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ベネッセのオピニオン

第34回
PISA2012の結果に見るこれからの教育

2013年12月16日 掲載
ベネッセ教育総合研究所
理事長 新井 健一

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学力向上の施策が奏功

2012年に実施されたOECDによる国際学習到達度調査(PISA)の分析結果が、先日公表されました。義務教育を終えた15歳を対象にしていて、今回は世界65カ国が参加し、読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシーの3分野に加え、コンピュータを使ったデジタル読解力、デジタル数学的リテラシーが調査されました。出題内容は、知識があるかどうかよりも、知識を現実場面で活かせるかどうかを問うもので、これからの社会に必要な能力とされています。結果は、日本はOECD加盟国中、読解力1位、数学的リテラシー2位、科学的リテラシー1位、デジタル読解力2位、デジタル数学的リテラシー2位という成績で、学力低下といわれた2003年のPISAから回復し、学力向上のための施策が功を奏した結果となりました。 

学力向上策は、2002年に文部科学大臣から発せられた「学びのすすめ」にさかのぼります。それまでのカリキュラムが、学習内容や授業時数を減らし、知識よりも意欲や思考力を重視したため、学力低下懸念がおきました。その後2002年から実施された学習指導要領は、「ゆとり教育」と呼ばれて学力低下懸念に拍車をかけた形になりましたが、すでに状況を把握していた文部科学省は、「学びのすすめ」を発信して、学力向上に意識を向かせました。その後も、言語力を重視した教育、全国学力調査などの施策によって、回復に向かって行きました。これは、もともと日本が持っている、全国津々浦々まで行き届いた教育システムと、高い指導力を保つ教員という基盤の上に成り立つ結果で、世界に稀な成功例であると思います。

求められる主体的学び

しかし、課題が無いわけではありません。これまでの調査で、日本の子どもたちは、得点は高いですが、学習意欲が低く、学習している内容が社会で役に立つという意識も低いという特徴がありました。また、無回答の数も多く、諦めやすいという傾向が見られました。今回公表された2012年のPISAでは、このような点が若干改善傾向ではあったものの、世界の平均値から比べると、まだまだ低いものでした。このことは、生涯学習社会、グローバル社会に必要な、自ら主体的に学び、積極的に社会と関わる力が備わっているのかという懸念につながります。テストで得点できる能力を、社会で実践する能力につなげることができるのかが、今後の課題となります。

そのためには、日常の学びを社会と結び付ける工夫が必要です。学習指導要領、教科書、指導者というパッケージがしっかりとできている日本の教育は、それで授業が成立しますし、教員の高い指導力は、興味関心を喚起するような授業を可能にしていますが、反面、教室の中で完結できてしまいます。

したがって意識を教室の外に向け、現実社会の中から課題を探し、知識を活用して解決していくような活動を、より多く取り入れることが必要であると思います。たとえば数学のグラフの読み取り問題なども、架空のものではなく、現実社会のリアリティのあるデータをグラフ化して考える、図形の問題も、現実の建物などの中から題材を探すなど、社会の現実の中に知識を活かす学びを組み込むことで、意識が変わるのではないかと思います。このような活動には、インターネットなど、ICTの活用は有効であると思います。地図データなどは、距離の問題や、英語の問題などアイデア次第で様々な活用ができますし、気象の問題なども現在の天気図と雲の動きが見られますので、現実感のある授業が可能になります。座学と現実を行ったり来たりして、知識の習得とその活用を繰り返し、学力を高めていくことが望まれます。このような現実社会の具体的な課題は、地域社会に豊富にあるため、地域との連携も重要であると思います。

この時に、自ら考える、自分に問いかけて深く考えてみるということが重要です。考えさせるためにグループ学習を取り入れるケースが多いですが、グループをつくっただけでは特定の子どもだけが学習の中心になってしまい、1人ひとりの学びになっていきません。「なぜ」という問いかけを自身にしてみるという学び方が必要です。

学びの環境整備

今回のPISAは、コンピュータによる調査に合わせて、コンピュータの活用状況も調査しています。日本は、ゲームや音楽など、生活の中でコンピュータを使いますが、学習利用は少なく、コンピュータの教育利用ではやや遅れているという結果でした。高度情報化社会では、コンピュータを使った問題解決力はとても重要ですので、今後の課題になるかもしれません。

また、今回は家庭学習についても調査され、調査国共通の傾向として、宿題と得点が正の相関があるという報告がありました。このことは家庭学習が学力向上に重要であるということを示唆しています。日本も同様の傾向ですが、2009年調査との比較で、「全く勉強していない」という回答が増えている点が気にかかります。これまで、日本は2極化傾向が高くなく、上位者と下位者の幅がせまいのが特徴でしたが、このような状況が続くと、今後、上位層と下位層の差が広がる可能性が出てきます。

今回の結果で、日本の教育レベルの高さを再確認できたことは良い点でしたが、それは一側面にすぎません。冷静に受け止めて改善すべきは改善し、このレベルの高さを社会の実践に繋げていけるような研究が必要であると思います。これからの社会を見すえた、教育のトップランナーの国として、むしろ模範となるモデルを、自ら創り出す時期にきているのではないかと思います。

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著者プロフィール

新井 健一
ベネッセ教育総合研究所 理事長

平成16年執行役員、教育研究開発本部長及び教育研究開発センター(現 ベネッセ教育総合研究所)長を兼務。平成19年1月NPO教育テスト研究センター設立。同理事長に就任し、OECD等海外の機関とネットワークを構築。現在、中央教育審議会初等中等教育分科会「学校段階間の連携・接続等に関する作業部会」委員。総務省事業「青少年のインターネット・リテラシー指標に関する有識者検討会」座長代理などを歴任。

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