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「日本版ネウボラ」導入への課題とは
 ~第6回 少子化社会と子育てより 研究員の目~

2016年03月11日 掲載
ベネッセ教育総合研究所 次世代育成研究室 研究員 持田聖子

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 「第6回 少子化社会と子育て」では、核家族化、晩産化の進む日本での出産前後の母親へのサポートの現状と課題と対策について取り上げました。

  福島富士子先生は、日本の母子保健の課題として、医療と福祉の連携ができていないこと、母親の育児をサポートするという「生活モデル」のサポートが地域で不足していることを挙げられました。そして、今後の日本に必要な母子支援体制として、フィンランドの「ネウボラ」を手本に、地域での妊娠・出産・子育ての切れ目のない相談拠点の整備を挙げられました。

  なぜ、妊娠期から、出産、産後までの一貫した母子支援が必要なのでしょうか。ベネッセ教育総合研究所の「産前産後の生活とサポートについての調査」結果から、妊娠期から出産後のサポートの準備をしておくことが、出産後に実際に受けたサポートへの母親の満足度を向上させるということが明らかになりました。しかし、妊娠中に、出産後のサポートの準備をしていない人は、サポートの種類によっても異なりますが、3~5割います(図1)。出産後の生活についての情報収集のために、自治体の媒体や窓口へアクセスをする比率も、1割前後と極めて少ない状況です(図2)。

 本稿では、日本が手本にしようとしている、フィンランドの「ネウボラ」という制度についてまとめ、日本に「ネウボラ」を導入する際、どんな課題があるのかを考察します。

図1.出産後のサポートの準備状況


(出典)ベネッセ教育総合研究所「産前産後の生活とサポートについての調査」(2015)より

図2.出産後の生活の情報源


*複数回答。
(出典)ベネッセ教育総合研究所「産前産後の生活とサポートについての調査」(2015)より


■ネウボラ(neuvola)とは:

  妊娠期~就学前の子どもを持つ家族を対象にした、地域の健診・相談支援の拠点。"neuvola"とは、「相談(neuvo)の場」という意味で、高橋(2015)は、「出産・子育て家族サポートセンター」と訳しています。

■対象:

  妊娠期~就学前の子どもを持つ女性と家族。妊娠期の家族を対象とする「出産ネウボラ」と、誕生後、就学前までの子どもを持つ家族を対象とする「子どもネウボラ」があります。フィンランドでは現在、それぞれ、妊婦の99.8%、出生児の99.5%が利用しています。

■活動:

出産ネウボラ:
  妊娠中の定期健診、検査、親向けの教室(親学級)を、同一の担当者(保健師・助産師)が行います。妊娠中は8回以上の健診があり(医師による検査も含む)、出産後は担当者による家庭訪問と保健師・医師による検診があります。妊婦だけでなく、パートナーの来所も奨励され、「総合健診」には家族全員が参加します。状況に応じ、「出産ネウボラ」を通じて、他の専門職の支援も受けることができます。「出産ネウボラ」という、利用者にとっては、ワンストップの拠点で、同じ担当者と信頼関係を築きながら、必要な支援を受けられる仕組みになっています。
 全ての妊婦に「出産ネウボラ」に足を運んでもらえるきっかけづくりとして、「母親手当」の支給があります。「現金」または「現物(育児パッケージ:育児用品の詰め合わせ)」のいずれかを選べます。所得制限はなく、赤ちゃんが双子の場合は3人分、三つ子の場合は6人分、受け取ることができます。妊婦が、「出産ネウボラ」で妊娠証明書を受け、4ヶ月目までに妊婦健診を受けていることが支給の条件です。



育児パッケージ(フィンランド大使館主催「ネウボラ」発表会にて筆者撮影)

 子どもネウボラ:
  生後6ヶ月間は、毎月健診があります。子どもの誕生と成長で、家族の関係も変化するため、4ヶ月児時点に家族全員を対象とする「総合健診」が行われます。

 
■ネウボラの利点と、日本での導入における課題は:

