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中国の教養教育の現状と課題―大学における教養教育のカリキュラム構成を概観して―(後編)

2015年08月05日 掲載
特任研究員 満都拉(マンドラ)

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 前編では中国の教養教育の意味の変容過程と、現在大学において行われている教養教育のカリキュラム構成のうち、比較的先端的と見られている北京大学の元培学院と復旦大学の復旦学院の状況を紹介した。

 後編では、前編に続き武漢大学、中山大学、大連理工大学の教養教育のカリキュラム構成とその特徴的な側面を紹介し、そして中国の教養教育の問題点・課題と評価ポイントを示し、それが日本の教養教育の展開にいかなる示唆を与えるかを検討したい。

武漢大学

 武漢大学は2003年から教養教育の実施に取り組み、学生が自由に履修できる選択科目が当初の50科目から現在234科目に上り、幅広い領域にわたっている。具体的には「人文科学」「社会科学」「数学及び自然科学」「中華文明」「外国文明」の5つの領域から成り、学生は各領域から2単位以上、合計12単位以上取得することが規定されている。

 武漢大学における教養教育の特徴は、学生の興味関心に合わせて履修科目を更新することであり、知識の新陳代謝など現代化・グローバル化の動きを視野に入れ履修科目の斬新さを保つことに力を入れている点である(隋晓荻,2014)。


中山大学

 ともに「人文高等研究院」「博雅学院」「教養教育部」の3部門を設置し三位一体の体制を取っている。学生は「中国文明」「グローバル視野」「科学技術・経済・社会」「人類の基礎と古典」の各分野から4単位、合計16単位を取得することが規定されている。

 中山大学における教養教育の特徴は、学部生の授業・講義に博士課程の院生をチューターとして配置する取り組みである。例えば300人の大講義では10名程度のチューターを配置し、学生は15人から20人の少人数グループを作り、1人のチューターは2グループの討論・議論に参加し進行させるという体制である。この取り組みは教養教育が実施された2009年から取り入れられ、博士課程の院生全員に対して行われている。


大連理工大学

 大連理工大学は2012年より教養教育を実施している。大連理工大学における教養教育の特徴は教養教育をエリート教育、エリート養成のための教育という理念のもとで展開していることである。なお教養教育は30科目の核心的カリキュラム構成で実施され、上記の各大学と比べて科目数が極端に少ないことにも注目できる。

 上述以外にも、人文科学、社会科学、自然科学という日本の戦後の一般教育と同様のカリキュラム構成で教養教育を実施するような大学もある(例えば華南理工大学、北京師範大学など)。

 まとめると、中国の大学において教養教育は重視される傾向にあり、各大学における教養教育の実施プログラムやカリキュラム構成も多岐にわたる。一方、教養教育を実施するうえで抱えている問題点も多々でてきている。

 

中国の大学における教養教育の問題点・課題と評価ポイント―日本の教養教育への示唆

 まず、大学における教養教育の問題点・課題として以下の2点を挙げたい。

 一つは、中国の大学における教養教育はエリート教育、エリート養成のための教育と捉えられていることである。なぜなら、1995年以降登場した文化素質教育はまさしくエリート教育に近い概念だからである。それは大学生の「全面的な成長(元の言葉は「全面発展」である)」を目的とし、高度な人材育成を目指したものであるがこうした「全面的な成長」は専門偏重教育のデメリットを克服したものの、一人ひとりの価値観の形成、人間性の育成を担うという教養教育の本質からも遠ざかってしまっている。その結果、一部の大学において、教養教育がエリート養成の方針のもとで展開されるようになったのである。

 また、教養教育はエリート教育、エリート養成のための教育として捉えられる背景には、李曼麗(2006)が指摘する「中国における教養教育は政府や一部のエリートの主導のもとで行われている」という事情がある。李曼麗(2006)は、ここ十数年の中国の大学における教養教育について「エリートたちは自分たちが思うような教養教育を語っている(精英说着精英们理解中的通识教育)」と指摘し、それは「専門偏重教育という旧ソ連のモデルから脱出したものの、結局、人材育成という目的に収斂されつつある」と述べている。したがって教養教育の本質を明確にし、それを大学のカリキュラム構成に反映させることは中国の大学における教養教育の一課題である。

 もう一つは、大学における教養教育は常に専門教育との関係性の中で論じられていることである。つまり、教養教育の重要性を主張するときに「専門教育だけでは不十分」という出発点が多いということである。例えば通識教育を実施する目的に「専門教育の補助」という意味合いが含まれている場合がほとんどである。陳向明(2006)はこうした傾向に対して「教養教育と専門教育は分離される関係性にあるわけではない」と述べ、教養教育を一方的に進めなければ専門教育をも過剰に狭く捉えないよう、両者を融合して論ずるべきだと指摘している。この意味では、教養教育の本質を正確に捉え、教養教育と専門教育の関係性について議論を深め、大学における教養教育の位置づけを明確にすることが喫緊の課題となっている。

 上述以外、教養教育の問題点として、大学によって履修科目数が大きく異なっていることや、履修科目数が200種類に上るなどかなり多いのに対して規定取得単位数が12から16と極めて少ないこと、大学の学士課程において文化素質教育と通識教育の関係性が明確になっていないこと、文化素質とは具体的にどういうことなのか明確にされていないことなどが挙げられる。

 一方、中国の大学における教養教育には評価できるポイントもある。それは、大学における教養教育のカリキュラム構成に教養的要素が十分含まれていることである。例えば復旦学院や元培学院のカリキュラム構成には、哲学をはじめ古典、歴史、文学、文化継承、芸術、美学など多種多様な教養的要素が含まれており、学生の哲学的考え方の習得、歴史や文学の知識の習得、情操の陶冶や豊かな人間性の育成にまで貢献できると考えられる。

 昨今、日本の大学における教養教育はスキル・能力の育成へと展開される傾向を見せており、その反面、哲学や古典、歴史、文学など教養的要素が軽んじられているように見える。教養教育は教養のある人間を育てることが最終目的であり、そこに到達するために実施されていることが自明である。こうした教養的要素をたくさん包括しているという意味では、中国の大学における教養教育のカリキュラム構成は日本の教養教育の展開や再構築に一定の示唆を与えることができよう。また、グループ討論とチューター補助制を用いることで大人数の講義が抱える一方的な論述を克服する試みや、履修科目を更新することでその時代性を保つ試みも参考にすべき価値があると言えよう。


参考・引用文献

  1. 陳向明2006「元培計画から教養教育と専門教育の関係性を考える」北京大学教育評論第4巻第3期p71-85
  2. 隋晓荻2014『中西通识教育的思想与实践』(Thoughts and Practices General Education in China and the West)中国出版集团世界图书出版有限公司
  3. 李曼麗2006「中国大学通识教育理念及制度的构建反思:1995~2005」北京大学教育評論 第4巻第3期 p86-99
  4. 楊春梅2002「通識教育三論」江蘇高教 教学研究第3期p85-88

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