グローバル教育研究室

ベネッセのオピニオン

第44回 英語教育は何のためか?
‐グローバル社会で必要な「ことばの力」とは‐

2014年02月28日 掲載
ベネッセ教育総合研究所 グローバル教育研究室
主任研究員 加藤 由美子

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英語教育

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 ロシアでの冬季オリンピックが終了しました。ソチの街の様子がテレビで放映されると、2020年の東京の街はどのようになるのだろうか、と想像が膨らみました。2020年東京オリンピック・パラリンピックを見据え、日本の英語教育の抜本的充実を図るため、グローバル化に対応した英語教育改革実施計画が発表されました。その計画の中で、テストなどで測定可能な英語力の目標は現行のものよりレベルアップしています。国が時間とお金をかけて行う施策です。教育の効果を目に見える形で伸ばすことは当然ですから、道具としての語学力のレベルアップは重要です。同時に、測定しにくいものですが、児童・生徒の真のコミュニケーション能力の向上も重要です。そこで改めて、英語教育でどういう力を育てていくべきか、考えたいと思います。そのための示唆を2つの小学校英語実践事例から得ました。

外国語活動としての小学校英語実践事例-福岡市立若宮小学校

 2011年から小学校5・6年で外国語活動が必修化されています。本格開始から丸3年。その成果を共有する全国小学校英語活動実践研究大会(2月7日)が行われました。そちらで福岡市立若宮小学校6年生の授業を見学しました。

 

■研究主題

「進んで人とかかわり、伝え合うことのできる子どもが育つ外国語活動の研究~オーストラリアの姉妹校交流を通して、相手意識・目的意識をもたせた授業づくりの工夫~」

■授業の流れ

  1. 挨拶・ウォームアップゲーム
  2. 福岡のおすすめスポットで「おいでマップ」を作る活動
  • オーストラリアの仲間に紹介したい福岡のおすすめスポットと理由を英語でやりとりする
  • おすすめスポットと理由を表す写真やイラストシールを選び、グループ別に「おいでマップ」を作る
  • グループの「おいでマップ」を他のグループに発表する

 

 授業では、まず担任と外国人先生のやりとりの見本を見た後、ゲーム形式でやりとり練習。次にグループに分かれて役割分担をして練習。最後は、複数グループが一緒に完成したマップを見ながら、児童全員と発表者がやりとりをしました。多くの見学者に囲まれた緊張と、広々とした体育館という不慣れな場所での授業のせいか、児童の声はなかなか大きくならず、やりとりもテンポよくとは行きませんでした。しかし、知っている単語やジェスチャーでなんとか伝えようとする児童がいると、それを真似する児童も出てきました。また、自分のおすすめスポットの理由について、用意されたカードに適当にあてはめるという妥協をせず、自分が考えた理由を日本語を交えながら力説する児童がいました。それを聞くと、初めて知る福岡のスポットに行ってみたくなるような授業でした。

 小学校外国語活動の目標に英語のスキル(聞く・話す・読む・書く力)を育成することは入っていません。授業で使用された英語表現は限られたものであり、やりとりには日本語も使われていました。しかし、児童はおすすめスポットと理由を自分なりに考え、クラスメートと伝え合おうとしていました。また、総合的な学習の時間や社会科で学んだ福岡の街の情報もうまく使っていました。

 若宮小で13年5月に小5・6年生に調査したところ、「外国語(英語)を使えるようになりたいですか」に対して「とても・まあ」と回答した児童が97%。一方、「外国の人が来ていたら、自分から進んで話しかけようと思いますか」に対しては45%。それが、14年1月には89%になった、と授業見学後の研究会で報告されました。児童は、外国語活動を通して、「英語を使えるようになりたい」という気持ちからさらに踏み込んで、「ことば」として英語を使って「外国の人とかかわりたい、友達になりたい」という意識をもつようになったのです。

教科としての小学校英語実践事例-東京都品川区立小山台小学校

 英語教育改革実施計画の目玉の一つに小学校英語教科化があります。教科になると外国語活動にはない教科書が作成され、英語のスキルを育成し、それを数値で評価するようなことも行われます。品川区では、2006年度から「教科としての英語教育」に取り組んでいます。その中で先進的な取り組みをしている小山台小学校の研究発表会(1月24日)があり、小学校5年生の授業を見学しました。

 

■研究主題

「ことばを育てる」

■授業の流れ

  1. 挨拶・歌
  2. 文字指導・読み書き

    小文字の学習、同じrime(*)の単語を考える・書く、単語を増やす

    (*)音節の内部構造を表す用語。母音とそれに続く子音(群)。例えば、cat, mat, hatは同じrimeを持つ単語。

  3. 物語を使った活動
  • 物語の読み聞かせ音声を聞いて、覚えた文を読む
  • 物語に登場する熊に関連して、森の動物の冬の過ごし方を考える

 