 フィンランド版「ネウボラ」は、家族にとっては、妊娠がわかった時から、子どもが誕生し、小学校に入るまで、家族の健康にかかわる全てのことを相談できるワンストップの拠点であるという利点があります。同じ担当者との対話・面談を継続して行うことで、家族と担当者の間に信頼関係が築かれます。「ネウボラ」を通して、医療・福祉など必要なサポートを受けることができます。ほぼすべての家庭が「ネウボラ」を利用することで、高橋(2015)は「困る前につながる」状況が生まれ、リスクの早期発見、早期支援が可能になるといいます。

  日本での妊娠・出産・産後の母子保健の体制はどうなっているでしょうか。現在、日本では、出産の99%は医療施設で行われています。妊娠中から産後1ヶ月までの健診は、出産する医療施設で受けます。産前の「母親学級」「両親学級」等の親向けの学級は、医療施設が行う場合もあり、行政主催の学級には行かない人もいます。産後1ヶ月健診をもって、出産した医療施設を卒業し、以降の乳児健診は、地域の保健所やかかりつけの小児科で受けることになります。行政の保健師による新生児訪問は、希望者のみが対象です。生後4ヶ月目までに行う「こんにちは赤ちゃん訪問」も、訪問員は専門職ではなく、訪問達成率も全戸には及びません。さらに、日本の出産の特徴として、「里帰り」があります。ベネッセ教育総合研究所の調査でも、初産婦の6割、経産婦の4割は、妊婦の実家に里帰りして出産しています。

 つまり、日本においては、妊娠・出産期と出産後1ヶ月以降で母子支援をおもに担う機関が分断されており、出産施設での健診は、母子のみが対象で、医療的な視点が中心となり、パートナーを含めた家族全体をみていません。行政にとっては、産前の学級は、妊婦との接点となる機会ですが、対象はおもに初産婦を対象としており(注.自治体による)、その場合は、経産婦との接点にはなっていません。

  そのような体制の中で、現在、計画されている「日本版ネウボラ」が各自治体に配置されたとして、有効に機能するにはどうしたらよいのでしょうか(「日本版ネウボラ」については、「第6回 少子化社会と子育て」の福島富士子先生の講演録をご覧ください)。
  
  フィンランドでは、健診を「ネウボラ」で行うため、妊婦は「ネウボラ」だけに通えばよいのですが、日本の場合は、「日本版ネウボラ」と、健診を受けるための医療施設の両方に通わねばなりません。「日本版ネウボラ」が、妊婦健診を担わないならば、妊婦と担当専門職との信頼感を積み上げ、かつ妊婦が通いやすい面談回数を工夫すること、妊婦の通う医療施設と連携し、妊婦についての情報を把握しあえるようにすることが必要でしょう。また、「日本版ネウボラ」は、医療施設だけでなく、地域の民間・NPOも含めた母子のサポートサービスとも連携を取り、家族にとって必要な支援が受けられるようにしていく必要があります。
 また、妊婦に向けて、「日本版ネウボラ」の存在を啓蒙し、フィンランドのように利用率を高める工夫も必要です。

 厚生労働省の発表では、現在、日本で虐待されて死亡した子どもの4割が0歳児で、加害者の4割が母親となっています1)。フィンランドの「ネウボラ」のように、「日本版ネウボラ」の導入と高い利用率が実現できたら、虐待などのリスクの早期発見・早期対応にもつながり、子どものより健やかな養育環境をつくることができるでしょう。

 現在、約150の自治体で、地域の実情に合わせた「日本版ネウボラ」のモデル事業が始まっています。工夫と知見が積み上がり、2020年に向けて、母親と子ども、家族にとってよい体制が築かれることを見つめ続けていきたいと思います。

 

(参考)
高橋睦子(2015)『ネウボラ フィンランドの出産・子育て支援』かもがわ出版
フィンランド大使館主催 ネウボラについてのプレス発表会(2015年12月3日・高橋睦子先生ご登壇・筆者傍聴。)

1.厚生労働省「子ども虐待による死亡事故例等の検証結果等について(第11次報告)(2015年10月8日発表)


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