初等中等教育研究室

ベネッセのオピニオン

第54回 子どもたちに「学びつづける力」を!
――よりよい学習のあり方に関する研究から

2014年08月18日 掲載
ベネッセ教育総合研究所 初等中等教育研究室
室長 木村 治生

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「学力向上」の方策にひそむジレンマ

 この1~2年ほどの間に、子どもたちの「学力」を高める具体策の検討に入ってほしいという相談を自治体から受けるようになった。全国学力・学習状況調査が、公教育の成果を測る一つの指標になり、そこで結果を出すことは各自治体にとって大きな課題である。また、結果を詳細に分析して、教育政策や学習指導の改善に生かそうという実践も増えた。それらに共通する課題認識は、子どもたちの「学力」を向上させるうえで効果的な取り組みは何か、ということだ。「学力向上」の秘策を、多くの自治体や学校が求めている。

 こうした思いを抱くのは、公教育に携わる関係者ばかりではない。むしろ、教育産業は、目に見える成果を上げることを消費者から求められるため、学力向上にはより敏感かもしれない。それは、私たちの研究所が属しているベネッセも同様である。しかし、伸ばすべき「学力」をどう捉えるかということや、どう伸ばすのかという方法について、私たちは適切に考えることができていたかというと、反省する点がある。このことは、公私を問わない共通の問題である。学力を高めるよりよい学習のあり方について、子どもの教育にかかわるすべての大人が、いま一度ふりかえってみてはどうだろうか。

 そのことを考えるうえで、教育心理学が専門の藤澤伸介氏が書かれた『ごまかし勉強』(上・下巻、新曜社、2002年)はとても示唆に富む。そこには、テクニックに偏った教材や指導が、定期テスト対策のような短期的な成果にはつながっても、長期的な学力の形成にはつながらないと指摘されている。次のテストのために「ここだけ覚えればよい」「これだけできるようになればよい」と対処的に獲得した知識や技能は、記憶のネットワークが形成されず、剥落しやすい。そのような「範囲を限定」した「他人(教材や先生)に依存」する「機械的丸暗記」を「量こなし」て「結果がよければよい」とする勉強方法を、藤澤氏は「ごまかし勉強」と呼んだ。これに対して、関連する分野に「範囲を拡大」して「自分でまとめ」、学習内容の「意味を理解」し、どうやればよいか「方略を考える」ような「プロセス重視」の学習を、「正統的な学習」として推奨する。

 とはいえ、正統的な学習は、すべての子どもができるわけではない。また、正統的な学習がよいと分かっていても、子どもの力が十分でなかったり、学習意欲が低かったりして、まずは勉強に向かわせることが先の課題であるケースも多い。保護者の多くは、机に向かって勉強してくれさえすれば安心してしまう。学校でも、子どもの学習意欲が低いなかで最低限のことを覚えてほしいがゆえに、定期テストの出題内容を事前に伝えて一定の得点を取らせるようなことを行う。ベネッセも、少しでも学習に取り組んでほしいという思いから、より短時間ですむポイントを絞った学習で効果が上がることをうたった教材を提供することがある。だが、そのようなお手軽な学習が、じっくり考えることで育つような学力の形成を阻害するのではないか。ジレンマがひそむ。

よりよい学習のあり方に関する研究

 そこで、私たちは、「学力」を伸ばすような「よりよい学習」とはどのようなものかについて、研究に取り組んでいる。以前、拙論(「学力向上のために必要なこと」)のなかでも触れたが、学力は学習の「量」と「質」のかけ合わせで規定される。一定の時間(量)の学習は必須だが、それだけにとどまらず学習方法(質)の工夫についてもっと注目すべきである。さらに、学習の「量」と「質」のあり方を左右する「学習意欲」と、それら学習行動全体に影響を及ぼす「保護者」や「指導者・教材」のかかわりを含めて図1のようなモデルをつくり、「学力」を向上させるよりよい学習のあり方に関する実証研究を行っている*1。その詳しい結果については、改めてデータとともにお伝えするが、おおよそ次のようなことがわかってきた。

*1:多様な「学力」を測定することが困難なため、この実証研究では成績や得意なこと・苦手なことの自己評価などを用いている。以下では、それらを「学力」と仮定するが、今後は多様な「学力」を実際に測定して、相互の関連を見ることが求められる。

 

図1 学力に影響する要因 

 

① 学習の「量」

 

  1. 学習時間の確保:学力は学習時間に相関する。一定の学習時間を確保することは、学力の向上に必要である。
  2. 生活全体のコントロール:成績がよい子どもの生活を分析すると、メディア(テレビや携帯電話・スマートフォンなど)の利用時間が短い傾向がある。学習時間の確保のためには、生活全体をコントロールすることが重要である。

 

 学習時間を増やすことは大切である。しかし、忙しい生活のなかで、学習時間を増やすにも限りがある。さらに、比較的短い時間で学習の成果を上げている子どもがいるのも事実だ。そこで、時間以外に学力を規定する要因は何かということが大事になる。比較的短時間で成果を上げている子どもの分析を行うと、彼らが質の高い学習をしている様子が見えてくる。

 

② 学習の「質」

 学力が高い群と低い群に分けて学習方法を分析すると、たくさんの異なる点が明らかになる。そのなかでも、とくに効果的と思われる学習方略は、たとえば次のようなものだ。

 

