乳幼児・子育て研究

調査・研究データ

幼児期に育む社会情動的スキルは、
生涯にわたって生きる力に
〜ベネッセ教育総合研究所によるOECDの研究の翻訳書
『社会情動的スキル―学びに向かう力』(明石書店)のご紹介〜

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はじめに

 ベネッセ教育総合研究所は、2011年から5年間、経済協力開発機構(以下、OECD)とともに社会情動的スキル(非認知的スキル)に関する共同研究を行いました。OECDの世界レポートを日本語に訳した『社会情動的スキル―学びに向かう力』(明石書店、2018年)は、発刊以来幅広い教育関係者から注目を集めています。

  社会情動的スキルの重要性は、研究者や教育関係者の間には広く浸透していますが、子どもの教育に大きくかかわる保護者にはまだ知られていません。そこで、翻訳をリードしたベネッセ教育総合研究所の高岡純子主席研究員が、改めて社会情動的スキルについて紹介するとともに、幼児期に、生涯にわたって生きる「学びに向かう力」を身につけることの大切さを解説します。

 ベネッセ教育総合研究所 主席研究員 高岡 純子

就学前からの社会情動的スキルの育成が、
社会的な成功だけでなく、個人の幸福度にも影響する

 近年、国内外で注目されている社会情動的スキル(非認知的スキル)とは、学力テストなどで計測できる認知的スキル以外の、数値化することが難しい心の動きのことです。
OECDは、2015年にこのスキルが、
 目標の達成(がんばる力、自己抑制、目標への情熱)
 感情のコントロール(自尊心、楽観性、自信)
 他者との協働(社交性、敬意、思いやり)
の3つの要素で構成されると定義しています(*)。

(*)2021年に新たな枠組みを発表しています。

目標の達成(責任感、自己抑制)
感情のコントロール(楽観性、ストレス耐性)
協働性(共感性、協調性)
開放性(好奇心、創造性)
他者とのかかわり(社会性、積極性)
複合的な能力(批判的思考、自己効力感)

 社会情動的スキル(非認知的スキル)の重要性を提唱したのは、経済学者で、ノーベル経済学賞を受賞したシカゴ大学のジェームズ・ヘックマン教授です。彼は、子どもに充実した就学前教育を行うことが、教育投資の費用対効果が高いという論文を発表しました。

 論文の根拠となったのが、ペリー就学前プログラムの実験結果です。同プログラムでは、経済的に恵まれない3~4歳のアフリカ系アメリカ人の子どもを対象に、質の高い就学前プログラムを受けるグループ(週5日、午前中は幼稚園に通い、週2日、先生が家庭を訪問し、園と家庭での子どもたちの様子、子どもたちの発達の促進について話し合った)とそうでないグループに分け、その後40年間にわたって追跡調査を行いました。その結果、質の高い就学前教育を受けた子どもは、そうでなかった子どもと比べて、学校の成績や高校卒業率、持ち家率、平均月収が高く、生活保護受給率や逮捕者率が低いことが分かりました。

それらの違いは、教育によるIQの差に起因すると考える方がいるかもしれません。しかし、就学前教育を受けた子どものグループのIQは一時的に上昇しましたが、8歳頃には、そうした教育を受けていない子どものグループのIQと大差はなくなっていました。ヘックマン教授は、社会経済的な成功を収め、成人になったときの幸福度の高さにつなげるには、幼児期において社会情動的スキルを育成することが重要で、特に諦めない力や自制心を育むことが大切だと結論づけました。

調査概要幼少期の「遊び込む経験」が、
社会情動的スキルを育む

 OECDは、ヘックマン教授の研究をベースとして、社会情動的スキルの概念を整理したレポートを2015年に発表しました。ベネッセ教育総合研究所は、その日本における研究の共同研究者としてレポート作成に関わりました。

 同レポートでは、社会情動的スキルの特徴として、社会情動的スキルが生涯を通じて伸ばすことができる力であることが挙げられています。ただ、「スキルはスキルを生む」と言われ、人生の早い時期に身につけることで、その後に得られるスキルが大きくなっていくと言われています(図1)。

図1 社会情動的スキルの特徴(OECD,2015)

 ベネッセ教育総合研究所では、2012年から、子どもの社会情動的スキルや認知的スキルの発達プロセスを明らかにするため、いくつかの調査に取り組んでいます。今回は、その中から2つの調査を紹介します。

