グローバル教育研究室

ベネッセのオピニオン

第96回 中高英語の話す指導は「対話」から

2016年03月01日 掲載
主任研究員 加藤 由美子

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 第90回のオピニオンでは、筆者の英語観光ボランティアの経験をお話ししましたが、大学ではESS(English Speaking Society)というサークルでスピーチを行う活動をしていました。スピーチでは、社会問題などの課題をリサーチ結果などから考察し、その解決策を提案します。それはprepared speechと呼ばれ、文字通り準備した(=prepared)原稿を覚えて、発表します。レベルの高いスピーチ大会では、スピーチの後にQ&Aセッションがあり、英語のネイティブ審査員と内容に関して即興(=impromptu)のやり取りをします。どんな質問が出るのか、それに対して英語でうまく答えられるのか、とても緊張して大会に臨んだことが思い出されます。

 ベネッセ教育総合研究所が2015年8月に中高の英語教員を対象に実施した「中高の英語指導に関する実態調査2015 」では、授業で行っている活動の中で「即興で自分のことや気持ちや考えを英語で話す」(中学42.7%、高校29.4%、「よく行う」「ときどき行う」の合計)、「ディスカッション」(各5.4%、9.1%、同)、「ディベート」(各3.9%、5.3%、同)など、即興で話す活動の実施率は低い傾向にありました(図1,2)。予め内容を準備して、メモや原稿をもとに話すスピーチ・プレゼンテーションに比べて、即興で話すことやディスカッション・ディベートは、中高生にとってハードルが高いため、指導することは難しいのでしょうか。英語を「話すこと」の指導が重要視される中、これまであまり実施されてきていない「即興で話すこと」は、どのように準備を行い、どのような順序で指導すれば、うまく始めることができるのでしょうか。2015年12月に実施した「上智大学・ベネッセ英語教育シンポジウム 」では、その答えを示唆する議論が、活発に行われました。


図1

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※上記画像をクリックすると拡大します。


図2

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※上記画像をクリックすると拡大します。

英語での簡単な語りかけから始める-調査報告から考える-

 シンポジウム第一部では、さきほどの調査報告をもとに「話すこと」の力を伸ばす活動について参加者がグループに分かれて議論し、その内容を全体で共有しました。その中で、「『教師によるsmall talk(英語による簡単な話)』が重要である。中身の濃い、レベルの高い授業内容というよりも、まずは英語で話す習慣が大事ではないか。small talkは授業中だけでなく、『今日の洋服かわいいね』など、休み時間に身の回りのことを教師が英語で語りかけることで、生徒はyes/noから使い始め、だんだんと言えるようになる」という意見が、あるグループから共有されました。調査結果でも「教師によるsmall talk(英語による簡単な話)」の実施率は中学71.5%、高校51.7%と高い傾向にあります(図1,2)。先生が英語による簡単な話から生徒に語りかけ、そこから対話を始めていきましょう、という提案だと思います。

英語での問いかけから即興の対話へ-実践発表から考える-

 シンポジウム第二部では、先生による生徒への語りかけから、簡単な対話、高度な即興の対話へレベルアップしていくことを提案する実践発表がありました。「生徒の思考を促し、『話すこと』に導く授業」というテーマで大阪府立高津高等学校の取り組みを松下信之先生が紹介されました。松下先生によると、即興、つまり準備なしで英語を話す場合、内容を思考することと、英語で表現することの両方が同時に求められ、生徒にはそれがダブルのプレッシャーになって、なかなかうまくいかないそうです。そこで、同校では、次のような内容で、「英語で表現すること」と「内容を思考すること」をうまく両立できるようにする指導が行われています。


    • ①「英語で表現すること」

    •   教科書の内容について、
    •   先生が既習の単語や文法(中学での既習含む)を使って生徒に質問する。
    •   生徒は、先生が質問に使ったモデルとなる単語や文法を使いながら答える。

    • ②「内容を思考すること」×「英語で表現すること」

  • 教科書の内容について、先生が次のような問いかけを行う。
  • 生徒は、①で学習した教科書の中にある単語や文法を使って、意見や理由を言う。
  •  ・次の展開を予測する。
  •  ・書かれている複数の異なる意見の中で、生徒が支持する意見はどれか。
  •  ・書かれている内容と異なる意見を先生が言い、生徒はそれに対してどう思うか。
  

