グローバル教育研究室

ベネッセのオピニオン

第113回「一生学び続ける」を科学する⑫
日本の子ども達に完璧さより勇気を
-英語4技能の力の育成を通して-

2016年11月04日 掲載
主任研究員 加藤 由美子

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 以前、13人の女子高校生のアメリカホームステイを引率しました。彼女たちは全員全くと言ってよいほど英語が話せなかったので、アメリカでそれぞれステイ先に向かうのを見送る時、「なんと勇気のある女子達よ、がんばれ!」と心の中でつぶやいたことを憶えています。プログラム最終日のパーティーでは、生徒と家族が米日それぞれの国歌を一緒に歌いました。アメリカ国歌が流れ始めた瞬間に、13人のがんばりを振り返って思わず涙してしまった筆者の肩を強く抱いて、筆者のステイ先のホストマザーがこう言いました。“Yumiko, be brave!”と。この“Be brave!”(勇気を出して!)という言葉は、その後、自ら英語を学び続け、英語教育に関わり、人生においていくつかの選択をする中で、いつも勇気を与えてくれました。

女の子には完璧さよりも勇気を-アメリカのプログラミング教育でわかったこと

 アメリカの女の子に“Be brave!”と言っている方がいます。女性にプログラミングを教える会社Girls who codeの創業者レシュマ・サジャーニ氏です。彼女がTEDで行った“Teach girls bravery, not perfection”(女の子には完璧さよりも勇気を)というプレゼンテーションが話題になりました。アメリカの教育にそんな男女差があるのか、とはじめは疑問に思いましたが、女性は男性に比べて幼い時からリスクや失敗を避け、完璧であるように教え込まれていることや「完璧でないことへの恐れ」が強いのだとデータや事例をもとに説明していました。彼女は女性にプログラミングを教えることは、女性に「勇気を持て」と「社会的に条件付ける(=socialize)」ことと同義であることに気付いたと話しています。プログラミングとは、作ろうとしたものが命を持ち始める瞬間まで際限のない試行錯誤を必要とし、不完全さと折り合うことが求められるものだからだそうです。

女の子にも男の子にも完璧さを求める日本の英語教育

 プログラミングと英語の力は、グローバル社会で共生していくために必要な力としてよく話題になりますが、プログラミング学習の進め方には、英語学習と共通する部分があります。最初はうまく言えなくても、何とか伝えたいという気持ちを持って、勇気を出して英語で言ってみる。それを繰り返すことによって、自分の言いたいことをうまく伝えられるようになり、誰かと一緒に問題を解決することまでできるようになります。最初から完璧に話せる人はいません。では、日本の英語教育は子ども達に「勇気を出そう!」と教えられているでしょうか。

 図1は、ベネッセ教育総合研究所が行った「中高の英語指導に関する実態調査2015」の中で、中高の英語の先生に授業で大切にしていることをあらわす言葉として近いものを20項目から3つ選んでいただいた結果です。

【図1】授業で大切にしていること

【図1】授業で大切にしていること

 トップ5は中高とも、「楽しさ」「定着」「理解」「自信」「好奇心」でした。好奇心を持たせ、楽しく理解と定着を促し、結果として自信を高めたいという先生方の思いが見てとれます。

 今夏、日本の中学校で英語を教えるALTの先生にインタビューする機会を得ました。一緒に働く日本人の先生や生徒の勤勉さや真面目さをとても賞賛される一方で、次のような言葉がありました。

「テストの成績もよいのに、文が頭の中で完璧にできるまで話さない生徒が結構いる。大切なことは「ミスをしてもよい」という気持ちを持つことだと思う。子どもが挑戦することをほめたい。」

「言語は間違いながら身につけるものであることを見せるため、生徒の前で敢えて自分が日本語を間違えて使うこともある。」

「日本人の先生が、先回りして正解をすぐに教えてしまうことに戸惑うことがある。」


 これらの言葉や先の調査結果から考えられることは、日本の英語教育では、理解や定着を大切にする傾向が強い一方で、ミスを恐れず挑戦させようとはあまりしていないかもしれないということです。言語を身に付けるために理解や定着はもちろん重要なことですが、同時に不完全であってもどんどん使う必要もあります。

