教育フォーカス

【特集1】学びとデジタルの融合

[第10回] 安西弥生先生講演 大学の英語教育でのMOOCs活用事例研究

MOOCs(Massive Open Online Courses、大規模公開オンライン学習)は、オンラインで大学の講義を無料で公開している教育サービスの総称で、世界の名門大学がこのサービスに参加しています。日本でも東京大学や京都大学などが参加し、認知度が高まってきていますが、大人ばかりでなく、子どもたちの学習にどのように応用できるのか、教育現場での実践例はまだ多くはありません。そこで今回は、MOOCsの活用方法を研究している九州大学教材開発センター准教授の安西弥生先生に、大学の英語の授業でのMOOCs活用法と、今後の可能性について講演していただきました。

安西弥生先生

安西 弥生●あんざい やよい

特定非営利活動法人教育テスト研究センター(CRET)連携研究員
九州大学教材開発センター准教授

英語教育における「オープン・エデュケーション」を研究。特にWebテクノロジーを使ったインストラクショナル・デザインと評価を中心に研究。

1.  MOOCsとは何か

MOOCsはオープン・エデュケーションの流れに位置づけることができます。オープン・エデュケーションは教育の機会を拡大するムーブメントです。このオープン・エデュケーションは、1969年に開校したイギリスのオープン・ユニバーシティに端を発すると言われており、「様々な人々、場所、方法、アイディアにオープンである」ことをミッションとしています。つまり、あらゆる人々がいつでもどこでも教育や学習活動に参加できることを目指しています。

MOOCsも、こうしたオープン・エデュケーションの画期的な取り組みです。

1)ハーバード大学などの世界有数の大学が講義を無料で配信

MOOCsでは、有名大学が講義を無料で配信しています。主に、ビデオ講義のほか、講義のシラバスや講義資料、テストや課題も用意されています。

MOOCsの代表的なものとしてはCoursera(コーセラ)とedX (エデックス)などがあります。「Coursera」は、スタンフォード大学、ミシガン大学、プリンストン大学、ペンシルベニア大学などと提携をしています。「edX」には、マサチューセッツ工科大学やハーバード大学などが参加しています。

2) 世界中から数千~数十万人の学習者が参加

入学資格がないので、 誰でも気軽に受講を開始できます。また、インターネット環境があれば、場所も時間も選ばず講義を受講できるため、世界中の学習者が参加しています。

3) 学習者のコミュニティがある

MOOCsには、受講者のコミュニティがあるのも特徴です。コミュニティでは学習者が相互交流したり、意見を書き込んだりすることができます。従って、学習者は受身とならずに、他の参加者とインターラクションすることが可能です。

4) コースの修了者に「認定証」を発行

学習コースを受講し、レポートなど課題を行い、到達目標に達したと認められた学習者には「認定証」が与えられます。

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2. 大学英語教育におけるMOOCs活用例

日本の大学が授業の中でMOOCsを活用する事例は少ないのですが、今回は英語の授業に取り入れ、その効果を検証しました。

● 研究方法

時期:2013年 前期
2013年 後期
対象の学生:大学3、4年生 約20名
学習環境:CALL教室

● 授業案

2013年度前期は、副教材として、学生が主体となりMOOCsを活用して学ぶ授業を設計しました。まず準備として、私がMOOCsでプリンストン大学の統計学の授業を受講したときの様子を話し、MOOCsでの学びはどのようなものか説明しました。その後、インディアナ大学Curtis Bonk教授が書いた伝統的な遠隔教育とMOOCsとを比較した論文を英語購読し、内容についてディスカッションを行いました。

その後、学生は3~4名のグループになり、グループごとに「One Week Project」を作成しました。One Week Projectでは、学生はMOOCsの中から興味のある講義を受講しました。「Coursera」に登録されている「料理」「音楽」などを選択したグループもありました。また、講義はカジュアルな場所で行われるものもあります。例えば、「料理」の講義では、キッチンを舞台に講義が行われるため、英語をうまく聞き取れなくても、ビジュアルが理解の助けになったようです。受講後、何を学んだか、何を感じたか、コミュニティに参加した感想、MOOCsの講義比較など各グループのプロジェクトテーマのもとに英語で20分間プレゼンテーションし、質疑応答を行いました。

