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連載第2回では、90年を超える伝統をもつ、東京にある私立広尾学園の大改革を前後編で取り上げる。7年前まで女子校だったこの学校は、少子化に加え、進学重視の外部環境の変化により、特徴のない多くの女子校同様、廃校の危機に瀕していた。その学校が驚くべき大転換により、今や教育界から大きな注目を集める存在になっている。前編では、この学校がなぜそのような大転換を成し遂げることができたのか、その理由に迫る。

【取材・執筆】 ジャーナリスト・林 信行
【企画・編集協力】   青笹剛士(百人組)

 

 受験教育からの脱却

研究成果を発表する広尾学園の生徒たち

iPS細胞と言えば再生医療の未来に大きな期待を抱かせ、京都大学iPS細胞研究所の山中伸弥教授にノーベル生理学・医学賞をもたらした研究で有名だが、その英語論文を読み解き、さらに一歩踏み込んだ研究をしている高校生たちがいる。老化した細胞からiPS細胞をつくりだす効率を改善するというテーマに取り組む吉本楓さんは、東京都港区にある広尾学園高校の医進・サイエンスコースの2年生だ(当時)。今年、卒業した彼女の先輩、森下彩華さんと丸山梨乃さんは「生物の寿命を決定する要因」を研究したが、森下さんは最初、ES細胞やiPS細胞からその秘密に迫った。一方、丸山梨乃さんはプラナリアという再生能力が高い生物を使ってその研究をした。
 吉本さんらは夏休みに渡米し、自らの研究内容をカリフォルニア大学デービス校やスタンフォード大学でプレゼンテーションする機会も得た。普通の高校ではなかなかない体験だ。

 

広尾学園で活躍するのは女子生徒たちだけではないし、活躍する分野も生命科学だけではない。
 昨年9月には日本数学会という権威ある学会で、医進・サイエンスコース高校3年生(当時)の塩谷祈くんが数学者らを前に発表を行なった。テーマは『擬素数の決定について』。
 医進・サイエンスコースの生徒たちの多くが、こうした学会やコンテストに参加しているが、彼らは高校生に用意された特別枠を嫌い、あえて大学生や専門家らが応募する枠での参加を望むという。「世界でまだ誰もやっていない研究をする」ことを掲げて、それに取り組む生徒たちの意欲はそれほどまでに高い。

 

 この子たちを落とす大学が間違っている

同コースの「研究活動」では、年に1度、研究成果報告会を行うが、これに加えて東京理科大学の卒論発表の場でも発表を行なっている。物凄いモチベーションで大学生顔負けの研究をしている高校生たちの発表は、その場を共有する大学生たちにも良いいい刺激とプレッシャーを与えているようだ。医進・サイエンスコースをつくった一人、教諭の木村健太氏は、まさにその点を狙っている。
 「医進・サイエンスコースの生徒たちは、進学した大学での教育に満足できないかもしれません。そんな生徒たちが今の大学そのものにプレッシャーを与え、変化を促せるようになればいいなと思っています」
 最初は「偏差値が高いから」という理由で子供たちを医進・サイエンスコースに入学させたつもりの保護者の中でも、最近では徐々に考え方が変わってきたという方が多い。大学受験用の学習だけではなく、高校在学中に社会に出た時に役立つスキルや姿勢を身につけることが、将来を長く見渡した時には大事なのではないかと考えるようになってきたのだ。一方、生徒たちの進路の選び方も変化している。就職に有利な有名大学を選ぶのではなく、自分がやりたい研究の第一人者がいるから、といった理由などで大学を見るようになったという。

 

では、果たしてこうした教育は、現在の大学受験システムにおいて有利なのか。この答えは、できたばかりのコースで、まだその成否を問うことは難しい。だが、「これだけ本質を捉えた教育をしているのに、その子たちが希望する大学に受からないのだとしたら、それは大学の受験システムの方が間違っているのではないか。そんな声があがるような教育をしていきたい」と木村氏は言う。保護者や教育関係者、そして何よりも大勢の生徒たちからの共感と賛同によって自信を得て、以前は大学入試対策に偏重した方がよいのだろうかという迷いもあった木村氏の考えも固まってきたようだ。
 わずか7年前までは、経営的にも苦しく先行きの見えなかった学校が、ほんの数年でここまで大胆なSHIFTを果たした背景には何があったのか。

 

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