教育フォーサイト

対談:為末大氏に聞く「スポーツと教育の未来」全2回連載

【後編】社会に求められるスポーツの役割 [3/4]

 東京五輪をきっかけに、スポーツ文化が根づいた豊かな社会を

為末 すごく重要なご指摘です。スポーツは教育的な側面があろうがなかろうがやりましょう、というものだと思います。例えば、「音楽を学ぶとこういう具体的な効果があって、将来いい社会人になれるから学ぶ」と言った途端、音楽そのものが色褪せてしまうでしょう。「楽しいからやっている。結果的に、そこから得られた体験が人生に活きてきた」ということはありますが、いわゆる「効果」を直接謳うと粋じゃないですよね。でも今は、あまりにスポーツに直接的な効果を期待し過ぎていて、だから「勝たないと意味がないよね」という風潮を子どもたちが敏感に察し、「このスポーツをこれ以上続けてもしかたがないから別の何かをやる」と言う。日本は早い段階で種目を絞り込みすぎるような気がします。多くの人は、将来1つのスポーツだけをやるわけじゃないです。日本人の大人もいろいろなスポーツをやりますよね。スポーツの再定義は、自分自身やりたいことですし、重要だと思います。

新井 設備、施設の問題はどうでしょうか。日本は地域の施設が貧弱な気がします。ゼロからつくり直すには大変なコストが掛かりますが、そういう設備のありようも考える必要がありそうです。

為末 例えば、既存の複合商業施設にスタジアムをくっつける。午前中は自分たちでスポーツをして、午後はショッピング、さらに夜はスポーツ観戦、これらを同じ場所でできればいいですね。トラックの中に何かの施設をつくってもいいです。また、市役所の周囲がトラックでもいいですよね。

新井 ゼロからつくるよりも、もともとある施設の周りを走れるようにする方が早そうですね。

為末 僕は、どうやってスポーツの敷居をさげるか、どうやってグラウンドへの入りにくさを取り除くかということに関心があります。以前に「東京ストリート陸上」というイベントを丸の内で開いたのですが、それは仮設のトラックで行いました。できれば、トラックが常に設置されている商店街などがあるといいと思います。屋上にテニスができるコートもあるといいですね。そういう施設であれば、改修費用だけで済みそうです。

新井

聞き手  新井 健一

ベネッセ教育総合研究所 理事長
あらい・けんいち ● 平成16年執行役員、教育研究開発本部長及び教育研究開発センター(現 ベネッセ教育総合研究所)長を兼務。平成19年1月NPO教育テスト研究センター設立。同理事長に就任し、OECD等海外の機関とネットワークを構築。現在、中央教育審議会初等中等教育分科会「学校段階間の連携・接続等に関する作業部会」委員。総務省事業「青少年のインターネット・リテラシー指標に関する有識者検討会」座長代理などを歴任。

新井 スポーツをやりたければ、ちょっとしたスペースがあればやれます。例えば、サッカーが盛んな地域では、ストリートサッカーをちょっとしたスペースでやっています。

為末 これらは「スポーツの再設計」についての話ですね。

新井 2020年開催の東京五輪は、日本のスポーツ文化にとって重要だと思います。メダルを獲得することは競技スポーツとして大切なことですが、一方で五輪までにいろいろなスポーツイベントを通して「スポーツそのものの価値をもっと理解しよう」ということになれば、スポーツに取り組む人も増えると思います。それも、「スポーツ人口が何万人に達してよかった」ということではなく、スポーツに取り組んだ人たちが、「楽しいね」「嬉しいね」となれば、それがスポーツ文化ではないかと思います。

為末 身体的な動作をともなうことに対して、我々は喜びを感じるようにできている、という気がします。そういう喜びをもう少し肯定して、上手・下手とか、順位がどうこうということよりも、身体を動かすことを日常に採り入れていくことが豊かに生きているということではないでしょうか。そういう価値観からスタートするスポーツ文化であってほしいなって思いますね。それぐらいの幅の広さとゆるさと、豊かさがあってもいいと思います。

ページのTOPに戻る