グローバル教育研究室

ベネッセのオピニオン

第35回
「グローバル化に対応した英語教育改革」における課題は何か?
‐「これからの中学校・高校での英語の指導と学びを考える」シンポジウムを終えて

2013年12月20日 掲載
ベネッセ教育総合研究所 グローバル教育研究室
主任研究員 加藤 由美子

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英語教育

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12月13日に文部科学省が「グローバル化に対応した英語教育改革実施計画」を発表しました。小学校における英語教育の拡充強化、中・高等学校における英語教育の高度化などを通して、生徒が英語力を向上することを目指しています。小学校段階から育成を開始することは英語力の向上に資するものですが、発達段階と学習量を考えますと、やはり中高の英語教育の役割は重要です。12月1日に「これからの中学校・高校での英語の指導と学びを考える」というテーマで上智大学・ベネッセ英語教育シンポジウムを実施しました。そのプログラムの中で発表した2つの研究内容を紹介しながら、改めて中高の英語教育の課題について考えたいと思います。

* シンポジウムの詳細報告は2014年2月末ごろにARCLE WEBにて公開される予定です。

公立高校入試において「英語を使う力」は10年前から問われている ‐プログラム1:「全国47都道府県の高校入試分析から考えるテストデザインと中学校3年間の指導」より

プログラム1で発表した研究の目的は、「近年の公立高校入試では、学習指導要領の目指す方向に向かって、語彙や文法などの『英語の知識』を直接問う問題が減り、『英語を使う力』を問う問題が増えているのではないか」という仮説の検証です。ここでいう、「英語を使う力」とは、学習指導要領の観点別評価の「外国語理解の能力」、「外国語表現の能力」つまり、「聞く」・「読む」力、「話す」・「書く」力と、複数技能を統合して使う力も含めています。

研究は2003年と2013年の47都道府県の公立高校入試問題を比較することで行われました。図1は、「英語の知識」を問う問題と「英語を使う力」を問う問題数の比率を03年と13年で比べたものですが、その比率は、ほぼ同じであることがわかります。この10年で「英語を使う力」を問う問題が増えてきているという仮説に対して、増加はほとんどないという結果でした。逆に言えば、少なくとも10年前から公立高校入試では「英語を使う力」が問われていることが明らかになりました。03年から13年の10年分を毎年分析したわけではないので、途中の変化についてさらに研究をする必要はありますが、中学の出口であり、高校の入り口である公立高校入試では10年前から「英語を使う力」が問われていることがわかったことは大変興味深いです。

図1 「英語を使う力」を問う問題が増えているか
図1 「英語を使う力」を問う問題が増えているか
*出典:亘理陽一・石井亨・小川登子・奥住桂・加藤由美子・吉池陽子・根岸雅史「全国47都道府県の高校入試分析から考えるテストデザインと中学校3年間の指導」(2013上智大学・ベネッセ英語教育シンポジウム)

中高生の中で「英語学習」と「英語を使うこと」はつながっていない?! ‐プログラム2:「中学生・高校生の英語学習実態から考える指導と学び‐インタビューを手がかりにして」より

公立高校入試の研究では「英語を使う力」が問われていることがわかったわけですが、実際の中高生の英語学習行動やその背景にある意識はどうなのでしょうか。中高の英語教育研究では、どう教えるかという「教師の視点」に寄ったものが多いように思いますが、シンポジウムの2つ目のプログラムで紹介したこの研究は、敢えて「学習者の視点」を大切にするところから始まりました。

ベネッセ教育総合研究所は、2009年に「第1回中学校英語に関する基本調査(生徒調査)」を実施し、中学生の英語学習の実態について明らかにしました。今回はさらに生徒の英語学習行動やその背景にある意識を質的に明らかにするために、16人の中高生に一人30~40分のインタビューを詳細に行いました。すべての情報をお伝えすることはできませんが、生徒のインタビュー内容をTAE(Thinking at the Edge) という質的研究の手法[1]を用いて分析し、英語学習行動や意識をモデル化したものを紹介します。

[1]得丸さと子(著)『ステップ式質的研究法‐TAEの理論と応用』(2010年)海鳴社

【「英語学習」と「英語を使うこと」がつながっていないタイプ(生徒A)】
【「英語学習」と「英語を使うこと」がつながっていないタイプ(生徒A)】
*出典:酒井英樹・工藤洋路・髙木亜希子・加藤由美子・福本優美子「中学生・高校生の英語学習実態から考える指導と学び‐インタビューを手がかりにして」(2013上智大学・ベネッセ英語教育シンポジウム)

この生徒は、「教科書の英語の意味を理解する」、「単語を覚える」、「先生の話を耳に入れる」などの「英語を意図的に頭に入れること」をしています。また、「ヘッドホンステレオで英語を聞く」、「動画コンテンツ共有サイトで動画をみたりする」などの「英語に触れること」も自分で決めて行動に移しています。しかしながら、「英語を意図的に頭に入れること」と「英語に触れること」は目的が異なっており、この生徒の中ではつながっていません。前者は成績を下げないため、後者は気持ちの高揚や楽しみのために行っているからです。

