次世代育成研究室

ベネッセのオピニオン

第71回 5歳児の「学びに向かう力」の育ちには、何が関連しているのか?
~「幼児期から小学1年生の家庭教育調査・縦断調査(4~5歳児)」の結果から~

2015年06月09日 掲載
主任研究員 真田美恵子

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幼児教育 保育 学びに向かう力 社会情動的スキル

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 ベネッセ教育総合研究所では2015年3月に、OECDとの共同シンポジウム「子どもの未来につながる社会情動的スキルとは?それを育む環境とは?」を実施した。そこでは、グローバル化の進展などにより、文化的背景が異なる他者とも協働していく必要性が増す中、目標の達成、他者との協働、情動の制御などに関わる「社会情動的スキル」を育成する重要性が確認された。こうした社会情動的スキルが、後の人生に重要な役割を果たすとともに、知識や認知能力などの認知的スキルの土台になっていることを示したのも、このシンポジウムの成果の一つにあげられる。

 それでは、子どもの社会情動的スキルの育ちには何が関連しているのだろうか。ベネッセ教育総合研究所では、社会情動的スキルの概念と重なりをもつ「学びに向かう力」を育む保護者の関わりを明らかにすることを目的の一つにして、「幼児期から小学1年生の家庭教育調査」(※1)を実施している。「学びに向かう力」とは、好奇心・協調性・自己統制・自己主張・がんばる力などに関係する力のことを指す(※2)。

 本稿では、2014 年1月に実施した縦断調査・第2弾(4~5歳の子どもをもつ母親 1,074 名対象)の結果をもとに、子どもの「学びに向かう力」の育ちを支えるために、何が重要であるのかについて考えていきたい。

「学びに向かう力」が育つ保護者の関わりや、子どもの性別・月齢などとの関連

 本調査ではこれまで、保護者が「子どもの意欲を尊重する」「子どもの思考を促す」養育態度をとること(縦断調査・第1弾のプレスリリースp5-6)や親子で「知的なやりとり遊び」をすること(縦断調査・第2弾のプレスリリースp5)が、子どもの「学びに向かう力」と関連していることを明らかにしてきた。

 それでは、そうした保護者の養育態度や行動は、どれくらい「学びに向かう力」と関連しているのだろうか。また、子どもの性別・月齢や、保護者の学歴、就労の有無などによる差はあるのだろうか。重回帰分析した結果が、表1、2である。 (なお、本調査は母親の回答率が99.7%であったため、母親のみを分析対象としている)

使用する変数

<従属変数>

 5歳児の「学びに向かう力」を構成する24の質問項目の回答結果(「とてもあてはまる」=4、「まああてはまる」=3、「あまりあてはまらない」=2、「ぜんぜんあてはまらない」=1)を総得点化した。

<独立変数>

以下の養育態度ごとに回答結果を総得点化(「とてもあてはまる」=4、「まああてはまる」=3、「あまりあてはまらない」=2、「ぜんぜんあてはまらない」=1)し、独立変数として投入。

  ※上記は、縦断調査・第2弾において、保護者の養育態度に関する質問項目において因子分析で抽出され、「学びに向かう力」との関連性が他よりも強かった因子。

上記以外の変数は以下の通りに設定し、独立変数として投入。

上記の独立変数のうち、「学びに向かう力」とより強く関連している変数は、どのようなものだろうか。

表1 5歳児の「学びに向かう力」の規定要因(重回帰分析)

※ (***p<0.001, **p<0.01, *p<0.05)

※ 独立変数間の相関を確認するために、多重共線性の診断を行ったところ、危険性は確認されなかった。

※ 無答不明を除く。

 標準化偏回帰係数の大きさから推定すると、5歳児の「学びに向かう力」に最も強く関連しているのは「子ども尊重」の養育態度であった。これに続いて、「思考の促し」「子どもの月齢」「子育て肯定感」「女子ダミー(子どもの性別)」「大卒以上ダミー(母親の最終学歴)」「知的なやりとり遊び」の順となる。母親の学歴や子どもの月齢、性別による影響を統制しても、養育態度や「やりとり遊び」といった親子の関わりと5歳児の「学びに向かう力」に有意な関連性があることがわかった。また、母親の就労の有無(「専業主婦ダミー」)とは有意な関連が見られなかった。 

 次に、参考までに、5歳児の「文字・数・思考」の力について見ていく。

表2 5歳児の「文字・数・思考」の力の規定要因(重回帰分析)

※ (***p<0.001, **p<0.01, *p<0.05)

※ 独立変数間の相関を確認するために、多重共線性の診断を行ったところ、危険性は確認されなかった。

※ 無答不明を除く。

 表2は同様に、5歳児の「文字・数・思考」の力について分析を試みた結果である。最も強く有意な関連をしているのは「子どもの月齢」である。これに、「知的なやりとり遊び」「思考の促し」が続く。以下、有意なものとして、「子ども尊重」「女子ダミー(子どもの性別)」「大卒以上ダミー(母親の最終学歴)」「子育て肯定感」があげられる。ここでも、母親の就労の有無(「専業主婦ダミー」)とは関連が見られなかった。

 こうした結果から、次のようなことが読み取れる。

(1) 5歳児の「学びに向かう力」「文字・数・思考」の力は、母親の学歴が大卒以上であることと有意に関連しているが、就労の有無による差はない。

(2) 母親の学歴や子どもの性別、月齢による影響を統制しても、養育態度(「子ども尊重」「思考の促し」)や養育行動(「知的なやりとり遊び」)が、5歳児の「学びに向かう力」「文字・数・思考」の力の育ちと有意に関連している。

(3) 養育態度や養育行動だけでなく、「子どもを育てるのは楽しくて幸せなことだと思う」という母親の子育てに対する肯定感も、5歳児の育ちと有意に関連している。

子どもの「学びに向かう力」を引き出すために、何ができるのか?

