次世代育成研究室

ベネッセのオピニオン

第84回 幼児に、“多様な人と関わる機会”を
~「第5回 幼児の生活アンケート」より、幼児の成育環境の20年間の変化~

2015年12月01日 掲載
主任研究員 真田 美恵子

関連タグ:
子育て 幼児教育 保育

クリップする

 1990年の「1.57ショック」※1から25年が経った。この間、少子化は進行し、共働き世帯は増え、子育てをする保護者の価値観は変化してきた。こうした社会の変容は子どもたち、とくに保護者からの影響をもっとも受けやすい幼児の成育環境にどのような変化をもたらしたのだろうか。ベネッセ教育総合研究所では1995年から5年ごとに「幼児の生活アンケート」を実施してきた。2015年2~3月に実施した最新の調査結果をもとに、20年間の変化を報告する。

20年間でもっとも変化したのは、幼児の成育環境であった

 調査の対象は首都圏(東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県)に住む、乳幼児(0歳6か月~6歳就学前)をもつ保護者約4,000名である。本稿では経年での比較を可能にするために、1歳6か月以上の幼児をもつ保護者(3,466名)の回答のみを分析している。

 本調査では幼児の生活や保護者の子育てに関わる意識をたずねているが、20年間でもっとも変化したのが幼児の成育環境であった。生活の場所が「家庭」と「園」中心になり、園以外で幼児が友だちと遊ぶ機会が減少してきたのである。このような変化はなぜ起きたのか。子どもの育ちにとってどういう意味をもつのか。私たち大人に何ができるのかを考えていきたい。

幼稚園・保育園以外で友だちと遊ぶ幼児が“半減”した

 図1は「平日、(幼稚園・保育園以外で)遊ぶときは誰と一緒の場合が多いか」をたずねた結果である(複数回答)。「友だち」は95年調査では56.1%であったが、15年調査では27.3%と半減した。とくにこの5年間での減少幅が大きい。逆にもっとも増加したのは「母親」である(95年55.1%→15年86.0%)。「父親」(9.4%→17.8%)、「祖母」(9.1%→16.8%)、「祖父」(3.7%→8.3%)も増加しており、家族や親族と遊ぶ幼児は増えている。

 

 

※低年齢は調査年3月において1歳6か月~3歳11か月の幼児。高年齢は4歳~6歳11か月の幼児。

 園以外で友だちと日常的に遊ぶ幼児はなぜ減少したのか。習い事についての調査結果では増加傾向は見られなかったため、これが要因ではなさそうだ。

 背景の一つ目は、保育園児の増加(95年10.5%→15年29.4%)である。保育園児は幼稚園児に比べて降園時刻が遅く、平日の降園後に友だちと遊ぶ比率がもともと低い(図2)。加えて20年間で平均の帰宅時刻が約30分遅くなり(95年17:09→15年17:41)、園以外で友だちと遊ぶ比率はさらに減少した。最新の15年調査では1割に満たない。

 二つ目は、地域によっては少子化により家の近くで遊べる友だちが減少していることである。公園に出かけても同年代の子どもが少なければ、友だちを作ることもままならない。また、園以外で友だちと遊ぶ幼児の比率を就園状況別に見ると、幼稚園児での減少幅が大きかった(図2)。最近は遠距離からでも園児が通いやすいように、広範囲に園バスを走らせる幼稚園が少なくない。幼児が遠距離から通園する状況では、自宅の近くに園の友だちがいない場合もある。

 三つ目は、保護者の意識の変化である。子育てや園への要望において、子どもの友だち付き合いを重視する傾向がやや減少している。図3は子育てで力を入れていることをたずねた結果である。「友だちと一緒に遊ぶこと」に「とても」力を入れていると回答した母親は、5年間で25.4%から19.6%へ減少した。この減少は、子どもが友だちと遊ぶ機会が少なくなる中で、保護者の意識も弱まっているという見方もできる。ただし、減少したとはいえ、「とても力を入れている」と「まあ力を入れている」を合わせると70.6%であり、母親が子どもの友だち付き合いを重視していることに変わりはない。


※上記画像をクリックすると拡大します。


 また、「幼稚園・保育園への要望」をたずねた結果が図4である。園に対して社会性を学ぶことへの期待は7割台と総じて高い。とくに長い時間を園で過ごす保育園児の母親のほうが幼稚園児の母親よりも5ポイントほど高い。しかし「集団生活のルールを教えてほしい」については幼稚園児・保育園児の母親ともに、「子どもに友だち付き合いが上手になるような働きかけをしてほしい」については幼稚園児の母親で5年間に約7ポイント減少した。友だち付き合いに関する意識は過去と比べるとやや減少している傾向がみられる。


※上記画像をクリックすると拡大します。

幼児の成育環境の多様性が失われつつある

 それでは、園以外で友だちと遊ぶ機会が減ったという成育環境の変化は、幼児の育ちにとってどのような意味をもつのだろうか。幼児の豊かな成長にとって、多様な人と関わることは非常に重要である。例えば友だちの家で遊ぶ際には、友だちの家族と話したり、友だちの家で過ごす際のマナーを考えたりもする。外で遊ぶときに地域の人と会話を交わしたり、地域の友だちと園ではしない遊びを体験したりする。そうした経験を通して、幼児は友だちや家庭、大人の多様性を知り、周囲の人や環境との関わり方を自然に身につけているのではないだろうか。