英語力を伸ばしている学校では、完璧さよりも英語をどんどん使うことを励ます

 ベネッセ教育総合研究所では、根岸雅史先生(東京外国語大学)の指導のもと、GTEC for STUDENTSのスコア分析から「英語力を伸ばしている学校はどんな学校か」というテーマで研究をしています。研究成果の一部はすでに学会でも発表していますが、高1から高3の2年間においてスコアを大きく伸ばしている学校もあれば、ほとんど伸ばしていない学校もあります。

 スコアを伸ばす要因を探るため、伸びが大きかった学校にインタビュー調査を行っています。詳しい分析結果は、12月4日(日)に行います上智大学・ベネッセ英語教育シンポジウムで発表しますが、スコアを伸ばしている学校の英語の授業には共通していることが明らかになりつつあります。長文読解、ディスカッションやディベートというような難度の高い活動ばかりを行うのではなく、「聞く」「話す」「読む」「書く」の4技能の小さな活動をたくさん継続して行っているということです。

 それらの活動の中で生徒はすべて理解できなくてもまずは聞く、読む、また、間違いがあってもどんどん話す、書くことをしていました。そして、あらゆる場面で英語のあらわす意味を考え、自覚しながら使っていました。生徒は、英語を「自分ごと」(自分のことばとして処理する)として使い、自分で考えたことを先生や仲間と共有し、フィードバックを受けて改善しながら、自分の英語を上達させていきます。このように何度も考え、挑戦してうまくいった経験を積むと学びへの主体性は高まると言われています。

英語力を伸ばしている先生は、risk takerを育てる

 英語力を伸ばすためには、先生が生徒に「勇気を出そう!」と言葉にして伝えることが大切であることもわかりました。ここで、青森県の田名部高校2年生の授業について紹介します。生徒は教科書本文の内容要約をペアワークのパートナーに伝える活動をしていました。

 最初、生徒の声は小さく、うまく表現することに苦労している様子でしたが、授業をされた堤 孝先生は、“Don't be afraid of making mistakes.”(間違うことを怖がらないでいいよ。)と何度も声をかけていました。同じワークを何度もパートナーを変えて行っていきます。すると授業の後半には生徒の話す英語はだんだん長くなり、声もどんどん大きくなっていくのです。最後にはその内容を英語でまとめて書くことまでできるようになりました。この小さな積み重ねが大きな英語力につながるのだと思います。

 生徒の背中から英語と格闘しているエネルギーが伝わってくるような授業でした。堤先生は授業後のインタビューの中で、「生徒にはrisk takerになってもらいたい。」とおっしゃっていました。また、この学校では高1の最初の授業で英語十箇条を配ります。その一部を紹介します。ユーモアも交えた素敵なものです。

国際的な広い視野で物事をとらえ、できることから行動できるかっこいい人間になるべし

・8年後には世界の人々と一緒に、地球のどこかで英語を使って仕事をしていることを肝に銘ずるべし

自分と違う考えを尊重しながら、自分の意見を述べられるかっこいい人間になるべし

・たとえ親の敵とペアになっても、クールにかっこよく協力して活動に取り組むべし


 この研究でお話をうかがった学校の先生方は皆、英語の授業の中だけでなく、それ以外でも生徒たちに未来や外の世界につながっていく勇気を持つこととその意義を言葉にして伝えていらっしゃいました。だからこそ生徒は、大量の英語や間違うことに対する不安を乗り越え、英語を使う活動に自分ごととして取り組むことができます。そして、小さな成功を少しずつ経験し、その自信の積み重ねの中から自らの進路も切り開いていくことができるようになるのだと思います。

