初等中等教育研究室

ベネッセのオピニオン

第45回 学習の「質」をどう高めるか
-学習方略の指導で学習観を変え、学力向上につなげる-

2014年03月07日 掲載
ベネッセ教育総合研究所 初等中等教育研究室
研究員 佐藤 昭宏

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 第42回のオピニオンでは、学力を高めるためには、学習の「量」の確保に加えて、「質」の向上が必要であると述べた。同じ時間だけ勉強したとしても、多くを学び取り、次の学習に活かすことのできる子どももいれば、同じ問題が出てもまた間違ってしまう子どもがいることは想像に難くない。では、この差はどこから生じているのか。我々が注目したのは、子どもの学習に対する考え方(以降、「学習観」)と学習の仕方(以降、「学習方略」)の違いである。

 ベネッセ教育総合研究所では、昨年度から以上の2点の改善を促す指導法の研究・開発を進めてきた。本稿ではそこから見えてきた2つの課題とその改善策を提案する。

同じ得点層でも、大きく異なる学習観

 表1は、テストの得点や課題の提出率が同程度の小学5年生701名を対象に、学習観の構造を探るために因子分析を行ったものである。その結果をみると、大きく3つの学習観の軸が確認された。

 第1因子は、外部環境や外部リソースが学力向上に大きな影響を与えるという学習観(環境依存型学習観)、第2因子はたくさん勉強するが失敗から学ぶことも大事だという学習観(量質バランス型学習観)、第3因子は、とにかく結果さえよければ問題ないという学習観(結果重視型学習観)であった。また因子どうしの相関関係を確認したところ、環境依存型と量質バランス型は0.098、環境依存型と結果重視型は0.258、量質バランス型と結果重視型は-0.068と、他の学習観との間に相関はみられなかった。つまり、子どもたちは複数の学習観に基づいて学習に取り組んでいるというよりは、ある特定の学習観に基づいて学習に取り組んでいるということである。

 この結果は、目先の得点や順位ではなく、子どもたちの学習に向かう態度や意識をどう育んでいくべきかを検討する上で、1つの重要な課題を突き付けるものであろう。なぜなら、たとえ現時点のテストの得点や課題提出頻度がよくても、その背後に存在する学習観の違いが、その後の子どもの学習に対する向きあい方や知識技能の習得に大きな差を生む可能性があるからである。たとえば、結果重視型学習観は、日々の学習のプロセスから学ぶことが少なく、中長期の継続した成果につながりにくいと考えられる。

 

表1: 学習観の構造 (主成分法による因子分析)

 

環境依存型
学習観

量質バランス型
学習観
結果重視型
学習観
とにかくたくさん勉強することが大切だ -.015 .783 -.004
とにかくたくさん覚えることが大切だ .101 .601 .461
間違ったときこそ、自分の足りない点に気づくことができる -.015 .591 -.477
教え方の上手い先生に習っていれば成績はよくなる .874 -.051 -.007
わかりやすい参考書をつかって勉強していれば成績はよくなる .818 .074 -.085
問題の解き方がわかっていなくても答えがあっていればよい .086 -.120 .757
丸つけをせずにそのままにすることがある -.184 .144 .643
固有値 1.584 1.486 1.441
回転後の因子負荷量を記載

学習観を変えるために学習方略を変える

 では、学習観をどう変えていくのか。認知心理学の学習理論によれば、学習観を変えていくためには、まず学習方略を変え、学習から得られる成果を変えていくことが重要だとされている。なぜなら、直接「こういう考え方を持つべきだ」と指導したところで、自分自身にその実感がなければ学習観など変わらないからだ。方略を変え、得られる成果や効果実感を変えていくことが、学習観の変容やその学習を持続させる意欲につながるのである。

 しかし、学習方略から変えていくこと自体も容易ではない。実際、世間に数多くの「効果的な学習法」に関連する書籍が存在しているにもかかわらず、それらが定着し、多くの子どもに広がっているわけではない。その原因を探るために過去のヒアリング結果を整理したところ、1つの共通する課題が見えてきた。それは「効果的な学習法」の理解が子どもによって異なるということである。例えば、「見直し」という1つの行為をみても「とにかく○×だけをつけようとする子」「とにかく答えを丸写ししようとする子」と「○×をして間違ったところの理由を考えようとする子」「間違った理由と併せて、どうすれば間違えないようになるかまで考えようとする子」では、「見直し」の質に大きな違いがある。指導する側は、単に「見直し」を促すだけでなく、どのように「見直し」をすればよいか、その「質」の部分も含めて指導する必要がある。