 以上のような先生からの問いかけと生徒による答えの対話の中で、先生は生徒の言いたいことを推し量りながら、うまく生徒から英語が出てこない時は、それにふさわしい単語や文法を意識して聞かせたり、生徒が話した英語を言い直したりします。その積み重ねの結果、最初は単語1語レベルで答えることから、学年が上がるにつれて、即興のスピーチ・ディスカッションなど、高度なことまでできる力を生徒はつけていきます。また、自分が英語で話した録音を聞き返して、正しく書き直しながら、書く力も高めていきます。その結果は大学入試の成果にもつながっているとのことでした。松下先生は次のように発表を締めくくられました。「実際のディスカッションでは思い通りに英語で話せないことも多いですが、言いたいことはある。それがすごく大事なことだと思います。言いたいことがきちんとあり、それを既習の単語や文法を何とか使いながら伝えようとする。言いたいことが何とか伝わった後に、言葉を付け加えたりもする。自分でよく考え直し、それを正しく言うためにはどうしたらいいかの振り返りを行うこともとても大事なことだと考えています」と。言いたいことがあること、それを何とか伝えようとして話すこと、また、それを振り返ること、この積み重ねが、話す力につながっていくということがよくわかります。

対話の中で「評価」と「指導」を行う-実践研究から考える-

 シンポジウム第三部では、生徒のつもりになって、即興の対話を実践してみるワークショップを行いました。参加者はペアになって " Do you have any plans for next weekend? " というテーマでやり取りします。1回目は特に役割なし、2回目は「映画を一緒に観に行くことを誘いたい人」「誘われているようだがうまく断りたい人」と役割を決めて行いましたが、1回目と2回目で会場の盛り上がりは全く違いました。参加者は、1回目は適当に会話を続けたり、簡単に終わらせてしまっていたのに対して、2回目は何とか自分の目標を達成しようと考えながら、それぞれの立場で必死に英語を駆使していました。このプログラムを通して、参加者は、様々なことを考えられたようです。対話を続ける難しさ、設定された目標があることで何とか話を続けようとすること、目標があると対話が楽しくなることなど。このプログラムに登壇されたお茶の水女子大学附属高等学校の津久井貴之先生は、このような対話を授業で行う場合の評価と指導について発表されました。その中で、「準備が少ない活動だからこそ振り返りと復習が大切です。授業中に対話を行う場合、テストのような一律的な評価ではなく、生徒個別の目標達成状況を把握しながら、『断られた人はもう一度途中からやり直してみよう』、『次に話す時には何が付け加えられるか考えてみよう』などと、生徒が自分の学習を次に向けて調整していくためのコメントを与える形成的な評価が有効です。この形成的な評価は、指導としての重要な役割も果たすと思います」とコメントされました。授業中に対話を行う中で、先生が評価と指導の両方をうまく行うことは、生徒が自律的に話す力を高めることにつながるというご意見でした。

 英語で「即興で話すこと」は難しいことだと思いますが、シンポジウムでは、英語を学習する様々な場面で対話をうまく使うことが話す力を高めるために有効であること、それは、先生による簡単な語りかけから始められ、評価しながら指導できることもわかりました。また、参加者自身がたくさん対話をすることを通して、智を磨き、新たな智を生み出す経験もしていただけたと思います。

 最後にシンポジウムに参加された先生方からの声をご紹介します。 


  • ・まずは話させてみたい。
  • ・準備→発表の授業から、即興→復習の授業へ。
  • ・英語に自分の考え、思いを乗せるということ。
 

 ベネッセ教育総合研究所が実施した「中高生の英語学習に関する実態調査2014」では、約9割の中高生が「英語が話せたらかっこいい」と言っています。そういう生徒の思いと先生の思いがつながって、日本全国の英語学習の場で、英語での対話が増えていくことを祈ります。

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著者プロフィール

加藤 由美子
かとう ゆみこ

ベネッセコーポレーション大阪支社を経て、ベルリッツ・シンガポール校学校責任者として駐在。帰国後はベネッセ内の英語教育事業カリキュラムや講師養成プログラムを開発。研究部門に異動後はECF(幼児から成人まで一貫した英語教育の理論的枠組み)開発や東京学芸大学附属小金井小学校・外国語活動カリキュラム開発(2005~2006年)、幼児から高校生への英語指導実践研究などに携わる。英語教育が、どのように、こどもの成長や言葉の力の育成に資することができるのか、に興味を持っている。

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