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ベネッセのオピニオン

第77回「子どもの未来を考える」⑤
地域発の視点で21世紀型能力を考える
~教員アンケート結果と高知市・土佐山学舎の取り組みを通して~<前編>

2015年08月25日 掲載
ベネッセ教育総合研究所 研究員 久保木 有希子

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少子化 教育現場 地方自治体 地方創生 アクティブ・ラーニング 21世紀型能力

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はじめに

毎回異なる視点から子育て・教育を考える、ベネッセオピニオン「子どもの未来を考える」シリーズは5回目を迎えます。今回は、「子どもの未来を考える」② ~地域が果たすべき子育て・教育施策の役割~」に続き、「地域」×「教育」をテーマにしながらも、教育施策の面からではなく、小中学校の先生方へのアンケート結果(<前編>と具体的な取り組み事例(<後編・後日公開>)を基に、21世紀型能力の育成について考えてみたいと思います。

「今の大人」が「将来の大人」に渡せるもの

 はじめに、ベネッセ教育総合研究所が小中学校の先生を対象に行ったアンケートの結果をご紹介します。図1は、2020年から順次施行予定の次期学習指導要領でも核となる「21世紀型能力」(図2)の育成が、学校教育の場でどの程度保障されるべきかを尋ねたものです。回答数が少数のため参考値ではありますが、小中学校の先生方は、これからの時代を生き抜くために必要な力のすべてを学校が責任をもって担うことには消極的な姿勢がうかがえます。具体的には、言語スキルや数量スキルなど、伝統的に日本の学校教育の強みとされてきた、成果を定量化しやすい基礎的な力(「見える力」)は学校教育が中心となって保障すべきという意見が多いものの、より実践的で、成果を定量化しにくい思考力や実践力(「見えにくい力」)については学校教育外の場でも保障すべきと考える割合が高いことが見て取れます。

【図1 21世紀型能力育成の場としての学校教育】
Q 「学校教育」の場で、子どもたちがこれからの社会を生きていくために大切な力(いわゆる「21世紀型能力」)をどの程度保障すればよいと思いますか。それぞれについて最も近いものに印をしてください。
※ベネッセ教育総合研究所「地域×教育を考えるアンケート」より。「VIEW21」誌モニター(主に小中学校教員)を対象に2015/6/5~30実施。回答数85人。四捨五入の関係上、合計が100.0%とはならない場合がある。

【図2 国立教育政策研究所が示す「21世紀型能力」の構造と要素】

※出典:国立教育政策研究所


 日本の状況に目を転じると、少子高齢化による人口減少問題が顕在化し、産業構造の弱体化が進み、私たちは地域の存続・活性化に否応でも向き合い続けなくてはなりません。また、グローバル化の進展によって、たとえ日本にいても地球規模の問題が一人ひとりの生活に影響を及ぼすようになっています。さらに、30年後には人類の知能を超える人工知能が誕生すると予測されており(「シンギュラリティ」/「2045年問題」)、現在の私たちにはもはや予測不可能な社会で、これからの子どもたちは生きていくことになります。今後は、どこに住み何をしているかにかかわらず、基礎的な力だけではなく思考力や実践力なしに生き抜いていくことはできませんし、個人が所属する地域も、その集合体である日本も立ち行かなくなってしまいます。

 学校の先生方もこうした力の重要性や、そこに学校教育が関与することの必要性を否定しているわけではありません。アンケート結果の背景には、世界一忙しいと言われている日本の先生方の多忙(感)が解消されていないことや、思考力や実践力は先生自身が系統立てて学んだ体験をもたないために、理解・指導に受け身になりがちなことなどが挙げられます。また、現段階ではこれらの資質能力に関する記述や説明が抽象的で、具体的な指導のイメージが浮かびにくいこともありそうです。

 さらに言えば、小中学校の先生方だけではありません。多くの大人はこれからの社会に不安を感じ、未来を担う子どもたちには自分たちが受けてきたものとは異なる学びが必要そうだと思っています。しかし、そのためにどのような力を身につけさせることが必要で、自分たちが受けてきた従来型の教育に足りないものは何で、大人自身がこれからの教育に(時に痛みを伴っても)どう関わればよいかまでを、具体的にイメージしたり、実際の行動に移すことは少ないと思います。

