テクノロジーとオーダーメイド教育が、
障がいを持つ子どもの学びの意欲を生む

[4/7]

 学べない責任は子どもにはない

泡瀬特別支援学校では、iPadなどのITツールを使った教育ばかりをしているわけではない。iPadの登場前から基本スタンスは「使えるものは使う」だった。この学校の中を見て回ると、模造紙に書かれた教材や大型テレビにつながれたゲーム機など、そこかしこに工夫を凝らした手作りの教材や備品で溢れている。廊下を歩くと、数メートル間隔で天井にカラフルな布が吊るされている。何かと聞いてみると、車椅子で移動する生徒たちの中には、視界に天井しか入らない生徒のための工夫だということだ。山口氏は言う。「子どもの視点で環境を見ることが何より重要だと考えています。子どもにとって『見えない』、『見えにくい』は、『ない』ことと同じです。彼らの学びは、必要な学習環境を整えることからスタートするのです」

特別支援学校にとって、テクノロジーにはどんな価値があるのだろうか。

「なんといっても変わったのは選択肢が増えたということです」と山口氏。

特にiPadの登場は衝撃的だったようだ。

「すごいものが来たな、という印象でした。健常者と障がいを持つ人では、iPadへの印象はだいぶ違います。電源コードは不要、直感的なインタフェース、持ち運びがしやすいなどいろいろなメリットがあります。これまではPCを立ち上げるのも大変だった生徒たちですが、iPadは目の前にデバイスがあれば自分ですぐに使い始めることができます。自分で準備できることは重要です。これまでは準備にすごく時間がかかっていましたから」

平成22年度、泡瀬特別支援学校ではiPadを30台、iPod touchを20台導入した。140人の生徒に対して3人に1台強くらいの割合だ。

「教育用のテクノロジーが出てきたことで、障がい者もコミュニケーションをとりやすくなりました。これまでは音声の言葉の支援を前提にしていたので、言葉が出ない子どもについては最後のところで通じ合えない部分がありました。しかし、彼らにも話したいことはたくさんあります。これまでも絵カードなどによるコミュニケーションは行われてきました。しかし、これらの方法は、一般的にはなかなか広がりませんでした。それが、ITツールの登場で、障がい者のコミュニケーションの可能性がぐんと広がりました。例えば、音声言語にこだわらない指導ができるようになってきたのです。これは私たちにとっては大きな変化でした。これまでのやり方にこだわっていたら、コミュニケーションができないのは、子どもたちの責任になってしまいます。ITツールのおかげで言葉を発しない子どももコミュニケーションができるという前例ができ、逆に先生のスキルが問われるようになりました。『学べない責任は子どもにはない』という新しい答えが見えてきたのです」

ITツールの広がりは、保護者と子どもの関係にも変化をもたらした。そもそも、障がいを抱えている子どもの保護者は、これまでずっと子どものそばにいることが多かった。それが自分ひとりで宿題をこなし、メールをやりとりできるような子どもたちが少しずつ増えている。プライベートな時間や空間を持てるようになった子どもたちも多い。このような子どもたちの自立への動きは、ITツールの恩恵を感じた保護者から別の保護者に、徐々に口コミで伝わっているという。

ページのTOPに戻る