 いろいろなことに好奇心をもち、友だちと協力したり、自分の気持ちを伝えたり、気持ちをコントロールしたりしながら、目標に向けてがんばるという「学びに向かう力」は、その後の教育や人生において、子どもを支える力となり、認知的な発達の土台にもなる。

 その「学びに向かう力」(5歳児)は、母親の学歴や子どもの性別・月齢との関連性が見られた。だが、その影響を統制しても、「子どもの意欲を尊重する」「子どもの思考を促す」養育態度や、「子どもを育てるのは楽しくて幸せなことだと思う」という子育てに対する肯定感、さらに親子で「知的なやりとり遊び」をすることが、「学びに向かう力」と関連していることがわかった。

*保護者は、子どもの気持ちや考えを尊重する。親子の日常的なやりとりを楽しむ。

 この結果からは、まず子どもの気持ちや考えを大切にすること、加えて保護者が子どもとの関わりを楽しみながら、日常的に親子でやりとりを伴うような遊びをすることの重要性が感じられる。なお、共働きの家庭では親子で過ごす時間が相対的に短くなるが、母親の就労の有無は5歳児の育ちとは関連していなかった。短い時間であっても、親子の楽しいやりとりや遊びの時間をいかに充実させるかということが重要であろう。
 本調査では、回答者の99.7%が母親であったため、母親のみを分析対象としているが、ここで示したような養育態度や「知的なやりとり遊び」の重要性は母親に限ったことではなく、父親を始め、子どもと関わるすべての人にあてはまるだろう。

*保護者が「子育てを楽しくて幸せ」だと思えるように、周囲がサポートをする。

 また、注目したいのは、養育態度や養育行動とともに「子どもを育てるのは楽しくて幸せなことだと思う」という母親の気持ちが、5歳児の育ちと関連している点である。多くの母親はこうした「子育て肯定感」をもっていることが本調査からわかっているが、子育てに対する前向きな気持ちは、例えば、子どもと接するときの表情や仕草、子どもへの反応のよさなど、日々の子育ての様々な側面に表れてくるだろう。そうした関わりが親子の信頼関係を強めて、子どもは安心感の中で育ちを遂げていくのかもしれない。
 そうであるならば、母親が「子育てを楽しくて幸せなこと」だといっそう思えるように周囲が支援することも、子どものよりよい育ちにつながるのではないだろうか。

 子どもや子育てに厳しい社会で、「子育て肯定感」は高まりにくい。「孤独な子育て」と言われる今、子どもの育ちを保護者だけでなく社会全体で担うというムードづくりや制度の整備も必要だろう。また地域においては、保護者と一緒に子どもの成長を喜びあったり、子育ての不安を和らげたりできるような環境や人間関係づくりの支援なども、母親が子育てをより“楽しく幸せに”感じることにつながるかもしれない。本調査の結果を一つの手がかりにして、親子がともに豊かに育つ社会に少しずつ進んでいくことを願う。 

*現在、本調査は2015年3月に実施した縦断調査・第3弾の分析を進めている。幼児期から児童期にかけての子どもの育ちの実態、重要な環境や保護者の関わりについて、引き続き明らかにしていきたい。 

※1
本調査の目的は、3歳児期から小学1年生までの4年間、同一の子どもについて継続して、子どもの学びの様子や保護者の意識をとらえることで、この時期に大切な子どもの育ちや保護者の関わりを明らかにすることにある。2012年1~2月に横断調査を実施(速報版報告書)、2013 年1月に縦断調査・第1弾を実施(プレスリリース)している。2014年1月には、縦断調査・第2弾として4歳児から5歳児の期間について調査をした(プレスリリース)。

 ※2
本調査では、小学校入学以降の学習や生活につながる幼児期の学びとして、3つの軸(「学びに向かう力」「文字・数・思考」「生活習慣」)を設定して調査を行った。

*「学びに向かう力」=好奇心・協調性・自己統制・自己主張・がんばる力などに関係する力
*「文字・数・思考」=基礎的な読み書き・数・分類する力・言語力など、学習に関係する力

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著者プロフィール

真田 美恵子
さなだ・みえこ


乳幼児領域を中心に、保護者や幼稚園・保育所・認定こども園の園長を対象とした意識や実態の調査研究を担当。これまで担当したものは、「幼児教育・保育についての基本調査」(2007・2008年、2012年)、文部科学省委託事業「保育者研修進め方ガイド」(2010年)、文部科学省委託事業「認定こども園における研修の実情と課題」(2009年)、園向けの情報誌「これからの幼児教育」編集(2008年)など。

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