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対談:為末大氏に聞く「スポーツと教育の未来」全2回連載

【後編】「スポーツ文化」と呼べるものを根付かせたい[4/4]

新井 為末さんは東京オリンピックにどのような期待をもっていらっしゃいますか?

為末 五輪は素晴らしいイベントですが、五輪後にどのようにつなげるかという観点も大事です。1960年の東京五輪のインフラを現在も使っているということを念頭に入れると、2020年のためにつくるインフラは、都市計画として50年後を考えることになります。個人的には、パラリンピアン(パラリンピック出場経験者)の方々に都市計画を考えていただき、少子高齢社会の東京をユニバーサルデザインしてほしいです。もう1つ大事なことは、東京五輪は日本全体の五輪である、という観点です。いまスポーツ界は、メダリストをつくる、競技スポーツを強くするという方向に偏っています。でも僕は、東京に五輪を招致した勢いを利用して、日本中に新しいスポーツ文化を根づかせたいと思います。例えば、ひとり暮らしの高齢者が参加できるスポーツをつくるかとか、地域のコミュニティを再生させるためのスポーツをどうやってつくるかを考えたいです。もしくは、外国との良好な関係を築くためのスポーツのあり方を考える、そういうことに興味があります。また、2020年にメダリストをたくさんつくる体制というのは、結果的にメダルが獲れずに引退する選手もたくさんつくることになります。この選手たちのセカンドキャリアは、重要な問題になると思いますね。だから、選手たちが引退後に社会へ貢献できる体制を今から準備していけたらいいですね。

新井 アスリートのセカンドキャリアは、簡単ではないですよね。そういう人たちのセカンドキャリアを築けるような教育機関、いわゆる大学院みたいなものがあるといいですね。

為末 いいですね。僕は、スポーツの最終的な目的は平和利用だと思っています。だから、スポーツ平和学という、今少しずつでてきた学問を日本で学べるようにして、世界中の引退したアスリートがそこで学び、国連や様々な機関で活躍できればいいですよね。

新井 スポーツがいわゆる勉強と同等の価値があるという認識で再定義され、そしてもっと文化的な国になっていく。これから為末さんの出番がますます増えそうです。これからのさらなる活躍をお祈りしております。

(取材協力:株式会社百人組)

■ 編集後記 ■

泰然自若。為末さんとの対談を終えるとそんな言葉が頭に浮かんだ。どのような質問に対しても、力みのない語り口で明快に答える。静かに微笑みながら語るその姿には不思議な迫力がある。それはきっと、常に自己と向き合って厳しい試行錯誤を繰り返し、世界の舞台に立った経験と実績から出るものだろう。

男子ハードルの高さは106.7cm。アスリートとしては決して大柄ではない為末さんが世界の舞台でファイナリスト、メダリストになるためには卓越した身体能力と技術が必要だったに違いない。一方で、体型格差や努力の限界を思い知った時の対処方法にも独特の哲学を感じた。為末さんの言う上手い諦め方、そして自分の才能と努力のベクトルを一つに限らない多様なものの見方は、グローバルな競争社会が到来した今日、人生訓としても成立しそうだ。

「スポーツ」の語源はラテン語の「deportare」(生活から離れる、ものを別の場所へ運ぶ)と言われ、転じて「楽しみ」や「憂さ晴らし」という意味もあるという。人間も含め動物は生来動きたがる習性があるのだから、複雑化する社会の中でスポーツは人間の本能的な部分にもっと良く働きかけられるのではないかと為末さんは言う。果たしてそれが体系立てられたり、既存の評価尺度で測られたりするかは定かではない。しかし、スポーツが子どもたちの生きる糧になったり、地域や社会を元気にしたりもするなら、それこそが「体育」ではないか。いずれにしても教育の大きなテーマであるし、みんなで議論する価値のあるものだと思う。そして、その輪の中にはきっと為末さんもいるはずだ。

石坂貴明
ベネッセ教育総合研究所 ウェブサイト・BERD編集長  石坂 貴明

デベロッパーにおいて主に北米でリッツカールトンやフォーシーズンズとのホテル開発に従事。ベネッセコーポレーション移籍後は新規事業に多く関わる。ベネッセ初のIRT(項目応答理論)を使った語学検定試験である中国語コミュニケーション能力検定(TECC)開発責任者、社会人向け通信教育事業責任者等を経て、2008年から(財)地域活性化センターへ出向し移住・交流推進機構(JOIN)事務局および総務省「地域おこし協力隊」制度の立ち上げに参画。2013年より現職。グローバル人材のローカルな活躍、学びのデザインに関心。

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