 1つ目は、日本の幼児を対象とした縦断調査(図2、幼児期から小学生の家庭教育調査・縦断調査、2012〜)です。小学校以降の学習や生活環境に適応するために求められる幼児の育ちとして、「生活習慣」「社会情動的スキル」「認知的スキル(文字・数・思考)」の3つの軸を設定し、それらの発達を年少期から現在まで追跡しています。調査協力者のお子さんたちは、中学生になっています。

この調査の結果、この3つの力には順序性があることが明らかになりました。年少児の生活習慣が年中児の社会情動的スキル(協調性)につながり、それが年長児の文字・数・思考(言葉の力)を育て、その文字・数・思考と社会情動的スキルが、小学校以降の主体的な学習態度を育てていく関係性が見えてきました。幼児期にふさわしい体験を通して社会情動的スキルや認知的スキルを身につけることが、小学校以降の学びに求められる態度を育てていくことが分かりました。

図2 幼児期の発達プロセス

 2つ目は、幼稚園や保育園、認定こども園などにおける体験と社会情動的スキルに関する調査(園での経験と幼児の成長に関する調査、2016)です。年長児の保護者を対象にしている調査ですが、園生活での遊び込む経験が、社会情動的スキルにつながることが明らかになりました。「遊び込む経験」とは、自分なりに工夫を加える、先生に頼らずに制作する、挑戦的な活動に取り組むなどです。幼児期に園や家庭の中で、子どもが好奇心を持ち、自分なりの工夫や挑戦的な活動に取り組むことが、社会情動的スキルの育みにつながっていきます。

子どもの意欲を尊重し、思考を促すことが
社会情動的スキルの発達につながる

 世界的に注目を集める社会情動的スキルですが、東京大学発達保育実践政策学センターが、幼稚園や保育園、認定こども園と、保護者を対象に行った調査(図3、乳幼児期の非認知能力についての意識および取り組みに関する調査、2020)では、非認知能力について「知っている」と回答した割合が、園関係者では9割だったのに対して、保護者は2割にとどまっていました。

 子育てでは、非認知能力という言葉はあまり浸透していないようですが、ベネッセ教育総合研究所の行った別の調査では、子育てで力を入れていることとして、「他者への思いやりを持つこと」「社会のマナーやルールを身につけること」「自分の気持ちや考えを人に伝えること」などが9割前後を占めていました。子育ての中で大事にしていることを、それぞれのご家庭で改めて捉え直してみることで、生涯を通じた社会情動的スキルの発達につなげていくことができるのではないでしょうか(第5回幼児の生活アンケート、2015)。

 また、子どもの意欲を尊重し、思考を促すといった保護者の養育態度が、幼児期から児童期における子どもの社会情動的スキルや認知的スキルの育ちを支えていることが私たちの調査でも明らかになっています(幼児期から小学生の家庭教育調査・縦断調査、2012〜)。

 子どもの思考を促す働きかけとは、例えば、子どもの発言に耳を傾けて受け止め、「それはどういう意味?」「もうちょっと聞かせて」と問いかけたり、子どもが自分で考えたことを、自信を持って話せるように、子どもと同じ目線で、一緒に共感したりしながら、子どもが自分で考えられるようにしていくことです。そうした家庭での働きかけと、園での働きかけの双方が相まって子どもの育ちを支えていくことができるのではないでしょうか。

 私たちも、社会情動的スキルの発達が子どもの生涯にわたる発達にどのように寄与しているのか、そのメカニズムをさらに明らかにしていきたいと考えています。

高岡 純子

ベネッセ教育総合研究所教育基礎研究室/主席研究員。2019年より現職。乳幼児領域を中心に子ども、保護者、教師を対象とした意識や実態の調査研究、「学びに向かう力」の発達研究、乳幼児とメディアの研究などを担当。これまで担当した主な調査は、「幼児の生活アンケート」、「乳幼児の父親についての調査」、「妊娠出産子育て基本調査」「幼児期から小学生の家庭教育調査」など。文部科学省 「幼児教育に関する調査研究拠点の整備に向けた検討会議」委員(2015年度)、三重県教育改革推進会議委員(2019~2021)、恵泉女学園大学非常勤講師(2015)など。

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