最先端の人々に直接学びを請う

それにしてもなぜ、山本さんはこのような電子書籍をつくるに至ったのか。実は、そのいきさつが面白い。山本さんが「教育現場iPad活用ガイド ~導入事例紹介~」を出版した当時、平成20年(2008年)に県立千葉高校に併設された県立千葉中学校に通っていた。山本さんは同中学校の第3期生に当たる。

 

千葉中学では「総合的な学習の時間」を生徒たちが好きなテーマで自主研究を進める「ゼミ」の時間として割り当てている。幼少時からピクサー社のコンピュータ・グラフィック(CG)を見て育った山本さんは、いずれ「デジタル技術を使って社会を良くしたい」という夢を持っていたので、ゼミの時間を使ってCGについて研究を始めた。必要ならばCGの分野の第一人者に直接会いに行きインタビューも敢行した。この時、学校で山本さんを大きく変える事件が起きる。ある先生に「CGなんかの研究をしたところで何の社会貢献になるんだ?」と言われてしまったのだ。前向きな山本さんも、この言葉には少なからずショックを受けたという。その時、千葉中学に赴任したばかりの大山光晴副校長が山本さんを副校長室に招き、彼を勇気づけた。

 

千葉中で講演をする杉本真樹医師

山本さんはここから発奮して、デジタル映像が社会貢献している事例を必死に研究し始める。そしてある日、新聞記事で、患者のCTスキャン画像をOsirix(オザイリクス)というアプリを使ってiPadに表示させたり、3Dプリンタで造形している神戸大学の医師、杉本真樹氏の存在を知り、技術的なことを中心に質問のメールを送った。中学2年生だった山本さんからの真剣なメールは杉本氏の心を動かし、杉本氏は真摯なメールを返信した。その後、千葉中学での講演を依頼すると杉本氏はこれも快諾、さらに、講演の最後にサプライズとして山本さんの全身のCTスキャンデータから3Dプリンタでつくった40%サイズの人体模型をプレゼントした。理科室などに置かれた通常の人体模型とは違い、この模型は山本さん自身がモデル。この模型を観察すると、山本さんはまだ中学生なので骨格に未熟なところがあったり、姿勢が悪く少し背骨が曲がっているところまですべて含めて山本さんの分身だった。

 

 
 学んだことを世界に向け、電子書籍で発信する
杉本真樹医師から自らの人体模型40%サイズをもらった山本さん

この模型を手にしたことで山本さんは健康や命について考える機会が増えたという。さらに、この経験を自分のものだけにしておきたくなく、学校の教室に模型を持ち込んでクラスメイトらと人の健康や命について話し合った。このように、人にアイデアや思いを伝えるという行為への興味から、企業イベントやTED関連のイベントで時には英語で、時には数千人の聴講者を前にしてプレゼンテーションを行うまでになる。

 

また、千葉中学では年に1度、ゼミの成果を発表する「アカデミア」というイベントが開かれるが、山本さんはここでもiPadに3Dの医療画像を入れてプレゼンテーションを行った。本来、千葉中学では、スマートフォンやタブレットの持ち込みは学校側の許可を得なければならない。しかし、山本さんは新しい風を吹かせるにはどうしてもiPadを利用する必要があったため、あえて学校に許可を求めずにiPadを持ち込みプレゼンテーションしたのだ。幸いプレゼンテーションは生徒、先生にも大好評で、何人かの教員は教育にiPadを導入することに興味を示し、プレゼンテーションの翌週には英語科の教員1名がiPadを購入し授業での活用を検討し始めた。(ただし、公立の千葉中学では予算の都合もあり、学校単位でのiPad導入には至っていない)

 

電子書籍「iPad活用ガイド」はインターネット上で無償提供されている

ただし、問題も浮上した。iPadの授業での効果的な活用方法がわからないのだ。教員がそのことを山本さんに相談すると、山本さんはゼミの次のテーマを「ICTを使って教育がどのように変わるのか」に決めて研究を始めた。全国で率先してiPadを導入した学校や塾を訪問取材し、先に紹介した電子書籍「教育現場iPad活用ガイド ~導入事例紹介~」をまとめたのだ。山本さんが中学3年生の2012年4月20日、ついにこの電子書籍が発行された。その後、県立千葉高校に進学した山本さんは、学校に通いながらデジタル技術が社会貢献しているさまざまな現場を取材しては、自らもプレゼンテーションやさまざまな人々と交流などの活動に精力的だ。おそらく、今後も彼の活躍をテレビ、新聞、雑誌、ラジオそしてWebのニュースやソーシャルメディアなどで目にする機会はさらに増えるだろう。だが、今はそのことは脇に置き、いったい、彼の中学時代にどんな「シフト」が起きたのかに焦点を当てて考えてみよう。

 

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