 そこで我々は認知心理学のいくつかの学習方略の中から、間違いなどの過去の経験を次の学習にいかせるようにコメントを残しておく「教訓帰納」と呼ばれる学習方略に着目し、子どもが自発的にこの方略を利用できるように促す家庭学習教材を開発した。そして先述した701名の中から、テストの得点で統制した子ども150名を抽出し、さらに通常の指導に加えて特に付加的な指導を行わなかった群(追加指導なし群)、追加でドリル形式の教材に取り組んでもらった群(学習量追加群)、教訓帰納の利用を促す教材に取り組んでもらった群(教訓帰納指導群)の3つの比較群(各50名)に分けて、指導効果の検証を行った。教材を用いた指導期間は2カ月間で、1カ月毎に教材を発送、回収した。そして指導前後のテストの得点(偏差値換算)の伸びを比較した。なお、学習量追加群と教訓帰納指導群の指導効果を比較するために、ドリル形式の教材と教訓帰納の利用を促す教材は同じ分量に調整している。

学習方略が変わると内容理解の程度も変わる

 表2は検証結果の一部である。「追加指導なし群」「学習量追加群」「教訓帰納指導群」の3群で、指導前後の得点(偏差値換算)を比較したところ、「追加指導なし群」では、検証前後で結果に差が見られなかったが、「学習量追加群」では0.5ポイント、「教訓帰納指導群」では1.4ポイントと、若干ではあるが点数が高くなる結果が確認された。今回の2カ月間の検証結果だけから、その指導効果を断定することは難しいが、学習方略の指導を促すことによって、教訓帰納の利用を促す指導を行った群の内容理解が進んだ可能性は否定できないだろう。また、この群の子どもからは、学習観の変容を示す記述内容が複数確認された。

 

表2: 比較群別 指導前後のテスト得点(偏差値換算)の推移

 

 第42回のオピニオンでも触れられていたが、学力向上に向けて各自治体が競争すること自体はプラス面もあり、一概に否定できない。しかし、最も重要なのは、その競争を通して子どもにどのような力や態度を身に付けさせようとしているのか、という点だ。基礎的な知識や技能を習得させるために、多くの問題量を解いたり、反復したりすること、長い時間勉強することは一定の効果があるであろうし、その結果、点数や順位が上がることもあるだろう。さらに、そうした指導を通して生み出される学習意欲もあるだろう。しかしそうした点を考慮しても、やはり大事にすべきなのは、中長期的な視点で、子どもの資質や能力をどれだけ高められているかという点ではないか。

 依然、経済状況が停滞している社会において、いかに効率的に学ぶかという点がますます重視されるようになっている。そしてそれらを支援するサービスや手段も急速に増えているように思える。しかしそのような「効率性」が求められる時代だからこそ、生徒が何をどのように理解したのかを丁寧に確認し、1つ1つの課題や問題から学び取る力を育てていく指導がより一層重要になる。子どもは何かを学ぶときに、併せてその学習方略も学んでいる。だからこそ子どもがどのような考え方をもって学習に取り組んでいるか、子どもの学習やその意欲を支えている学習観に留意しながら学習方略を指導していくことが求められる。

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著者プロフィール

佐藤 昭宏
ベネッセ教育総合研究所 研究員

東京大学大学院教育学研究科修士課程修了 修士(教育学)。ベネッセコーポレーション入社後は、初等中等領域を中心に、子ども・保護者・教員の意識・実態、教育選択に関する調査研究を担当。これまで担当した主な調査は、「第2回学校外教育活動に関する調査」(2013年)「第5回学習指導基本調査」(2010年)「第2回子ども生活実態基本調査」(2009年)都立専門高校の生徒の学習と進路に関する調査」(東京大学との共同研究;2008年)など。その他、情報誌編集や教材開発等の業務にも携わる。最近の研究関心は「学習方略の自発的利用を促進する指導の在り方」「消費社会における子どもの自立・社会化」。

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