教育フォーサイト

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第三弾は、京都大学霊長類研究所の松沢哲郎教授との対談。「アイ・プロジェクト」と呼ばれるチンパンジーの知性の研究をはじめ、さまざまなチンパンジーの研究を通じて「人間とは何か」を探る「比較認知科学」の第一人者。一方で、ブータン国を舞台に、京都大学が全学的な国際交流事業を行う「京都大学ブータン友好プログラム」を発足するなど、研究、教育、社会貢献と精力的な活動を続けている。

聞き手 : ベネッセ教育総合研究所理事長・新井健一
取材協力:株式会社百人組

 

対談:松沢哲郎氏に聞く
「チンパンジー研究とブータンの文化」全2回連載

【前編】 チンパンジー研究から考える、「学ぶ」という意味 [1/4]

撮影:坂本泰士  

 チンパンジーは教えない

新井 まずはじめに、松沢先生が取り組まれているチンパンジーの研究の意義についてお聞かせください。

松沢 私が研究する比較認知科学は、例えると心理学と霊長類学を両親として生まれてきた学問です。だから人間以外の霊長類を対象にして、どういう心の働きがあるのか心理学的な研究をしようということです。それがなぜ大切かというと、500万年遡れば人間と同じ共通祖先に行きつくチンパンジーと比較すれば、同じものがあれば共通祖先に由来しているし、違うものがあるとしたら人間が人間になる過程で手に入れたものだと言えます。

松沢 哲郎

まつざわ・てつろう ● 京都大学文学部哲学科卒業、理学博士。現在、京都大学霊長類研究所教授、国際高等研究所学術参与、中部学院大学客員教授。1978年から「アイ・プロジェクト」とよばれるチンパンジーの心の研究をはじめ、1986年から毎年アフリカで野生チンパンジーの生態調査もおこなう。2000年からアイと息子のアユムをはじめ三組の母子を対象に知識や技術の世代間伝播の研究に取り組む。日本学術会議会員、紫綬褒章などを受章、2013年に文化功労者に顕彰。著書に『想像するちから チンパンジーが教えてくれた人間の心』『進化の隣人 ヒトとチンパンジー』(岩波書店)、『チンパンジーから見た世界』(東京大学出版会)、『おかあさんになったアイ』『アイとアユム』(講談社)などがある。

新井 以前に、先生からチンパンジーと人間との違いで、チンパンジーは「学ぶ」というか「真似ぶ」というか、教えなくても見て学ぶとお聞きしました。人の教えるという行為は、動物のなかでは珍しいと考えてもいいですか。

松沢 すごく珍しいです。子どものチンパンジーは、親や大人がやっている様子をじっと見て、そのとおりにやろうとします。チンパンジーが学ぶことで、重要な点が3つあります。1番目は親や大人は教えないこと。2番目に子どもは放っておいても積極的に真似ようとすること。3番目が親は子どもが真似ようとして関わってくるかぎり邪険にはせず寛容である、ということです。このような教えない教育・見習う学習というのは実は人間社会にもあちこちにあるし、極めて重要なものです。チンパンジーにはそのような学習が色濃く残っているのですが、人間の教育も本来はそういうものでした。ただ、その後に人間が人間になる過程で、チンパンジーがしない「教える」という行為を獲得しました。人間は、教えるという強い欲求を持っているのだと思います。

もう1つ重要な側面は、「教えない教育・見習う学習」と人間を特徴づける「教える教育」の間には、いくつもの人間しかしない行為があります。そっと手を添えるとか、うなずくとか、微笑むとか、褒めるという行為です。比較認知科学の研究は、人間とチンパンジーの親子関係を比較することであり、学びの過程を比較することで、そのことに初めて目を開かせてくれたと思います。

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