プログラミング教育で地域創生、
官民学が連携して地域人材を育成する島根県松江市の一大プロジェクト

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 しまねOSS(オープン・ソース・ソフトウェア)協議会が立ち上がる

高尾さんは、Rubyを生み出したまつもとさんと同じくNaCl社の社員でもある。NaCl社では、高尾さんのような社会貢献活動は、会社公認の社外活動として認められている。そのNaCl社の代表、井上浩さんは「Ruby City MATSUE」プロジェクトにも大きく関わっている。

「2005年に松江市の商工課長の田中哲也さんが会社にみえました。当時、松江市の人口減を憂慮していて、松江市を盛り上げるためにRubyの開発者まつもとゆきひろに着目されたのです。そこから、Ruby City MATSUEプロジェクトを立ち上げようとしていました」と井上さんは振り返る。

2006年、プロジェクトの活動拠点として、松江オープンソースラボを開設した。場所をつくっただけでは盛り上がらないので、井上さんと島根大学の野田哲夫教授が、しまねOSS(オープン・ソース・ソフトウェア)協議会を立ち上げた。  この協議会は、県内のIT企業や一般ユーザーに対して、オープンソースのリテラシーを高めるために設立された。

オープンソースは、公開されたソースコードを自由に利用することができるので、開発する固定費を抑えることができたり、ユーザーが特定のソフトウェアをインストールして、後々身動きできなくなったりすることもない。オープンソースのリテラシーをベンダー(売り手)とユーザーの双方が身に付ければ、結果的に地域全体のメリットになると考えたのだ。その拠点となるのが、オープンソースラボである。

オープンソースラボでは、子どもたちに向けたプログラミング教室のほかにも、オープンソースのコミュニティに属するプログラマーの勉強会などが開かれている。オープンソースの勉強会は、オープン・ソース・ソフトウェアそのものに対して守秘義務が基本的に存在しないので、自由で発展的、未来に繋がる内容になることが多いようだ。

 全国の自治体が抱える壁を乗り越えた

井上さんは、Rubyを使ったシステム導入のメリットをこう指摘する。

「島根県や松江市では、Rubyを使ったシステムを調達することが広がっています。松江市では、産業振興セクションの狙いに応じて、調達セクションも市で導入するシステムについてはRubyで開発することを入札条件にして松江市を盛り上げようとしています。Rubyを使えば、IT予算がほぼ100%地元に還流するのは地元経済にとって大きなメリットです」

全国の自治体を見ても、産業振興側と調達側がここまでがっちりタッグを組めているケースはそれほど多くない。一般的には、自治体から中央のベンダーが受注すると、仕事を下請けに発注するというケースが多く、特定のプログラミング言語を使ったシステムを構築するような流れにはなりにくい。システム構築コストを抑えることを優先するからだ。しかし、島根県は、産業振興側と調達側の間にそびえる高い壁を乗り越えた。それでは、なぜこの壁を乗り越えられたのか。井上さんは重要な理由を挙げた。

「オープンソースを旗印にしているのは大きいと思います。オープンソースの考え方は本質的に正しいので、わかっている人であれば説得しやすいです」 オープンソースは、導入や運用の固定コスト削減以外にも、ソースを公開するためにコードの信頼性が高かったり、メンテナンス期間に制限がなかったり、コードの修正や変更が可能だったりするので、全体としてもたらされる恩恵が多い。

このオープンソースをこよなく愛するのが、当時松江市の商工課長(現在は同市市民部長)の田中哲也さん。Ruby City MATSUEプロジェクトの言いだしっぺともいうべき人物だ。

「2005年に商工課に着任した際、全国的に人口減の波が押し寄せていました。地域産業を活性化する目的で、地元の資源をうまく活用するために、地元企業を回り始めました。その中で、NaCl社のオフィスで井上さんとまつもとさんに出会いました」

松江市には亀山市のようにシャープの工場を誘致するような莫大な予算はなかった。コスト勝負ではない、地域ブランドを創生する必要がある。まつもとさんの話を聞いているうちに、これからもITの世界は爆発的に広がっていくだろうと確信した田中さんは、オンリーワンの取り組みとしてRubyを神輿にプロジェクトを立ち上げようと決心した。

2005年の国勢調査の結果、松江市の人口が初めて減少に転じたことも、プロジェクトの推進には追い風となった。2006年7月31日、松江オープンソースラボを開設し、Ruby City MATSUEプロジェクトは事実上スタートした。そこから、オープンソースラボではプログラマーを中心とした勉強会を重ね、現在では100回を超えている。

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