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第86回 「子どもの未来を考える」⑧
価値あるアクティブ・ラーニングとは何か?
~授業改革編~

2015年12月15日 掲載
BERD編集長 石坂 貴明

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アクティブ・ラーニング

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 アクティブ・ラーニング(以下AL)とは何か、そしてなぜ今ALなのか。筆者は前回その背景を中心に書いた。今回はAL活用によって、特に高等学校で起こる新しい学びの可能性について、事例をもとに考えてみたい。

高等学校におけるALの意義

 「日本の高校生の4割は授業中に居眠りしている」というショッキングなデータが2010年に日本青少年研究所から公表された。この調査は日米中韓の高校生に行われたが、居眠りは日本が最も多い状況だった。あらゆる分野で世界がしのぎを削っている時に、日本の高校生はその人生で最も輝く時に、朝から寝て過ごしているとしたら実にもったいない話だ。

 しかし、そんな状況を生む根本原因は、専ら生徒側の学習意欲の低さにあるのだろうか。たとえ進学校や学習意欲のある生徒であっても、受験に関係無い授業は寝るか内職(自分の受験に関する勉強などをすること)をして"有意義に"過ごし、塾や予備校で受験勉強をするという本末転倒なことが起きているケースも珍しくないという。

 だとすれば、そもそも高等学校で保証すべき教育の質を、どのような授業によって担保するのか、今一度問わねばならないだろう。教育の質を担保する手段としての授業では、まず生徒の意欲を喚起し、主体的な思考が生まれるデザインが必要だと筆者は考える。デザインのポイントは大きく2つ。1つはスタイル、もう1つはテーマ設定だ。

 「生徒たちが考える」授業のスタイルに必要な「時間」とは何か。そこで、授業を構成する活動「時間」のバランスを見てみよう。ベネッセ教育総合研究所が2010年に行った「第5回学習指導基本調査」(表1)では、実測値ではないが中学校と高等学校の授業で意図される「時間」が比較可能だ。今回この調査結果で注目したいのは、高等学校の授業では「教師からの解説の時間」が約半分を占めているという点だ。

表1 授業の時間の使い方や進め方(中学校・高校別)



 一方、中学校では「生徒が話し合ったりする時間」や「生徒の発言や発表の時間」が高校の2倍近くで対照的な結果だ。そうなると高校の授業とは、教師が専ら話し、教師が決めた限られた生徒とのコミュニケーションを行う「時間」になってはいないだろうか。だとすれば、授業で最も思考し、活動すべきは生徒たちのはずだから、現状の授業スタイルを変える有効な手段の1つがALだと筆者は考える。

生徒と教師の学び合いを生むAL

 実はALとは、学校における学習の主導権を教師から生徒全員に戻すことに他ならない。それをICT活用で実現した事例として、2014年に取材した近畿大学附属高等学校・中学校の事例を紹介したい。

 同校では、かつて生徒に対して携帯電話の学内持ち込みさえ禁止していた。しかし、1人1台iPadを持ち、使い方のルールさえ生徒たちが決めるようになってからは、教員が想像し得なかった学びが日々生まれるようになった。最初、生徒たちに板書をiPadで撮影されると "何をすんねん" と思っていた教師も、板書をノートに書き写すことが考える授業の必須項目ではないことに気付き始める。そして、それまでの「授業が板書でほぼ終わって、問題解いてわからない時は聞いてきて」というスタイルの授業を変えなければならないと思うに至ったという。

 必要なのは、生徒たちが授業に能動的に参加することだ。同校では教師が生徒にアプリのことやツールの活用方法を聞くことも珍しくない。そこには共に学び合い、高め合うという姿勢がうかがえる。生徒の自主性と自由度が反転学習などで増したことで、たとえば物理の授業では「実験回数が増え、議論の回数が増え、基本事項についての質問回数が減った」などのALの効果が出ている。

 同校の例を見てもわかるように、授業で教師による解説の必要性が無くなるわけではない。むしろ、教師の役割は教えるのみではなく、学びの促進役へと広がっていくので、そのことへの備えが不可欠となるだろう。なぜなら、生徒たちの思考は思考するのみに留まらず、他者に意見を述べ議論し、多様な考えに触れることで再び自己の中で深まっていくからだ。そのような学びのサイクルを埋め込んだ授業スタイルが、今後ますます求められていくだろう。