日本の子ども達、そして大人達も勇気を!-これからの日本の英語教育のために

 先ほど紹介した英語十箇条の中に「かっこいい」という言葉が出てきました。中高生にとって「かっこいい」というのはマジックワードのようです。「中高生の英語学習に関する実態調査2014」(ベネッセ教育総合研究所)で、英語に関する意識を調査した結果があります(図2)。その中で、「英語のテストでいい点を取りたい」に続き、中高生の9割が「英語が話せたらかっこいい」と感じています。


【図2】英語に対する意識

【図2】英語に対する意識

 ※上記画像をクリックすると拡大します。


 また、「小学生の英語学習に関する調査」(ベネッセ教育総合研究所、2015年)の中でも、小学校5・6年生は、外国語活動において、「わからない英語があっても続けて聞こうとする」など、英語でのコミュニケーションにおいて積極的な意欲や態度を示しています(図3)。


【図3】コミュニケーションに対する意欲・関心・態度

【図3】コミュニケーションに対する意欲・関心・態度

 ※上記画像をクリックすると拡大します。


 子ども達が、「英語をかっこよく話したい」、「自分の気持ちを英語で伝えたい」という自らの意識や意欲を実行にうつせるよう応援したいと思います。

 冒頭で紹介しましたようにサジャーニ氏は、女の子に勇気を持たせるように「社会的に条件付ける(=socialize)」という言葉を使っています。社会の中で育てるということです。そのためには、まず我々大人、保護者や先生がrisk takeする勇気を持つ必要があります。子ども達の英語力を伸ばしている学校の研究でお目にかかった先生方は、自らrisk takeする次のような言葉をおっしゃいました。

「ある方向を向くというアクションを起こす必要がある。そのためにかなり議論した。」

「何をすればいいのか、同僚と試行錯誤の連続でした。」

「自分にも生徒にも限界を作りたくない。」


 失敗を恐れず挑戦するということは、言うまでもなく、目的もなくとにかくやり始めることや、リスクマネージメントもなく無謀な目標に向かうことではありません。目標や計画をしっかり管理しながら、日本人の良さである他者を配慮する心や空気を読む繊細さを持って仲間と協働する中で、出すべき時に勇気を出せるタフなrisk takerを育てたいと思います。大人が先回りして失敗させないようにしすぎないことも大切でしょう。子どもは痛い思いをすることで強くなることもありますし、自分が困った経験をすると他の人にも手を差し伸べられるようになります。

 8月26日に「次期学習指導要領に向けたこれまでの審議のまとめ(素案)」が出されました。その中で、中央教育審議会は、「自分が何か行動を起こすと、世の中がよりよく変わるんだ」ということを実感している日本の子どもの割合が国際的に比較して低いことを指摘しています。

 予測できない困難な課題や社会の変化に勇気を持って立ち向かう。一人で背負い込むのではなく、仲間に力を貸してもらい、力を貸しながら、少しでもよりよい答えを見出していこうとする。その結果、自分が変わり、世の中が変わることに喜びを感じる。子ども達にそういう経験を積み重ねてもらいたいと思います。勇気を出すことは怖いことだけでなく、その先に、嬉しく、わくわくするようなおもしろいことが待っていることをその経験を通して知ってもらいたいと思います。それを我々大人は、すべての教育を通して、そして英語教育を通して応援していきたいと思います。


 “Japanese children, be brave!”

 

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著者プロフィール

加藤 由美子
かとう ゆみこ

ベネッセ教育総合研究所 主任研究員

㈱ベネッセコーポレーション大阪支社を経て、ベルリッツ・シンガポールの学校責任者として駐在。帰国後は、ベネッセの英語教育事業開発を担当。研究部門に異動後は、ECF(幼児から成人まで一貫した英語教育の理論的枠組み)開発や東京学芸大学附属小金井小学校の外国語活動カリキュラム開発などに携わる。英語教育が、子どもの成長やことばの力の育成にどのように資するのか、に関心を持っている。

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