうか。また、国はどのような施策を考えているのでしょうか?

A. 接続カリキュラムづくりと遊びの場の保障

●接続カリキュラム

今は「接続カリキュラム」をつくることが重要になっています。幼保から小学校の学習や生活に滑らかに接続できるように工夫された接続期のカリキュラムです。

たとえば、横浜市では、入学前と入学後に育ちと学びをつなぐ「横浜版接続期カリキュラム」を作成しています。幼稚園や保育所で取り組むアプローチカリキュラムと小学校で取り組むスタートカリキュラムの双方から、接続期に育てたい子どもの資質に向け、理論と実践からとらえられるように構成しています。

また、東京都品川区では、5歳児の10月から小学1年生の一学期を「ジョイント期」と位置づけ、「ジョイント期カリキュラム」を作成しています。ジョイント期に育てたい力として、「生活する力」「かかわる力」「学ぶ力」の3つにまとめ、幼保では小学校生活につながる活動を、小学校では幼保での経験を生かした指導の工夫を求めています。

多くの自治体ではこのように「接続カリキュラム」に取り組むようになってきましたが、もっと全国に広がってほしいと思います。しかし、これらは行政が主導でやらなければできないので、教育委員会のリーダーシップが必要です。

各地で取り組み始めた「接続カリキュラム」をどれくらい実りあるものにしていけるかは、まだこれからのことです。さらに、「接続カリキュラム」とセットにして、接続期の子どもに対する「指導方法」も変えなければならないと思います。幼保では、接続期の指導に関する研修は盛んに行われています。小学校でも、もっと研修の機会を増やしていくことが必要です。

●放課後の遊び場を保障する

幼保では、子どもたちが一緒になって遊ぶ場面が多く、その中で仲良くしてはけんかをし、また仲直りすることで、いわゆる「ソーシャルスキル」を身につけていきます。小学校でも、特別活動や生活科、休み時間など、子どもたちがグループで活動する場面がありますが、まだ十分ではありません。また、放課後の遊びも大事なのですが、いったん家に帰ってしまうと、子ども同士で遊ぶ場や機会がほとんどなくなっています。

文部科学省では、2007年度から、厚生労働省と連携して「放課後子ども教室推進事業」などを各小学区で実施するための予算を組んでいます。校庭開放、空き教室の使用、児童館の開放などで、意識的に子どもたちが集まる場をつくり、その中では比較的自由に遊ばせたり活動させたりしようとするものです。主導するのは自治体ですが、小学生が放課後を過ごす場をどう用意していくか、地域・学校で、もう少し真剣に取り組んでほしいと思います。

●小学校低学年におやつを出して集中力を高める

小学1年生の一学期の生活は、入学したばかりの子どもたちにとても負担が大きいです。とくに、45分という授業の枠組みは相当難しいことは先にも述べました。

たとえば、保育所に通っていた子どもたちは、小学校には午睡の時間がないので、眠くなります。また、保育所の給食は11時30分から始まるのが一般的ですが、小学校では12時20分から30分に始まり、保育所とは1時間近くずれます。相当にお腹が空いています。各学校レベルで実施するのは難しいかもしれませんが、小学校低学年にはおやつを出したらよいと私は提案をしています。

おやつまで無理なら、ジュースを一杯飲ませるだけでも違います。諸外国ではよくあることで、それだけで学力が向上したという調査結果もあるのです。

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Q. 保幼小接続期に家庭でできることは?

小学校の学習や生活に子どもがうまく移行していくために、保護者が家庭でできることはどんなことでしょうか?

A. 子どもの話をよく聞くこと。読み聞かせも続けたい

「学びに向かう力」は、言葉の発達に依存します。家庭で、子どもの言葉の発達を促すには、保護者が子どもの話をよく聞いてあげることが大切です。子どもが学校でどんな過ごし方をしているのかなど、聞いてあげてほしいのです。そうすることで、子どもは、自分の経験したことや意見をまとめる機会を増やすこともできます。

もう一つは、絵本や本の読み聞かせです。読み聞かせというと、文字があまり読めない幼児期にするものと思っている保護者も多くいます。しかし、文字が読めることと本が読めることは別のことなのです。

本が読めるということは、そこに出てくる言葉の意味がわかっていなければなりませんが、一人で読んでいる1年生の多くは、意味もわからず文字だけを追って読んでいます。読み聞かせをすると、子どもにとっては知的な負担がずっと軽くなりますから、意味理解に集中できるのです。ですから、低学年でも読み聞かせを継続したほうがよいのです。[END]

2012年11月30日 掲載

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