  1. プランニング:学力の高い子どもは、「目標を立てて勉強する」「計画を立てて勉強する」「何から勉強したらよいか順番を考える」といった、学習行動の全体像を組み立てる力に長けている。
  2. モニタリング:さらに、「勉強の計画がうまくいっていなければ見直す」「重要なところはどこかを考えて勉強する」「何がわかっていないか確かめながら勉強する」「テストで間違えた問題をやり直す」といった具合に、進めている学習の状況をモニタリングして修正できるかどうかや、学習をふりかえって見直すかどうかが、学力を大きく左右する。
  3. 意味理解:学習内容の意味をしっかり理解しているかも重要だ。「問題を解いた後にほかの解き方がないかを考える」「○つけをした後に解き方や考え方を確かめる」といったことを通して、学習内容が十分に理解できているかを多面的に確認する行動も、学力との相関が強い。

 

 これらの学習方略は学力の向上に大きく役立つという事実の一方で、学力が高いからこのような方略に沿った学習ができるという面もあろう。学習がうまくいっているかどうかについて自己の状況を客観的にとらえる力を「メタ認知」と呼ぶが、その獲得は発達段階によっても異なる。すぐに実現できないことも事実だ。しかし、単に覚えればよい、できるようになればよいという学力観を脱して、どのようにやるかが大切だというプロセス重視の学力観を身につけさせたい。加えて、発達段階に応じて、学習習慣の定着といった「量」の問題だけでなく、「質」を高める学習方略も身につけていきたいものである。発達に応じた学習方略の獲得は、学力向上の重要なカギである。

 

③ 学習意欲

 直接的には学習の「量」と「質」が学力を規定するが、そのいずれにも影響を与えているのが「学習意欲」である。学習意欲を高めて行動に向かわせることを「動機づけ」と呼ぶが、動機づけは次のように分類できる。

 

  1. 内発的動機づけ:内容に対する好奇心や関心によってもたらされる動機づけ。「学習内容が面白くて楽しい」「新しいことを知ることがうれしい」など。
  2. 外発的動機づけ:内容そのものではなく、外的な目的や理由によってもたらされる動機づけ。
2-A.
同一化的動機づけ:学習者自らの価値観や信念と一致した理由による動機づけ。「学習内容が生活に役立つ」「将来、いい学校に入りたい」など。
2-B.
取り入れ的動機づけ:周囲の価値観や実行しない場合の不安などによる動機づけ。「子どもは勉強しないといけない」「友だちに負けたくない」「テストの準備をしないと不安」など。
2-C.
外(発)的動機づけ:義務や賞罰、強制などによってもたらされる動機づけ。「先生や親に叱られたくない」「成績が良いとご褒美がもらえる」など。

 

 子どもたちの学習意欲の実態を調べると、学力が高い子どもは、とりわけ「内発的動機づけ」や「同一化的動機づけ」に関する数値が高い。これに対して、学力が低い子どもは、「取り入れ的動機づけ」や「外(発)的動機づけ」の数値が相対的に高い傾向がある。

 「内発的動機づけ」や「同一化的動機づけ」が学習時間(学習の「量」)に影響することは、経験的にも理解できる。学習内容が面白かったり、意味を感じたりしていれば、おのずと学習時間は長くなるだろう。だが、私たちの研究では、それが学習の「質」にも大きな影響を与えていることが明らかになった。「内発的動機づけ」や「同一化的動機づけ」の有無は、プランニング、モニタリング、意味理解などの学習方略を実行しているかどうかという学習の「質」にも関連している。

 

④ 保護者、⑤ 指導者・教材

 ここまでで見えてくるのは、学力が高い学習者は、学習そのものの面白さや学習目的といった動機をもち、生活全体をコントロールしながら一定の学習時間を保つとともに、学習行動の上でも計画やふりかえりなどのさまざまな工夫を行っているということだ。裏返していえば、そうした工夫をした学習を続けているからこそ、学習内容の理解が進み、勉強が楽しくなるという好循環が生まれる。

 子どもがその循環を作れるように支援するのが、保護者や指導者・教材の役割だろう。保護者のかかわりで言うと、「勉強の計画を立てるのを手伝う」「解いた問題の○つけをする」「繰り返して覚えさせる」「勉強していてわからないところを教える」といった直接的な働きかけよりも、子どもの好奇心を喚起して、考えるヒントを与えたり、学習内容を身近なことに関連づけて考えさせたりするような間接的な働きかけの方が効果は高い。主役は子どもであり、子ども自身がどれだけ思考しているかが大切だ。指導者・教材の働きかけも同様である。作業として覚えたり練習したりするだけでなく、そこにどれだけ子どもが思考するプロセスがあるか。そのことを意識した指導が求められる。

まとめに代えて

 実際に子どもの学習行動を変えるのはたやすいことではない。学習意欲が保てないなかで、強制的に、あるいは義務として「作業」を課すことから始めなければならないことがあるかもしれない。しかし、それでは、子どもに必要な力は身につきづらい。子どもたちが大人になったときに求められるのは、きっと自ら思考・判断して、仲間と協力しながら問題解決に当たれる力であろう。知識や技能は、時代によって、また職業によって異なる。だが、自分で学習の目的を定め、方法をコントロールし、周囲のリソースを活用しながら学ぶ力は、状況を問わず必要である。そうした主体的に「学びつづける力」を、子どもたちに身につけてほしいと思う。

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著者プロフィール

木村 治生
ベネッセ教育総合研究所 主任研究員 東京大学客員准教授

ベネッセコーポレーション入社後、初等・中等教育領域を中心に子ども、保護者、教員を対象とした意識や実態の調査研究、学習のあり方についての研究、教育市場(産業)の調査などを担当。文部科学省や経済産業省、総務省から委託を受けた調査研究にも数多く携わる。専門は社会調査、教育社会学。これまでにかかわった主な調査研究・論文は以下の通り。

その他活動:東京大学社会科学研究所客員准教授(2007年、2014年)、中央大学非常勤講師(2005~2008年)など

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