10 子どもが憧れる工場になることは、地域の未来を拓く近道だ
-燕三条のキャリア教育を伝統継承に昇華させる-

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 大人が誇りをもたなければ、子どもがもてるわけがない

2013年秋、燕三条の名だたる工場を来場者に開放する「燕三条 工場の祭典」というイベントがスタートした。第一回実行委員長は「納品までに1年待ち」というパン切り包丁で有名な株式会社タダフサ(以下、タダフサ)代表の曽根忠幸さんだった。

普段の工場は、開発や製造している部品や製品のことを口外できない仕事も多く、関係者以外の立ち入りは厳禁だ。しかし、工場の祭典期間中は、訪問者がものづくりを体験できるように迎え入れられ、工場によっては子ども向けのものづくり体験会も実施している。

タダフサの工場は包丁の鍛造工程も公開

タダフサの工場は包丁の鍛造工程も公開

それまで閉鎖的だった工場を外に向けて開放し、情報を発信することによって、工場のイメージがよくなり、その中で働いている人、ひいては地域全体が元気になっていく。また、工場を開放することで、工場同士もお互いを知り、刺激を受け、イベントを通じて連携に至るケースも生まれている。

 

また、工場の祭典でタダフサを訪れた若者が工場の仕事に共感し、翌日に履歴書を送り面接後に即採用という、このイベントによる直接的な効果も出ている。職人たちの仕事をイベントとして見せるという発想が無ければ、起こりえなかった出会いだ。

2015年10月2日、「第3回 燕三条 工場の祭典」の期間中に、タダフサのオープンファクトリーがオープンした。

オープン当夜のレセプションは、テープカットならぬパン切り包丁を使った「パンカット」で華やかなセレモニーがスタートした。パンカットでは曽根さんをはじめ、関係者数人が包丁を手にもっていたが、その中には國定三条市長の姿もあった。

一連の取材を通じて、國定市長に変わってから、三条の伝統工芸を継承していこうという動きが強くなったという話を所々で聞いていた。國定市長に「工場の祭典」などの教育的な狙いについて聞いた。

國定三条市長 タダフサのレセプションにて

國定三条市長 タダフサのレセプションにて

「もともと行政側としての思いは、工場の祭典を通じて、ものづくりの匂いを街に溢れ出させて、ものづくりのDNAを子どもたちに受け継がせていきたいと思っていました。

しかし、工場の祭典開催期間が中学校の中間テスト期間とちょうどバッティングします。そのため、子ども向けの体験は、キッザニアさんに協力いただいているマイスターフェスティバルに力点を置きました。ですから三条市内の小中学校の先生方には、できる限り子どもたちの参加を促してくれるようにとお願いしています」と國定市長は話した。

レセプションの最後、タダフサの社長の曽根さんと現在会長であるお父さんが、参加者に挨拶するために前に立った。そのとき、曽根さんの横には小学生の息子さんも立っていた。この少年は、かつて地元のラジオ局の取材で「将来の夢は包丁屋になることです」と話したことがあるという。その番組で息子さんの声を聞いていた曽根さんは、涙が止まらなかったそうだ。

タダフサ代表・曽根さん、後方にはさまざまな包丁が並ぶ

タダフサ代表・曽根さん、
後方にはさまざまな包丁が並ぶ

「ある包丁屋さんとの酒席でのことです。その人の息子さんが、『お父さんの仕事は何?』と学校で聞かれたとき、『お父さんは包丁をつくっている』と言えなかったそうです。僕たちはすごく悲しくなって、そういう存在になっちゃいけない、自分たちが誇りをもって、『ウチはこういう仕事をしている』ということを伝えられないといけないよね、そんな話をしました。

子どもには、親の仕事に誇りをもってもらいたい。そして、三条の子どもたちの憧れになれるような仕事をしていきたいです」と曽根さんは真っ直ぐ前を見すえて話した。

 地域のキャリア教育の可能性

工場の祭典Tシャツでイベントを盛り上げる澁谷さん

工場の祭典Tシャツでイベントを盛り上げる澁谷さん

工場の祭典を成功させるために、現場で東奔西走していた三条市役所職員の澁谷一真さんは、ものづくりの魅力が広がる可能性を実感していた。

「昨年は、京都芸術造形大学の学生さんが工場の祭典を訪れて、フィールドワークをしていました。彼らは、地元に戻ってから自分たちの地域の工場を展示会で紹介することを卒業制作にしました。

今年は、県内の新潟大学や長岡造形大学の学生が視察に訪れています。工場の祭典がきっかけになって、燕三条だけでなく日本のものづくりの魅力が学生たちの力によって広がる可能性を感じています」(澁谷さん)

 

 

今回の燕三条での一連の取材を終えて、日本全国で見直されている「特色をもつ地域づくり」のヒントがここにあるのではないかと感じている。大事なのは、自分たちの特色を発信することだ。

地域の企業が行政と一体になり、自分たちの取り組みをオープン化して発信することは、人に見てもらうために自らに磨きをかけて成長することにもつながる。そういう企業が集まると、産業全体もオープン化して情報を発信することになるので、産業そのものが活気づく。

さらに、地域の特色を発信する相手を大人だけでなく、教育現場にも広げることで、子どもたちは自分たちのルーツに誇りをもてるようになる。そうすることが、地域の未来には不可欠になってきているのだ。

グローバル時代だからこそ、自分たちのルーツは大切になる。日本にはユネスコ無形文化遺産に登録された「和食」、他国の人々を魅了する器用で芸の細かい「ものづくりの文化」、相手を敬いおもんぱかる「おもてなしの文化」など世界に誇れる宝が多い。

そうした数々の宝は、海外からは尊ばれてきたが、近代の日本の教育システムの中では、少々軽視されてきたように思える。燕三条で今起きているシフトは、そんな風潮を見直そうというメッセージでもある。

 

 

 

 

【筆者プロフィール】
林 信行(はやし のぶゆき)
ジャーナリスト

最新テクノロジーは21世紀の暮らしにどのような変化をもたらすかを取材し、伝えるITジャーナリスト。
国内のテレビや雑誌、ネットのニュースに加えて、米英仏韓などのメディアを通して日本のテクノロジートレンドを紹介。
また、コンサルタントとして、これからの時代にふさわしいモノづくりをさまざまな企業と一緒に考える取り組みも。
ちなみに、スティーブ・ジョブズが生前、アップルの新製品を世に出す前に世界中で5人だけ呼んでいたジャーナリストの1人。
ifs未来研究所所員。JDPデザインアンバサダー。

主な著書は「ジョブズは何も発明せずにすべてを生み出した」、「グーグルの進化」(青春出版)、「iPadショック」(日経BP)、「iPhoneとツイッターは、なぜ成功したのか?」(アスペクト刊)など多数。
ブログ: http://nobi.com
LinkedIn: http://www.linkedin.com/in/nobihaya

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