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対談:為末大氏に聞く「スポーツと教育の未来」全2回連載

【後編】社会に求められるスポーツの役割 [2/4]

新井 最近ショックだったニュースは、「就職活動をしている5人に1人は死にたいと思う」という調査結果です。日本の教育は良い点がありますが、そういう結果を見ると、本当に正しいのだろうかと思います。二十歳そこそこの若者が希望を失ってしまうのですから。

為末 自分の頭の中でルールをつくり「これがダメだったらゲームオーバーだ」と思う傾向があるのではないですか。僕の体験からすると、ゲームオーバーだと思ったとしてもまだ自分は生きていて、お腹は空きます(笑)。そういうことを体験すると、自分のつくったルールはなんてちっぽけなものだったのだろうか、そして、ゲームオーバーなんてそもそも存在しないということに気づきます。例えると、「自分の顔を水の張った洗面器に突っ込んで苦しんでいた」ということに気づくイメージでしょうか。そこに気づけば、さっと顔を上げて洗面器ではない別の選択肢を選ぶようになります(笑)。それならば、そういう体験を教育の仕組みの中に組み込んでもいいと思いますね。就職は大事なことですが、全人生と比べてみると「たかが就職」だと思いますよ。

 競技スポーツだけではない、スポーツのあり方

新井 子どものスポーツへの取り組みですが、以前に笹川スポーツ財団が日本を含めた欧米5ヶ国の10代の子どもを対象に調査した結果、日本の10代の子どもたちが週に2回以上運動している割合が、他国と比べて最も少ないことがわかりました。他の国ではおよそ8割の子どもが週に2回以上運動しているのに、日本では3割しかいません。これは数年前のデータで、現在は日本だけを見ると少し回復傾向だというデータが出ていますが、それでも他国と比較するとかなり少ないです。これは何か、スポーツとか運動に対する考え方が違うのですか。為末さんは海外の多くの方とお会いして、そういうことを感じたことがありますか。

為末 日本国内で象徴的な出来事がありました。ある母親が来て、「この子は陸上競技とサッカーをやっています。サッカーはコーチによると、だいたいこんなレベルに落ち着きそうです。陸上では芽が出ますか、出ませんか? それによってどちらをやらせるか判断しようと思います」というわけです。ある意味ではいいことだと思うのですが、日本においてスポーツは、その種目で大成して将来につながっていくかどうかが分岐点になります。対して、僕がかつて転戦していたオランダでは、「スポーツで得る経験と学業で得る経験をセットにして、人間にとって大事な何かを形成していく」風潮がありました。「仮にスポーツで将来大成しなくても、スポーツをした結果得られるものが大事」という意識が強い気がします。日本でスポーツを語るときは、頑張ったので「オリンピックまで行けました」という話が多過ぎます。たしかに、オリンピックまでいけるのであればスポーツをやりますよね。だけど、「スポーツで大成はしなかったですが、人生がこんなに豊かになりました」という話を、もう少し社会が共有すべきではないかなと思います。それによって、はっと気がつく指導者もいるのではないでしょうか。

新井 競技スポーツと生涯スポーツは、生涯スポーツの裾野が広がらないと競技スポーツの裾野も広がらないという関係だと思います。日本では生涯スポーツに対する理解が少ないのかもしれないですね。「子どもがサッカークラブに入ったけど、レギュラーになれないから辞めました」というケースを数多く見聞きします。スポーツそのものがもつ価値を理解されていないのでしょうか。例えば、「ボールを遠くへ投げる練習をしたら、遠くへ飛ぶようになった」という理解をしていければいいですよね。2020年に東京で五輪を開催しますが、それまでにスポーツ文化を少しでも醸成したいです。

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