学校に社会を取り込むために

 授業デザインの2つめのポイントはテーマ設定だ。国が目指す教育改革でも、高度経済成長期のそれとは異なり、激動する世界を生き抜くために生涯学び続ける態度を育てることに主眼が置かれている。

 そのために、幼少期から初等教育段階でのALでは子どもに「学びは面白い!」と思ってもらえることは欠かせない。しかし、高等学校以降のALの意義は、社会の一員として課題を解決しながら活躍するために「社会に出ることは面白い!」と感じるものであってほしい。つまり、高等学校でも「社会で生きる」あるいは「地域で生きる」というテーマを強烈に意識した授業が求められていくと筆者は考える。

 その理由の1つでもあるのが、高校教育と社会との距離の遠さだ。表2は、ベネッセ教育総合研究所が2004年と2009年に実施した「子ども生活実態基本調査」結果比較であるが、中学以降「将来なりたい職業がある」と回答する割合が全体的に低くなっているのである。本来であれば、社会人に近付くにつれて将来展望が開けていってほしい年代である。

表2 なりたい職業の有無(経年比較 学年別)

注) なりたい職業が「ある」と回答した%


 では、多忙を極める学校現場において、さらに実効性のある「学校と社会を結び付けた学び」を実現し、推進するにはどのような方法があるのだろうか。限られた人員体制の中でも、既存の教科やカリキュラムだけでは実現しにくいテーマ設定や21世紀型スキル育成の試みが、一部の先進的な学校や地域で始まっている。そこに共通するのは、校長や首長、あるいは教育委員会をはじめとする強力なリーダーシップと外部連携である。その事例を見てみよう。

ALで21世紀型スキルを学ぶ

 大阪府立金岡高等学校は堺市郊外にある普通科高校。2014年4月に着任した民間出身校長の和栗隆史さんは、21世紀型スキル(創造力やコミュニケーション力)修得のために、総合的学習の時間を使ってALを採り入れた探究授業を行うことを決意。その探究テーマは、文字通り正解が無く、ロボットでさえ代替しにくい課題の解決が鍵になる「笑い」だった。翌2015年4月から「笑い」の探究が通年授業としてスタートできたポイントは、校長のリーダーシップと外部連携にある。

 2015年4月入学の1年生全員360人を対象に、新しい探究授業を開始するにあたり、金岡高校は松竹芸能株式会社と連携をした。学習指導要領には無い「笑い」をテーマにして21世紀型スキルをいかに学んでもらうか、教師、研究者、プロの芸人たちが検討を重ねながらカリキュラムを作った。単元目標は「創造力・論理的思考力」、「情報編集力」、「コミュニケーション能力・表現力」、「共同問題解決力」。ペーパーテストは行わないが、達成目標を設定して評価をする。

 最初の授業はプロのお笑い芸人から笑いのメカニズムを学ぶところからスタートした。その後、オリジナルワークシートなどを使い、個人とグループによるワークやディスカッションを繰り返しながら、自分史の振り返りから自分史を漫才に変換するまでが1学期の授業計画だった。1学期末には各クラス代表の「漫才コンビ」が選抜され、クラス対抗戦を行った。

 その学年全体の成果発表会には多数のメディアはもちろん、国立教育政策研究所や全国の大学から研究者たちが視察に訪れていた。彼らが異口同音に評価していたのは、「学校が面白い!」と多くの新入生が言い、いきいきと授業に参加している点だった。もちろん、授業中に寝ている生徒は1人も居ない。


学年全体の探究授業成果発表会

 さて、この笑いの探究授業を受けた1年生たちには、その前後でどのような変化が起きていたのだろうか。図3は、筆者が学校側の協力を得て2015年5月時点(笑いの探究授業開始直後)に聞いた生徒の授業評価だ。「笑いの探究授業を楽しみにしているか」という質問に対しては、全体の74%が「まさにその通り(楽しみ)」「まあまあ(楽しみ)」と期待しているのがわかる。授業としての期待値はかなり高かったことがわかる。

 

図3 問・「笑い」の探究授業を楽しみにしている

 図4は、7月中旬に行われた1学期の成果発表会直後に聞いた「笑い」の探究授業の感想だ。ここでも75%が「想像した通り面白い」「想像以上に面白い」という好評価だった。自由記入欄で書かれた感想の中でとても多かったのは「学年みんなのことがわかった」、「友達の意外な一面がわかった」などの友人関係に関する内容だった。これは、探究授業のワークの1つである自分史を語り合うプロセスが、入学後間もない段階で交流の良いきっかけになり、安心できる学習環境づくりに効果があることを示すものでもある。