 小山台小の授業では、英語の単語・表現や文字だけを取り出して、機械的に反復練習するような(かつて、我々多くの大人が受けた授業のような)スキルの習得の仕方はしていません。児童は物語=意味ある文脈で「英語を聞く」ことで意味を理解し、基本的な表現に慣れ親しみます。その文脈を通して、「英語でやりとりする」「英語で物を考える」ことを行いながら、文字指導もうまく統合し、「英語で読む」や「英語で書く」ことも行います。また、物語に熊が登場することに関連して、「動物の冬の過ごし方」というテーマで、たくさんの動物の名前を英語でインプットしながら、冬眠の有無についてグループで議論するなど、他教科の内容もうまく授業に使われていました。児童の発する英語には、気持ちや意図が込められており、教室には温かさの中にいい緊張感がありました。

 研究会の中で、小山台小のカリキュラム指導と授業実践をされている、青山学院大学のアレン玉井教授が、「ことばは心を作る。小山台小の児童は、英語ということばを『自分のもの』として使い、'Language Ownership'を獲得しようとしている」と話されました。

「ことばを育てる」ことは教育である

 外国語活動として学ぶ若宮小、教科として学ぶ小山台小。英語のスキルという面だけを見ると両校で育てられている児童の力は違います。しかし、どちらの学校でも、「ことば」として英語を学び、「自分のもの」として英語を使っていこうとしていました。小山台小の研究会で校長先生が、大村はま先生の言葉を引用されて「ことばを育てることはこころを育てること、人を育てること、教育そのものである」と話されました。

 「ことばを育てる教育」はもちろん英語教育だけで行うものではありません。学習指導要領は、「言語活動の充実に関する基本的な考え方」として「国語科で培った能力を基本に、それぞれの教科等の目標を実現する手立てとして、知的活動(論理や思考)やコミュニケーション、感性・情緒の基盤といった言語の役割を踏まえて、言語活動を充実させる必要がある」と謳っています。「ことばを育てる教育」は国語科での教育を基盤に小中高の学校教育の中のすべてで行われるべきものであり、英語教育もその中で役割を果たしていく必要があります。言うまでもなく、英語教育は、道具としての語学力だけを育てるものではありません。英語教育改革実施計画では、中高の言語活動の充実・高度化を目指しています。まさにそれは「ことばの力」を伸ばすことを目指しているのだと思います。

「グローバル人材」に必要な「ことばの力」とは、「地球市民」として必要な「ことばの力」

 全国小学校英語活動実践研究大会の祝辞で、板東久美子文部科学審議官が英語教育改革実施計画に言及され、「グローバル人材育成」を目指すということを話されました。

 「グローバル人材」にはさまざまな定義がされています。一般的には国際舞台で活躍する「グローバルリーダー」と呼ばれるような人がイメージされるでしょう。そう解釈すると、大人も子どもも「日本人みんながそうならなくてもよいだろう」という結論になりがちです。しかし、「グローバル人材」をグローバル化が進む時代に生きる「地球市民」と捉えると話は違います。生きる場所が日本国内でも海外でも、使用する言語が日本語でも外国語でも、多様な人と共生する中で、自分と自分のことばをしっかりもち、自分で考え・表現しながら、他者との違いを楽しみ、意見を調整し、一緒に問題を解決し、新しい価値を生み出していく。それが「地球市民」であり、すべての人がそうなる必要があります。その上で、道具としての語学力は、海外旅行・日常会話レベル、海外での生活・仕事での会話レベル、仕事で困難度の高い折衝・交渉などができるレベルなど、学習する人・使う人が、自らの目標やニーズにあわせてつけていけばよいと思います。

 

 小山台小でアレン玉井教授のおっしゃった'Language Ownership'の
'Ownership'ということばは、「所有」「所有者であること」という意味に加えて、「当事者意識」「責任感」という意味をもちます。「ことばの教育」を通して、英語教育を通して、子ども達がことばの'Ownership'とともに、自らの人生の'Ownership'を獲得できるよう応援したいと思います。自分の人生に対する目的意識を持ち、生きる充実感や喜びを味わい、それを自分の幸せだと感じられるように。

 ソチオリンピックに出場したアスリート達がインタビューで口をそろえて言ったのは「自分」ということばでした。自分の演技。自分らしい滑り。それを目指して努力してきた彼らは、メダルの有無や順位に関係なく、美しく咲き誇り、我々に勇気と希望を与えてくれました。

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著者プロフィール

加藤 由美子
ベネッセ教育総合研究所 主任研究員

福武書店(現ベネッセコーポレーション)入社後、大阪支社にて進研ゼミの赤ペン指導カリキュラム開発および赤ペン先生研修に携わる。その後、グループ会社であるベルリッツコーポレーションのシンガポール校学校責任者として赴任。日本に帰国後は「ベネッセこども英語教室」のカリキュラムおよび講師養成プログラム開発等、ベネッセコーポレーションの英語教育事業開発に携わる。研究部門に異動後は、ARCLE(ベネッセ教育総合研究所が運営する英語教育研究会)にて、ECF(幼児から成人まで一貫した英語教育のための理論的枠組み)開発および英語教育に関する研究を担当。これまでの研究成果発表や論文は以下のとおり。


関心事:何のための英語教育か、英語教育を通して育てたい力は何か

その他活動:■東京学芸大学附属小金井小学校、島根県東出雲町の小学校外国語活動カリキュラム開発・教員研修(2005~06年)■横浜市教育委員会主催・2006教職キャリアアップセミナーin 横浜大会講師(2006年)

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