初等中等教育研究室

ベネッセのオピニオン

第8回 教育のガバナンスをどうするか
保護者の意見から教育委員会制度について考える

2013年06月14日 掲載
ベネッセ教育総合研究所 初等中等教育研究室
主任研究員 木村 治生

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教育のガバナンスとは

「ガバナンス(governance)」という言葉はまだ耳慣れないかもしれないが、もともとは政府・自治体(government)の「統治」や「管 理」を指す。しかし、今日では、公共サービスの提供主体が、企業やNPOなどの民間・市民セクターであるケースも増えた。それに伴い、「ガバナンス」も組 織や社会に関与するメンバーが主体的に合意形成するシステムという意味にまで広がっており、「共治」とも訳される(参考:『現代用語の基礎知識2013』 自由国民社)。

ところで、2013年4月に教育再生実行会議が、「教育委員会制度等の在り方について」と 題する第二次提言を出した。今後、示された内容について、中央教育審議会で具体化の検討を行う予定だ。教育委員会制度をどうするかは、まさに教育のガバナ ンスの問題である。地域における教育の意思決定の枠組みについて国民がどのような合意を形成し、そのシステムをどう維持するのか。いま、「ガバナンス」の あり方が問われている。

現在の教育委員会制度の課題

それでは、現在の教育委員会制度には、どのような課題があるのだろうか。

教育委員会は、すべての都道府県・市町村等に設置されている。一般に分かりにくく混乱を招くのだが、組織を単純化すると重要事項について意思決定する「教育委員会」と、それを具体的に実行する「事務局」にわかれる。「事務局」は自治体の職員(多くは常勤)であるが、「教育委員会」を構成する教育委員(原則5人)は非常勤だ。

このため、実際には「教育委員会」が主体的に動くことは難しく、「事務局」のプランを追認するだけになりがちである。審議が形骸化し、責任の所在があいまいになるのが最大の問題で、「ガバナンス」が効かない。教育再生実行会議の提言も、その点を指摘する。問題を改善するために、「地域の民意を代表する首長が、教育行政に連帯して責任を果たせるような体制にする」というのが改革案の基本理念だ。「事務局」のトップ(教育長)を首長が直接任命することを提案しており、首長の意向が反映されやすいシステムと言える。

しかし、懸念もある。従来の教育委員会制度が重視してきた政治的な中立性が確保できるのか。また、選挙による首長の交代により、継続的な教育が維持できるのか。教育は国家百年の計とも言われる。成果は子どもの成長とともに現れ、すぐに目に見えるものでもない。基本方針がすぐに変わるようだと困る。

「より望ましい教育」に対する保護者の意識

そもそも、子どもを公立の小中学校に通わせている保護者は、望ましい教育をどのように考えているのだろうか。図は、教育をめぐる2つの対立した意見を示し、どちらの考えに近いかをたずねた結果である(ベネッセ教育総合研究所・朝日新聞社『学校教育に対する保護者の意識調査』2012年)。これをみると、保護者はドラスティックな改革を望んでいないことが分かる。先に橋本が指摘したように、「多くの保護者が、すべての子どもの『わかる』を保障できる平等な学校教育を求めている」(橋本尚美『「平等」と「競争」、保護者は教育にどちらを求めているか』)。論点になっている教育委員会制度との関連で言うと、公立学校の教育目標について「選挙で選ばれた首長(知事など)が決めるのがよい」は2割にとどまる。一方で、「教育委員会が決めるのがよい」は7割であり、現行制度のほうが支持を集めている。

これらの意見に明確な根拠があるかは分からない。ただ、保護者の多くは子どもを学校に通わせている実感として今の学校教育をある程度支持し、漠然とかもしれないが、政治的な理由で教育のあり方が左右される状況を望んでいない。そう感じさせる結果である。

図 教育に対する意見
教育に対する意見
※数値は、「近い」「どちらかといえば近い」の合計(%)。中央の数値は「無回答・不明」を示す。
※11項目のうちの4項目を抜粋した。

今後の議論に向けて

教育再生実行会議の提言が、これまでの教育のガバナンスについて問題点を指摘し、新しいあり方を示したのは事実だ。しかし、この提言を単に追認するのではなく、当の子どもや保護者、地域住民にとってより望ましい教育の姿はどのようなものなのかを議論し、合意形成しなければならない。求められるのは、一方的な「統治」「管理」ではなく、「共治」システムの構築である。

それには、保護者を含めた市民が、現行制度と改革案の双方のメリットとデメリットを理解することが必要だ。現在は、まだ十分に関心が高まっているとは言えない。また、教育委員会制度にとどまらず、他の方法で補完することも考えられるとよい。地域と家庭と学校が連携しながら学校運営している「コミュニティスクール」は「共治」を考える好例だ。例えば福岡県春日市は、すべての小中学校がコミュニティースクールに指定されている。春日市では「協働・責任分担方式」という方法で学校、家庭、地域の三者が協議をし、責任分担を明確にしながら、学校の運営を支えている。保護者や地域住民が学校の教育に参加することにより、子どもの問題行動が減少したり、子どもの地域への関心が高まったりするなどの成果が出ている。

ことは子どもたちの教育、ひいては私たちの未来にかかわる。問題意識を持って参加すること、それこそが「共治」の基本である。

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著者プロフィール

木村 治生
ベネッセ教育総合研究所 主任研究員

ベネッセコーポレーション入社後、初等・中等教育領域を中心に子ども、保護者、教員を対象とした意識や実態の調査研究、学習のあり方についての研究、教育市場(産業)の調査などを担当。文部科学省や経済産業省、総務省から委託を受けた調査研究にも数多く携わる。専門は社会調査、教育社会学。これま でにかかわった主な調査研究・論文は以下の通り。

その他活動:東京大学社会科学研究所客員准教授(2007年)、中央大学非常勤講師(2005~2008年)など

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