図4 問・これまでの「笑い」の探究授業についての感想

生徒たちの成長とAL効果

 金岡高校は21世紀型スキルの授業において、入学間もない生徒たちの意欲を喚起するテーマとALというスタイルを同時に採り入れた。これは、大きなチャレンジだったはずだが、結果として1学期間の授業において、生徒のモチベーションが落ちずに保たれていることがわかった。このこと自体が、生徒と教師の学び合いのプロセスも含めて大きな成果だと筆者は考える。

 では、この探究授業を通じた生徒たちの成長について、同校の教師たちはどのように捉えているのか聞いた。

【AL導入効果ついて】

・入学当初は、従来の他学年と変わりなく静かで、引っ込み思案の子が多い学年だったが、最近は全体的に堂々と人前に出る感じがある。笑いの探究授業以外の授業でも、授業に即した発言も活発で、他学年より授業に積極的に関わる生徒が多いように思う。

・発問に対して、間違いを恐れず、返事があるので参加意識は高いと思われる。

・発表の場が多いので、全員がクラスの前に出て発表し、人前で発言することに恥ずかしさを過度に感じなくなっているという印象。


【探究授業の成果について】

・自己表現する機会が多いので、「表現力」「コミュニケーション能力」については、伸びている生徒が確実に増えていると思う。

・「コミュニケーション能力」「共同問題解決力」が自然に付いていると思う。たとえば、ペアでの発表では、「この方がよい」「これはあんまり良くない」等、細かく打合せを行う場面が見られた。

【ALに対する評価について】

・授業方法の改善などを中心に、担当教師同士での話し合いの機会が増えた。

・他の授業でもペアワークやグループワークを取り入れる機会が増えた。


 このように、ALというスタイルも、教科に無いテーマも、最初から全ての生徒と教師が馴染めるものではないだろう。しかし、素晴らしいのは、生徒同士も教師同士もコミュニケーションが増え、試行錯誤しながらも共に探究授業をつくっていることだ。そして、その結果として、生徒たちの意識と行動がここまで学校の授業に向いていることだ。こうした学びの場づくり体験を共有した生徒と教師は、おそらく違うテーマを題材にしてもより円滑に探究学習に取り組めるのではないかと感じた。そのような学びの変革を、みんなで楽しみながら実践している金岡高校の生徒と教師の努力に敬意を表したい。

 これは余談だが、和栗校長は生徒会長と副会長に、プロのお笑い芸人日本一を決めるM1グランプリへの出場を勧め、彼らコンビは見事に1回戦を突破した。さらに、生徒だけが新しいチャレンジをするのは教育的ではないということで、和栗校長と綾井俊行教頭も「校長教頭」というコンビ名でM1に出場、見事1回戦を突破した。2回戦ではそれぞれ惜しくも敗退したが、プロがひしめく中で1回戦突破は異例の快挙であったらしい。

 このように、ALは現在の高校現場にとってはまだまだ新しい学びのスタイルであるようだ。しかし、ICTの活用や外部の企業や団体のサポートを得ながら、学びのデザインを変えれば意欲も高まるし、生徒たちは変わるということは本稿で紹介した2校の例を見る限りは明らかだ。そこでの成功要因は、まず先に教師や大人が変革を恐れず、一歩踏み出すこと。そして、本気の背中を見せることだと筆者はあらためて感じた。

 次回以降も、ALを通じて「学校と社会を結び付けた学び」を一層進化させるために、地域特性を活かして学科を変革したり、地域課題の解決にまで踏み出している事例をご紹介したい。

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著者プロフィール

石坂 貴明
いしざか たかあき

ベネッセ教育総合研究所ウェブサイト BERD編集長

アメリカでホテル開発に従事後、ベネッセコーポレーションへ移籍。ベネッセ初のIRT(項目反応理論)採点の検定試験を開発、社会人向け通信教育(ニューライフゼミ)事業ユニット長、在宅主婦ネットワークによる法務サービス事業責任者等、主に新規事業に多く関わる。その後、移住・交流推進機構(JOIN)に出向し、総括参事として総務省「地域おこし協力隊」等を立ち上げる。教育テスト研究センター(CRET)事務局長を経て、2013年より現職。主に、「シリーズ・未来の学校」、「SHIFT」、「CO-BO」、「まなびのかたち」をプロデュース。 グローバル人材のローカルな活躍、日本の伝統と学びのデザインに関心。

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