 過去稿・ベネッセオピニオン「子どもの未来を考える」② ~地域が果たすべき子育て・教育施策の役割~」では、大人の主体的な学び・協働的な学びの必要性を提案しました。同様の背景から、詳細な方法論は専門家である先生方や行政担当者に委ねるとしても、子どもたちの学びを皆で考え協力していくことこそ、「今の大人」が「将来の大人」に渡せる最大の贈り物であり、使命でもあるのではないでしょうか。

 

たとえば、「地域に生き、地域を活かす人材」要件を考えてみる

 「21世紀型能力」というと、ヒト・モノ・カネ・情報が集まる都会に住む人や、日本や世界を飛び回っているごく一握りの人だけに関係ある話、とイメージすると、どこか他人事のようでいまひとつ現実味を感じられません。もう少し身近なイメージとして、たとえば「いま住んでいるまちでこれからも生活し、まちがもっと良くなるように考えたり行動したりできる人」を育てるために大切な力のこと、と捉えると、地域の現状などから必要となる能力や人材要件を考えやすくなります。

 今回のアンケート結果からも、子どもが生まれ育った地域を支える人材を育成するという観点は、先生方自身も学校教育の重要な役割の一つと認識しており、「ふるさと教育」が自己肯定感や社会参加意欲を高め、地域の活性化にも繋がると意義を感じている先生が多いことが分かりました(図3)。

 

【図3】
Q 多くの学校でいわゆる「ふるさと教育」が行われていますが、その内容は意義あるものだと思いますか。

<理由・自由記述>

  • 育てた人材の多くは、地域貢献を果たす必要がある。ふるさとの実状を教えていき、自分に何ができるかを考えさせることは大事だから。(沖縄県・小学校勤務)
  • ふるさとや地域を知ることは、自分たちの置かれている環境や先人の苦労を知ることであり、それが、自分たちがこれから生きる目標や、しなければいけないことに取り組むための活力になるから。(岡山県・教育委員会勤務)
  • 自分たちが住んでいる地域の価値を知ることで、または発掘することで、自己肯定感が生まれる。そこから出発し、他の地域との比較もできるし別の新たな価値の創造にも繋がる。大きく言えば、日本と外国の価値の相違にも気づきグローバルな視野に立つ人材育成にもつながる。(岩手県・小学校校長)
  • 地方の人口減少は深刻である。郷土愛を育てる「ふるさと教育」を推進し、地域を背負っていくような人材を育てる教育は、地方にとって急務だから。(新潟県・中学校校長)
  • 自分の住む地域に愛着をもたせることは大切だと思うが、どんな地域にしていきたいかというビジョンをもたせたい。自分が育ってきたときと同じでは、地域は進歩しない。(東京都・中学校勤務)

※ベネッセ教育総合研究所「地域×教育を考えるアンケート」より

 本稿の趣旨は、世界で活躍する人材の育成を否定するものではありません。むしろ、そうした人材を育てるためにも、地域の身近で具体的な素材を活用することで学習効果を高めることができます。国も、「実社会や実生活に関連した課題などを通じて動機付けを行い、子供たちの学びへの興味と努力し続ける意志を喚起する(中教審教育課程企画特別部会 論点整理(案))」ことが、21世紀型能力をはぐくむ推進力となる、と述べています。

  後編(後日公開)では、この実践事例として、高知県に新設された小中一貫校の取り組みを紹介したいと思います。今回、ベネッセ教育総合研究所は同校を視察し、現地で関係者と議論を交わしてきました。その様子を紹介しながら、「地域」×「教育」をキーワードに、これからの地域で生きる、地域を活かす人材の育成という観点から、そのためにどのような力を子どもたちに身につけてほしいか、を考えます。

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著者プロフィール

久保木 有希子
ベネッセ教育総合研究所 情報企画室 研究員

出版社等での勤務を経てベネッセコーポレーション入社。ベネッセ教育総合研究所ウェブサイト編集、教育関係者向け情報誌「VIEW21」副編集長を経て現職。

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