後期は、私がMOOCsのプロバイダーのひとつである「edX」から講義を選び、講義内容についてのディスカッションを中心とした授業を設計しました。「edX」が英語学習に向いている利点として、動画に合わせて英語字幕が表示でき、聞き取れない部分を、聴き返し、確認をすることも容易にできることがあげられます。

今回、副教材として授業で取り入れたのは、Age of Globalizationの一部である「Cyber-censorship and Political Control of internet(インターネットにおける検閲と政治的支配について)」の講義です。学生達が他の授業でグローバル化やインターネット検閲に関する授業を受け、関心が高かったからです。ビデオ講義を受講後は、ディスカッションを行い、学生が内容理解を深められるようにしました。

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3. 学生アンケートの結果から見えてきたもの

授業後、学生へのアンケートを実施しました。その結果、「MOOCsの授業で出される問題や、課題を自分はうまくこなせると思う」という質問に対して、「まあまあそう思う」「よくそう思う」と答えた学生は、全体の約6割に及びました。また、「MOOCsの授業で教えられる内容を自分は理解できる方だと思う」という質問に対して、「まあまあそう思う」「よくそう思う」と答えた学生は全体の約7割を占めました。授業がすべて英語で行われても、学生がある程度、授業理解に自信を得ているとわかりました。

学生の英語力と自己効力感の相関を見ると、英語力が高いと、MOOCs利用の学習で自己効力感も高いことがわかりました。更に、デジタル機器を使うのが得意と感じる学生は、 MOOCs利用の英語学習に自己効力感が高いことが明らかになりました。

アンケート結果で気になったのは、「MOOCsの授業で自分の英語学習能力は他の人に比べてすぐれていると思う」という質問に対して、「自信がない」と答えた学生が多かったことです。MOOCsには、世界の様々な地域から、様々な言語背景の人が参加しているので、もっと自信を持ってほしい、と切に感じています。

4. 今後の可能性

今回の実践を通じてMOOCsは、英語教育における新しい教材になる可能性があると感じました。これまで英語の教材は物語やニュース、エッセイ、詩が中心でした。しかし、MOOCsでは、あらゆる専門科目の授業が提供されていて、それが英語の学習教材になり得るのです。またアンケートの結果から、必ずしも英語の上級者ではなく、例えばTOEICR600点レベルの学生でも、興味がある内容であれば教材として十分活用できると感じました。

また、MOOCsは、日本の学生にとって留学に向けた良い準備教材となるでしょう。学生からも「実際に海外に行かないと本格的な英語での授業を受けることはできませんが、その疑似体験をできたと思います」「留学を考えている人などは海外の授業がどのようなものなのか、参考になったと思います」という声が聞かれました。また、経済的な理由で留学するのが難しい学生でも、有名大学の授業を無料で受講できることは非常に魅力的だと考えられます。

一方で課題もあります。教員側の課題として挙げられるのは、MOOCsを英語教材として活用するには、教員に高度な英語運用能力が必要だということです。指導マニュアルはないので、教員がきちんとMOOCsの講義内容を聞き取って理解し、授業にどのように活用するか考えることが重要です。また、MOOCsでは講義によって開講のタイミングや回数が異なるので、どのように大学の授業の中に取り入れるのかも課題になるでしょう。

学生にとっての課題は、ある程度の英語力が必要だということです。加えて、更なる活用のためには間違うことを恐れず自分の気持ちを英語で発信できる「自己主張する力」も必要でしょう。MOOCsには、世界中の学習者と英語でコミュニケーションを取るチャンスがあり、生きた英語を磨く格好の機会があります。一方、課題量が多く、「特別なモチベーションがないとひとつの講義を修了する事が難しい」という面もあり、「継続させる力」も必要になります。

これらの課題をどのように解決していくべきかを考えながら、今後もMOOCs を活用したインストラクショナル・デザイン(授業設計)を中心に研究をしていきたいと思います。[END]

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