初等中等教育研究室

調査・研究データ


  第Ⅰ部 「子どもの生活と学び」プロジェクトの概要

第1章 「子どもの生活と学び」研究プロジェクトについて―プロジェクトのねらい、調査設計、調査対象・内容、特徴と課題(木村治生)

東京大学社会科学研究所とベネッセ教育総合研究所は、子どもたちの自立や成長のプロセスと、そこに影響を与える要因を明らかにするために、「子どもの生活と学び」研究プロジェクトを立ち上げた。本書は、このプロジェクトの一環で行った2015~2018年のパネル調査の結果についてまとめたものである。この章では、プロジェクトの概要、実施している調査の全体設計、調査対象者の抽出と回収状況、3種の調査(ベースサーベイ、卒業時サーベイ、語彙力・読解力調査)の主な内容について解説を行う。国内外の先行調査を参照し、①サンプル規模の大きさ、②小1~高3の学年幅の広さ、③毎年全学年に調査を行うマルチコーホートである利点、④親子ペアでのデータ取得、⑤データの内容・種類の豊富さといった、本調査ならではの特徴を挙げる。同時に、データが膨大であることに伴う運営上の問題、調査内容に関する限界など、現時点における研究上の課題を検討し、今後の展望を述べる。





第2章 「親子パネル調査」におけるサンプル脱落の実態と評価(岡部悟志)

本章の目的は、親子パネル調査におけるサンプル脱落の実態を把握しその評価を行うこと、その上で、今後のサンプル脱落の解決へ向けた実践的な議論を行うことである。同一ユニットを追跡するパネル調査では、サンプル脱落が生じることがしばしば批判の対象となる。その批判の背景には、サンプル脱落に伴う2つの問題性がある(三輪2014)。1つは、分析サンプル数が少なくなること(量的問題)であり、もう1つは、サンプル脱落が系統的に生じることで継続サンプルの属性等が歪むこと(質的問題)である。本章では、サンプル脱落が抱える2つの側面に着目し、まずはその実態の把握を試みた。その結果、親子パネル調査におけるサンプル脱落は、量的にも質的にもクリティカルな問題は生じていないことが確認された。さいごに、パネル調査から得られるエビデンスの質を左右するサンプル脱落について、今後も継続して検証していく必要性を指摘した。





第3章 子どもの生活実態と人間関係の状況(木村治生)

この章では、毎年実施しているベースサーベイのうち、子どもを対象とした生活関連の調査項目と人間関係・価値観関連の調査項目について、成長に伴う変化を記述している。その一つは、生活実態の変化である。この点については、子どもがどのように時間を使っているか(生活時間)と、どこで遊んでいるのか(遊び場所)の2つの側面から生活の様子を概観した。もう一つは、人間関係の変化である。これについては、親子でどのような話をしているのか、保護者からどのよう働きかけを受けているのか(親子関係)と、友だちとの関係にどのような意識を持っているのか(友だち関係)の2つの関係性を扱った。「時間」「空間」「人間関係」の3つの「間」から子どもの自立や成長を読み解いたが、それらは学年だけでなく、男女や居住地域によっても異なる。こうした子どもの置かれている環境も考慮して、成長の過程を明らかにすることを試みた。





第4章 子どもの学習に関する意識と行動―学年による違いに着目して(木村治生)

子どもの学習意識や行動、校外学習の選択は、学年があがるにつれてどう変わるのか。これまで、小学1年生から高校3年生までを幅広く俯瞰できるデータは、ほとんど存在しなかった。この章では、幅広い学年のデータを取得している本調査の特徴を生かして、①学習行動……学校外の学習時間、学習方略、②学習意識……勉強の好き嫌い・悩み、教科の好き嫌い、学習動機、③学習選択……習い事・通塾の状況、学校外教育費といった基本的な学習関連の項目について、学年による違いを記述している。分析の結果から、学習に関する意識・行動は、受験のある学年(小6、中3、高3)に特徴的に表れやすい項目と、受験の有無にかかわらず成長に伴って緩やかに変化する項目があった。こうした変化を追いかけることで、学習者としての自立のプロセスとそのための要件を検討するのが、本章のねらいである。





第5章 保護者の子育ての実態と子育てによる成長・発達(邵勤風)

