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【学会発表報告】グローバル社会における教育観を探る

2014年09月11日 掲載
ベネッセ教育総合研究所 高等教育研究室 特任研究員 満都拉(マンドラ)

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 筆者は、さる2014年9月6日宮崎大学にて開催された日本グローバル教育学会全国研究大会にて研究発表した。以下は、その内容をまとめたものである。

 

問題意識

グローバル社会はその進展とともに日に日に複雑化している。例えば、第一に、様々な異なるレベルの国々がグローバル化に巻き込まれ、相互の関わり方が今まで以上に課題になっている。第二に、環境問題や資源エネルギー問題に見られるように、地球規模的課題と多様な国の社会的課題が複雑に絡み合い、相互の影響の中で一層深刻化している。これはグローバル化の急速な拡大によるものであり、その解決には世界各国の共同参加が不可欠である。第三に、ICTの革新と大規模な普及により、今や個人単位のグローバル参加が可能となった。個人のグローバル化には多種多様なリスクや課題が存在するに違いない。

グローバル社会の複雑化は、社会の立場から見ると、持続可能かつ調和のとれた社会環境や安全で安定した生活環境をどう維持していくのかという課題を惹起する。個々人の立場から見ると、変化の激しいかつ流動的な時代をどう主体的に生きぬくかという課題に結びつく。こうした課題を前にした時、我々はこれからを生きる子どもたちをどう育てるのか、そこにはいかなる教育観が求められているのだろうか。

 

教育観を探る2つのアプローチ

言うまでもなく、教育は、人々が社会で生きて行くうえで必要となるスキル・能力の育成を担うと同時に、教育基本法に定めるように、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を担っている。このような認識から、以下スキル・能力と教育のあり方といった二つの面から教育観のあり方を探ってみる。

まず、社会潮流から導出されたスキル・能力の観点からのアプローチである。

今日、様々な観点や立場から多種多様なスキル・能力の開発、習得、育成が叫ばれている。例えば、OECDのDeSeCoプロジェクト(1997年~2003年)では国際社会に必要なコンピテンシーを定義したうえで、その総合モデルとなるキー・コンピテンシーを提案している。キー・コンピテンシーは、①社会的に異質な集団で共に活動する力、②自律的に活動できる力、③道具を相互作用的に活用する力を明確に示し、人生の成功と良好な社会に貢献することを目指している。また、メルボルン大学など世界の5大学が連携して行っているATC21Sプロジェクト(2009年~)では21世紀型スキルを提案している。21世紀型スキルは「創造性・イノベーションの重視」「情報系リテラシーの重視」「協調的な対話能力の重視」を三つの大きな特徴とし、協調的問題解決とデジタルネットワークを使った学習の実現に取り組んでいる。一方、日本国内でも同様な動きが起こっている。例えば、職場や地域社会で多様な人々と仕事をしていくために必要な基礎的な力として提唱された「社会人基礎力」(経済産業省,2006年)、「確かな学力」「豊かな心」「健やかな体」をバランスよく育てる「生きる力」(文部科学省,2008年)、「基礎力」「思考力」「実践力」を内的関連づけした「21世紀型能力」(国立教育政策研究所,2012年)などである。

総じて、国内外のスキル・能力のいずれも激しい社会変動を意識し、それを生き抜くため提案されたものである。しかし、スキル・能力それ自体は中立的なものである。教育としては人々を育てていくに際して、これらのスキル・能力をいかなる価値観や価値判断のもとで用いるのか、良好な社会を築き、人が幸福に生きるため、どのような方向性や結果を意識しながら活用するのか、を考えなければならない。

もう一つは、教育のあり方からのアプローチである。戦後の日本の教育は、知識の量的ストックを重視しながらも、教育内容の現代化、「確かな学力」「豊かな心」「健やかな体」をバランスよく育てる「生きる力」の実現に取り組み、国家の振興や経済の発展、技術開発及び人材育成に大きく貢献してきた。その中で、「人格の完成」「人間性の育成」といった教育の本質的なものはいかに時代が変わろうとも普遍的で、変わらないものであるということも担保されてきた。

しかし、調和の取れた平和なグローバル社会の形成を念頭に置くとき、これまでの、どちらかといえば自国の発展に重点を置いた教育で果たして十分か、検討の余地があろう。これからの教育は、国民としての誇りやアイデンティティを持ちながら、多様な国の未知の人々と共に世界を築く子どもたちを育てなければならない。当然、これは日本や特定の一国に限る問題ではなく、世界中のどの国もが今後向き合わなければならない課題である。

 

グローバル社会における教育観とその実現に向けて

以上を踏まえ、グローバル社会に必要な教育観として、スキル・能力あるいは学力の習得や育成のみならず、それを活用するに際して「異質的な集団の中で他者とともに生き、自他の関係性の中で共通の課題に取り組んでいく」という「価値意識」の形成を教育の土台とすることを提案したい。当然ながら、これまで、文部科学省は国際理解教育の推進に努力し、学習指導要領においても明示してきた。今後、こうした教育の理念を一人ひとりの学校の先生と親をはじめ、地域コミュニティ、社会の全体に定着した一つの教育観として、一層取り上げることが重要である。

この課題を実現するために、あわせて以下の三点が重要と考える。

一つ目は、個人の行動様式が「利己的」とともに「利他的」であること。これは個人の意識・行動への価値判断・価値基準の提供であると同時に、その方向づけと結果の担保でもある。さらに他者との関わり方、自他の関係性の構築の基準にもなる。グローバル社会においてこうした個人の意識・行動のモデルは企業団体や地域コミュニティ、国家のあり方、相互の接し方にまで展開することが期待できる。

二つ目は、人間一般のあり方として、その本質的なところに立ち返ること。ルソーは何々人であるという以前に、人間は、国家や社会的な集団や地位や属性を超えた存在であると述べた。これは、何々人である以前に人間は人間でなければならないということを意味している。つまり人間観そのものでもある。人間一般のあり方はグローバル社会に限る話しではないが、調和のとれた共通の社会を形成し維持していくには欠かせてはいけないものである。

三つ目としては、一般教養の一層の重視である。個人の行動様式も人間一般のあり方も、引いて上述のようなグローバル社会における教育観としての「価値意識」の形成も、一般教養をなくしてその実現が不可能である。それはこうした「価値意識」の形成に必要な学びは、一般教養によってのみ実現可能だからである。

図1 グローバル社会における教育観のまとめ図(筆者作成)

 

主な参考・引用文献

1.『キー・コンピテンシー国際標準の学力をめざして』2006 ドミニク・S・ライチェン ローラ・H・サルガニク【編著】 立田慶裕【監訳】 今西幸蔵・岩崎久美子・猿田祐嗣・名取一好 野村和・平沢安政【訳】 明石書店 

2.『21世紀型スキル 学びと評価の新たなかたち』2014 P.グリフィンB.マクゴ― E.ケア【編】 三宅なほみ【監訳】 益川弘如・望月俊男【編訳】 北大路書房 

3.『グローバル教育の理論と実践』2007 日本グローバル教育学会創立10周年記念

4.「社会の変化に対応する資質や能力を育成する教育課程編成の基本原理」2013年3月 

教育課程の編成に関する基礎的研究 報告書5 国立教育政策研究所 

5.文部科学省ホームページhttp://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/08042205/002.htm 

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