【「英語学習」と「英語を使うこと」がうまく循環しているタイプ(生徒B)】
【「英語学習」と「英語を使うこと」がうまく循環しているタイプ(生徒B)】
*出典:酒井英樹・工藤洋路・髙木亜希子・加藤由美子・福本優美子「中学生・高校生の英語学習実態から考える指導と学び‐インタビューを手がかりにして」(2013上智大学・ベネッセ英語教育シンポジウム)

この生徒は、幼児のころに祖母がABCソングを歌っていたことを覚えています。小学生の時には英会話教室に通い、中学生の時にはオーストラリアに短期ホームステイにも行きました。これらの「楽しい英語体験」が、この生徒の英語学習意欲を高めています。英文を写したり、内容を和訳したり、単語を覚えるなどの伝統的な高校の英語学習へも「適応」し、テストを含めた英語学習がうまく進んでいます。授業で学んだ文法や語彙の知識を英語をリアルに感じる楽しい体験(ディスカッション、ALTとの会話、英語のプレゼンテーション番組を見る、ライトノベルを読むなど)で使うこともでき、それを喜びとして感じています。その結果、英語への学習意欲はさらに高まり、「英語学習」と「英語を使うこと」の好循環が生まれています。

生徒Aは、「英語を意図的に頭に入れること」をし、自分で決めて「英語に触れる」行動まで起こしているのに、残念ながら、その2つがうまくつながっていません。シンポジウムの参加者からも「成績のためにやっていること、日常に楽しみでやっていることをどうにか統合してあげられないかと思う」というコメントがありました。一方、生徒Bの中では、「英語学習」と「英語を使う体験」のいい循環が生まれていました。この生徒については、「低年齢期に『英語に触れる』体験を重ねていることが彼の自信になっている」「授業内に限らず知的好奇心を刺激し続けることが大切だ」というコメントをいただきました。
恐らく日本の中高生は、生徒Aのような学びのスタイルの割合が多いのではないかと思います。

中高生が「英語を用いて~ができる」という力をつける支援をするために大切なこと

冒頭にご紹介した「グローバル化に対応した英語教育改革実施計画」では、「英語を用いて~することができる」というCan-doリストによる目標設定を行おうとしています。そのために言語活動の内容(聞き取り、多読、速聴、作文、発表、討論等)や量を増加させる方向へ授業を改善することを求めています。言語活動の中で生徒が「英語を使って何かをすること」が大切です。それが高校に加えて、中学でも「授業を英語で行うことを基本とする」ことの本質的な意味だと解釈できます。

公立高校入試では早くから「英語を使う力」が問われていても、多くの中高生の意識の中で、英語を実際に使う英語学習観は欠如しており、入試やテストのための「英語学習」と「英語を使うこと」には大きな隔たりがあります。英語が外国語であり、日常で英語を使う機会が少ない日本において、それは仕方のないことかもしれません。しかし、日常で英語を使う機会が少ないからこそ、早い段階から「英語を使う」機会を学校の内外で意識的に与え、「英語学習」と「英語を使うこと」・「英語を使う喜び」をつなげられるようにしてあげたいと思います。喜びを感じて英語を使うことは、英語の学びの意欲を高めるだけでなく、その人の人生をさらに楽しいものにしてくれると思うからです。その際に留意したいことは、2つめの研究からも見えてきたことですが、「一人ひとりの子どもの意識や学びのスタイルに寄り添う」ということです。子どもの英語学習に対する意識や行動には様々な要因が絡み合い、一人ひとりにストーリーがあります。その個別のストーリーを尊重することで、多様な人とつながって、他者のストーリーを尊重しながら生きていく大人に成長してくれることを応援したいと思います。

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著者プロフィール

加藤 由美子
ベネッセ教育総合研究所 主任研究員

福武書店(現ベネッセコーポレーション)入社後、大阪支社にて進研ゼミの赤ペン指導カリキュラム開発および赤ペン先生研修に携わる。その後、グループ会社であるベルリッツコーポレーションのシンガポール校学校責任者として赴任。日本に帰国後は「ベネッセこども英語教室」のカリキュラムおよび講師養成プログラム開発等、ベネッセコーポレーションの英語教育事業開発に携わる。研究部門に異動後は、ARCLE(ベネッセ教育総合研究所が運営する英語教育研究会)にて、ECF(幼児から成人まで一貫した英語教育のための理論的枠組み)開発および英語教育に関する研究を担当。これまでの研究成果発表や論文は以下のとおり。

関心事:何のための英語教育か、英語教育を通して育てたい力は何か

その他活動:■東京学芸大学附属小金井小学校、島根県東出雲町の小学校外国語活動カリキュラム開発・教員研修(2005~06年)■横浜市教育委員会主催・2006教職キャリアアップセミナーin 横浜大会講師(2006年)

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