 また、地域における幼児の友だち付き合いは、保護者にとっても子育ての重要な機会となる。自分の子どもがどのように友だちと関わるかを見ることでその成長を確認し、ほかの保護者の子どもへの声のかけ方を参考にすることもできる。保護者が自分の子どもだけではなく、地域に住む子どもたちを見守ることにもつながる。子どもを通して親同士の付き合いが始まり、地域とのつながりができることもある。そうしたネットワークに、例えば災害時など助け合いがとくに必要となる場面で救われることもある。

 今の幼児が大人になる頃、社会はさらに変容しているだろう。少子高齢化、グローバル化が進み、多様な文化をもつ他者と協働して新たな価値を創造する力がますます問われることになる。こうした力は、次期の学習指導要領の中でもこれから必要になる力として示されている。またベネッセ教育総合研究所とOECDの共同研究レポートの中でも、重要な「社会情動的スキル」として示されている(参考を参照)。このスキルは、幼児期からの豊かな人間関係を通して培われるのではないだろうか。基本的な人への信頼感や人との関わり方は、実際に多様な人と関わる中で、喜びや楽しさ、悩みや葛藤を味わいながら学んでいくものだろう。


参考:

 今の子育て世代あるいはその一つ前の世代が幼少期を過ごした頃、子どもたちは今よりも近隣の人や場と自然に関わる機会があり、それが子どもの成育環境を豊かにしていた。家庭の経済状況が厳しかったり、保護者が子どもに十分に手や目をかけられなくても、地域が子どもの育ちを支える機能を担っていた。しかし現代は、幼児の育ちの重責を家庭と園とで担わざるを得ない状況があり、子どもの成育環境が多様性を失いつつあるといえないだろうか。

幼児が多様な人と関わる機会をもつために、何ができるか?

 それでは私たち大人は何をすべきだろうか。保護者のみに対して、子どもの成育環境を見直すように強く求めることは適切ではないだろう。保護者、とくに母親の育児へのプレッシャーはすでに十分に高い。仕事をもつ幼児の母親は増えたが(05年26.3%→15年40.9%)、子どもと遊ぶ母親もまた増えた(95年55.1%→15年86.0%)。加えて、保護者に要請することは、家庭がもつ資源の多寡により幼児の育ちの経験にさらなる差をもたらす可能性がある。保護者に提案するならば、子どもが多様な人や場と関わる機会を意識して、いかしてほしいということである。

 重要な役割を果たすのが、園と地域の自治体である。役割が増す園では、子どもが豊かな環境で多様な人と関わりながら遊び、学べるように、地域の人材や保護者の人脈をいかして、保育の質を高めていくことが極めて重要になる。例えば、すでに一部の園で行われているように、幼児の遊びや活動の中で、保護者に参画を求めたり、地域の人材に協力を求める(商店街や高齢者、学校等)ことも一策であろう。

 未就園児に対してはとくに地域の自治体の役割が大きくなる。園や家庭と連携して、地域の人材を活用する仕組みを整えたり、新たな取り組みの可能性を探ることが重要である。例えば、地域のさまざまな機関や施設(学校、福祉施設等)と連携して、幼児の親子が多様な人と交流できる機会を提供するための調整役となることも大切である。

 いずれにしても、地域に住む人々の協力は欠かせない。地域全体で子どもの育ちを支えるという意識をもち、一人ひとりが少しずつ子どもに心を寄せ、力を貸すことで幼児の成育環境はよりよくなっていくだろう。

 20年間で、幼児の成育環境は大きく変化した。よさもあれば、課題もある。私たち大人は社会の変容に応じて、子どもの育ちをいかに支えていくかを常に検証し、改善し続けねばならない。そのためには幼児の成育環境の実態を捉える必要がある。そのエビデンスが本調査の結果にはある。ぜひ、それぞれの皆様にそれぞれの立場で、幼児の育ちのためにこの結果をいかしていただくことを期待したい。ベネッセ教育総合研究所でも本調査の結果を踏まえ、よりよい子育て環境の実現に資する研究と社会への発信を引き続き行っていきたい。


※1: 1990年に、その前年(1989年)の合計特殊出生率が1.57になり、過去最低となったことが発表された。「ひのえうま」という特別な要因により、それまで最低記録であった1966年の合計特殊出生率1.58を下回った。

オピニオン一覧へ戻る

著者プロフィール

真田 美恵子
さなだ  みえこ

乳幼児領域を中心に、保護者や幼稚園・保育所・認定こども園の園長を対象とした意識や実態の調査研究を担当。
これまで担当したものは、「幼児教育・保育についての基本調査」(2007・2008年、2012年)、文部科学省委託事業「保育者研修進め方ガイド」(2010年)、文部科学省委託事業「認定こども園における研修の実情と課題」(2009年)、園向けの情報誌「これからの幼児教育」編集(2008年)など。

ページのTOPに戻る