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第46回「日本の遊び」のよさを世界に発信しよう
~チャイルド・リサーチ・ネット「ECEC研究」より~

2014年03月14日 掲載
ベネッセ教育総合研究所 情報編集室
主任研究員 劉 愛萍(リュウ アイピン)

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幼児期 子育て

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 「玩物喪志(遊ぶことで志をなくしてしまう)」という言葉があります。かつては、「遊び」は「学び」の阻害要因とされ、学びの対立軸として捉えられてきました。しかし、近代になって、幼児期における「遊び」と学びの関係は、徐々に人々から注目され、日本国内外で、「遊びを通じた保育」は、子どもの成長発達・学びに良い影響をもたらす、ということが研究結果からも実証されつつあります。

 ならば、「遊びを通じた保育」とはどういうことなのか、その保育の質を左右する「遊びの質」をいかに高めていくか、ということが関心の的になります。

 (株)ベネッセコーポレーション支援のもとで運営されている「チャイルド・リサーチ・ネット(略称CRN)」は2月15日(土)に「遊びの質を高める保育の在り方」をテーマに、研究会を開催しました(注1)。研究者、現場の幼稚園・保育園の先生方が一堂に会し、講演、ワークショップ、パネルディスカッションなどの形式で議論をしました。

 本稿はその会で得られた知見を踏まえ、その上で、同じ漢字文化を持つ中国の保育の現状と課題を鏡に、日本の幼児教育研究がアジア共同体の中で果たすべき役割や展望について、私見を述べたいと考えます。

子どもは遊べば遊ぶほど、能動的な学び手として成長する

 今回の研究会のキーノートスピーカーは、12年間公立幼稚園の教諭として実践経験を重ね、約1,000枚にわたるご自身の保育記録から、保育記録のあり方と遊びの援助について研究をされている聖心女子大学教授の河邉貴子先生でした。河邉先生によると、遊びの特徴は、「自発性(自分からすること)」「自己完結性(満足するまですること)」「自己報酬性(楽しいという感覚など自分に報酬を与えること)」の3つに集約されることが多いようです。しかし、それだけだと、一日中テレビゲームに没頭するケースもあてはまるので、他の要素も合わせる必要があるとの指摘がありました。そして、「子どもは遊べば遊ぶほど、能動的な学び手として成長し、その後の成長を支える土台が作られる」、との力強いメッセージをいただきました。

子どもの遊びを援助する大人

 首都圏で45年ぶりの記録的な積雪の後、ある幼稚園で行われた雪遊びの事例を紹介します。

 5歳児クラスの子どもたちは屋外に置かれていたマットの型によってできた雪のかたまりを見つけ、一人の子どもの「マカロンみたい」という言葉をきっかけに、子どもたちは、マカロンづくりを始めました。だんだんとたくさんのマカロンがつくられ、集まってきたときに、一人の子どもが「マカロン屋さんをしよう」と提案しました。それを聞いた保育者は、「今が援助のタイミング」と考え、「この絵の具を使ってみたら?」と、そっと絵の具を子どもたちに差し出しました。そして、子どもたちは、自然に、マカロンの形をした雪に色を塗って、イチゴ色のマカロンやメロン色のマカロン・・・ などと遊びを展開させました。

 日本の保育の特徴は「見守ること」とされていましたが、(注2)見守るだけでは、子どもの遊びが停滞してしまうこともあります。前述の事例のように、保育者の適切な援助は、子どもの遊びを発展させ、豊かにする可能性があるのです。東京大学の秋田喜代美教授の言葉を借りれば、大人の「見とる」「見守る」「見通す」「見定める」(注3)という4つの力が今の日本の保育に求められています。すなわち、子どもの遊びを「見とって」、理解し、「見守り」ながら、その遊びの展開を「見通し」て、その遊びの延長上に援助の可能性を「見定め」、環境をデザインしていく力です。

今後への示唆

 「遊びを中心とした保育」の良さは、アジアを中心に海外から注目されています。中国や韓国の幼児教育研究者が日本の幼児施設を見学すると、舌を巻き、称賛の声をあげます。

 中国の幼稚園では、近年、早期教育の是正から、児童中心、遊び中心の理念を取り入れるようになりました。社会的なごっこ遊びや課題遊びなどが園の中で展開されています。

 一方では、「遊び」は「学び」の対立軸であるという考えから、「遊び」を教育の目的として利用し、実践している園も少なくありません。5~6年前に、中国のある立派な幼稚園を見学しました。かなりの予算を投下してブロックの部屋を作り、部屋一面がブロックで埋め尽くされていました。子どもたちがその部屋に座り、PCモニターに映し出されるブロックの作品を模倣して、一生懸命それを組み立てる姿を見て、正直ショックを受けました。子どもたちがあらかじめ用意された作品を模倣し、そこで自分なりにアレンジすることで、立派な作品ができることもあります。それを見て、子どもたちは達成感を味わえ、大人も教育的な効果が確認できることで、お互いハッピーではないか、と主張する人もいるでしょう。

 それとは対照に、日本幼稚園で一般的にみられる自由創作の活動は、作品としては、中国の子どものような立派なものとしてできないかもしれませんが、子ども自身が作りたいものを作り、描きたいものを自由に表現することによって、作るプロセス自体を楽しみ、その中からたくさんのものを学ぶことができるのではないでしょうか。つまり、目に見えにくい力ではあるが、社会で生きる力につながる、乳幼児期に培うべきとても大切な力を育んでいると思います。

 だからこそ私は、日本の幼児教育・保育が大切にしてきたプロセス重視型の保育、遊びを中心とした保育のあり方を、もっと世界的にアピールする必要があると感じます。その際、日本語だけでなく、多言語で発信することも一つの方法でしょう。そして、その保育の理念は、子どもの将来にとって、有効なものなのかどうかの実証研究、エビデンスも必要になります。日本のみならず、日本がイニシアチブをとってグローバルな共同体で、研究者と現場が協力し合い、共同研究のチームを組み、同じ課題についての共同研究をスタートさせる必要もあるでしょう。グローバル社会で生き抜く子どもたちを育成するために、彼らの幼児期において、どのような子育て、保育が最善な選択肢かを考えることは、私たちの責務であると感じます。

 

 

(注1) ECECとは、Early Childhood Education and Careの略語で、ECEC研究については、こちらをご参考ください。

 

(注2) Joseph Tobin, Yeh Hsueh, Mayumi Karasawa, Preschool in Three Cultures Revisited: China, Japan, and the United States, The University of Chicago Press, 2009

 

(注3) 『2013年CRN活動報告書』、「子どもの遊びをはぐくむ保育者」(秋田喜代美先生による寄稿)

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著者プロフィール

劉 愛萍(リュウ アイピン)
ベネッセ教育総合研究所 主任研究員

教育学修士。1996年(株)ベネッセコーポレーションに入社後、語学事業の立ち上げ、教材編集、マーケティング等を経て、現在はベネッセ教育総合研究所に所属し、チャイルド・リサーチ・ネットの活動を運営しています。
※チャイルド・リサーチ・ネット
世界の子どもを取り巻く諸問題を解決するために、従来の学問分野を越えて学際的な研究を集め、世界規模で研究・発信をしているインターネット上の研究サイト。

これまで関わった主な研究、発刊物は以下の通りです。


関心事:子ども学を柱に、子どもの「遊び」と「学び」をどのようにとらえるか、文化の違いで、子育てと子育ちにどのような共通点と相違点があるのかなど。
その他研究、社外活動:「日中教育研究交流会議」会員、日本子ども学会常任理事、おもちゃコンサルタント。

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