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第30回 幼児期の「遊び」を「科学する」視点をもつ
~第2回ECEC研究会を終えて~

2013年11月15日 掲載
ベネッセ教育総合研究所 情報編集室
室長 小泉 和義

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日本の幼児教育・保育では「子どもは遊びを通して育つ」という考え方が強くあります。しかし、「遊び」の「何が」「どのように」子どもの成長に影響を与えているのかを、科学的に証明することは困難とされてきました。この「遊び」を科学的に捉える研究が、アメリカなどで始まっています。

10月26、27日にチャイルド・リサーチ・ネット(CRN http://www.crn.or.jp[1] が実施した「第2回ECEC研究会」では、「遊び」と「学び」の関係について、日本と中国、台湾の研究者を招き、2日間にわたってディスカッションをしました。

本稿は、まず「ECEC」とは何かを解説した上で、第2回ECEC研究会で報告された「遊びと学びの関係」について整理し、これからの日本の保育に必要な視点について私見を述べたいと思います。

[1]チャイルド・リサーチ・ネット(CRN)は、ベネッセコーポレーションの支援のもと運営されているインターネット上の「子ども学」(Child Science)の研究所

ECECとは何か

日本で「ECEC」はまだ知られていない言葉です。ECECとは「Early Childhood Education and Care」の略語で、直訳すると「人生初期の教育とケア(養護)」を意味します。日本の「幼児教育」と「保育」を一体化させた概念に近い言葉と理解して良いでしょう。近年、経済協力開発機構(OECD)が、「Starting Strong」(人生の早期に力強い一歩を踏み出すことが効果を上げる)に関する報告書を発信しており、その中でもこの「ECEC」という言葉を使っています。

OECDは、「Starting Strong III」の報告書の中で、幼児期の人的資本への投資の重要性を強調しています。その理由は、幼児期の教育とケアへの公共投資が、国の経済成長にとって有効だと言われるようになってきたからです。例えば、ノーベル経済学賞を受賞したJ.ヘックマン教授(シカゴ大)は、「同じ1ドルを幼児期に投資した場合と、大人になってから投資した場合では、前者の方がリターンが大きい」と主張しています。世界の潮流として、ECEC、すなわち「幼児期の教育とケア」への関心が高まっているのです。

これまで、日本における就学前教育の公的支出は、OECD加盟国の中では高いとは言えませんでしたが(図)、安倍政権下では、幼児教育と保育について、国レベルで大きな制度改革が進みつつあります。幼保一元化に向けた制度改革、幼児教育無償化の検討、待機児童解消に向けた施策など、乳幼児期の子育て支援を充実させていく動きです。今後子どもを預ける保護者の割合が増え、多くの家庭が子どもを園に預けるようになれば、園の形態に関わらず、どこでも一定水準以上の保育の質が求められるでしょう。

http://dx.doi.org/10.1787/888932663074
出典:日本-カントリーノート-図表でみる教育2012:OECDインディケータ

Playful Pedagogy(楽しみながら学ぶ)

「第2回ECEC研究会」は「Playful Pedagogy(楽しみながら学ぶ)」をテーマに議論をしました。遊びは日本の幼稚園や保育所で重視されているものの、遊びが子どもの成長にどのように作用しているのかを科学的に実証した研究はあまりないため、このテーマを掘り下げていくことで日本の幼児教育・保育の質を高める契機としたいというのが、狙いの1つです。

研究会の中では保育者がどのように関与すればよいか(Guided play)という点が論点となりました。また、遊びが子どもの発達によい影響を与えることや、子どもの遊びへの保育者の関わり方の程度によって、子どもの学びに差が生じるといったことが海外の研究論文で明らかになっていることも、紹介されました。

チャイルド・リサーチ・ネット所長の榊原洋一・お茶の水女子大大学院教授は、Playful Pedagogyは日本の幼児教育・保育が大切にしてきた「遊びを通して成長を促す」という考え方と通じることを指摘するとともに、「『Guided play』は日本の幼児教育・保育の考え方に近く、教師や保育者が子どもの遊びにどう関わればよいのか、そのメカニズムについて研究を深める必要がある」とまとめました。

子どもにとっての遊びの重要性を感覚的に言及するだけでなく、大人の関与の仕方や子どもを取り巻く環境のあり方などを含め、科学的に研究し、知見を広めていくことが、幼児教育・保育の質を高める解決策の1つではないでしょうか。

日本の幼児教育・保育が大切にしてきた「遊び」をもっと豊かに

先述したとおり、国レベルで乳幼児領域の制度改革が進みつつあります。子どもを預ける場が増えれば、親は仕事に就くことができるし、どの幼稚園・保育所・認定こども園でも同じ水準の幼児教育・保育が受けられるのであれば、子どもを安心して預けることができます。

見方を変えて言うならば、乳幼児の幼稚園・保育所での生活時間の1日に占める割合が増える中で、幼稚園・保育所での生活のクオリティをどう高めていくかを追究することが、子どものよりよい成長のために不可欠です。私は、子どもの生活のクオリティを高める上でも、日本の幼児教育・保育が大切にしてきた「遊びを通した成長」にもっと目を向け、子どもの遊びを豊かにすることが必要なのではないかと考えます。その実現のためには、国の制度改革を待たず、今からでも現場レベルで出来ることがあります。

1つは、研究者の役割です。幼児教育・保育の質を客観的に評価する規準を、実証研究をベースにしながら、様々な視点で構築していくべきです。今回テーマにした「遊び」の有用性についても、感覚的にだけでなく、科学的に評価・検証されることが、幼児教育・保育の質を向上するためには必要です。

もう1つは、園現場の保育者同士によるディスカッションの場づくりです。公立・私立、幼稚園・保育所の垣根を越えて、同じ年齢の子どもの成長をどう支援できるのかを一緒に追究することが、地道ではありますが、幼児教育・保育の質を高める契機になるのではないかと思います。

※ベネッセ教育総合研究所とチャイルド・リサーチ・ネット(CRN)は、「ECEC」をテーマとした研究活動を推進するとともに、園現場の先生方による議論の場づくりも支援していく予定です。

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著者プロフィール

小泉 和義
ベネッセ教育総合研究所 情報編集室 室長

福武書店(現ベネッセコーポレーション)入社後、高校の進研模試営業に関わる。その後、研究部門に異動し、教育分野に関する調査研究、サイバー子ども学研究所のチャイルドリサーチネット(CRN)の運営に関わる。その後、学校向け情報誌進研ニュース(VIEW21の前身)中学版の編集担当、VIEW21(小学版、中学版、高校版)副編集長、VIEW21(小学版、中学版、高校版)編集長を歴任し、現在に至る。これまで関わったおもな研究、発刊物は以下のとおり。

関心事:主体性は育成できるものなのか。スキルを育成した結果としての姿勢なのか。

その他活動:任意団体 次世代の教育を考える会 幹事

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