本章では、毎年実施しているベースサーベイのうち、保護者調査の主な結果を検討する。

保護者調査は、子どもの成長・発達に与える保護者の影響を明らかにするとともに、子育てによる保護者自身の成長・発達を捉えることを目的に行っている。本章では、この2つの側面から調査結果を概観している。主には保護者の子どもの教育に関する意識や、子育ての重要な行動の一つである保護者の価値伝達の実態、養育態度やかかわり、子育ての悩みや気がかりに関する特徴を検討する。さらに子育てを通して、保護者自身の行動や態度に生じた変化についても確認し、保護者の成長実感に影響する要因を考察する。本章を通して、保護者調査の全体像を捉えられればと考える。





第6章 高校生活の振り返りと進路選択―「卒業時サーベイ」の主な結果から(野﨑友花)

本章では、高校卒業時に実施する「高校生活と進路に関する調査 2018」の結果について記述している。卒業時サーベイは、①高3生は学習や生活でどのような経験や体験をしてきたのか、②どのようなプロセスを経て進路選択をしているのか、③将来に対してどのようなイメージを持っているのか、④自分自身の「自立」の状況をどのように評価しているのか、を明らかにするものとして設計されたものである。

このような調査の特徴をふまえ、本書では高校生活や進路選択について、性別や行動別の結果を載せている。本章を読み進めると、「高校生活の満足度が高い子ども」や、「進路選択に対して積極的に取り組んでいる子ども」の特徴が具体的にわかる。また、進路選択だけではなく、将来展望におけるジェンダ-差も検討しており、高校生のリアルな実態と意識を読み取ることができる。





第7章 「語彙力・読解力調査」のねらいと今後の課題・展望(岡部悟志)

本章では、親子パネル調査のアンケートを中心とした分析データ基盤の上に、異なる学年間や調査時点間で比較可能な能力スコアを付加することの意義を述べた上で、じっさいに試行的に行われた初回調査の調査設計と、回収結果の状況や基礎分析の結果について紹介している。測定した能力は、親子パネル調査が対象とする小学生から高校生までの幅広い学年に適用でき、さまざまな資質・能力の基盤となる能力と考えられる「語彙力」と「読解力」である。いずれも項目反応理論(IRT: Item Response Theory)に基づく能力テストであり、そこから得られた個々の能力スコアは一元的な尺度上に配置され、異なる学年間や調査時点間を理論的な背景をもって自由に比較することが可能となる。さいごに、初回調査の基礎分析を通して今後も継続して調査し比較分析できるデータが得られたことを確認した上で、第2回目の調査へ向けた課題と展望を述べた。







  第Ⅱ部 子どもの成長に影響を与える要因の分析

第8章 家庭の社会経済的環境と子どもの発達(石田浩)

本章では、家庭の社会・経済・文化的な環境が、その家庭に育つ子どもの発達とどのような関連があるのかを考察している。本書で用いる親子ペアパネル調査は、家庭に関する正確な情報を子どもではなく親から聞き取っているというメリットがあると同時に、様々な学校段階にある子どもを対象としているので、出身家庭の多様な環境が、小学校・中学校と教育段階を経る中で子どもの発達にどのような影響を及ぼしているのかを明らかにすることができる。

さらに本章では、出身家庭に外在的なショックが加わったときに、そのショックに対応できる家庭とできない家庭の違いを見ることで、出身家庭の格差を明らかにする。ここで取り上げる外在的ショックは、誕生月である。早生まれの子どもは、その学年で一番「幼く」、肉体的・精神的発達に関して不利であることが指摘されてきた。本書では、このような早生まれによる不利がみられるのか、その違いは学校段階により軽減されていくのかを検証する。そして早生まれの効果が、出身家庭の環境により異なるのかを分析し、恵まれた家庭では、早生まれによる不利を最小限とし、有利な家庭環境により「埋め合わせる」ことができるのかを検証する。





第9章 子どもの自律的な進路選択に親への信頼が与える影響(大﨑裕子)

子どもの自由な進路選択は、どのような親子関係のもとで可能か。

進路に対する希望、すなわち「将来どの学校段階まで進学したいか」は、子ども自身が自由に決定できることが望ましい。ところが実際は、子どもの進路希望には、親の教育期待、すなわち「子どもに将来どの学校段階まで進学させたいか」が少なからず影響している。とくに教育機会の格差の文脈においては、親の教育期待の低さが子どもの進路希望を抑制することが問題となる。

親が一貫して大学進学に否定的であるとき、経済的に自立していない子どもにとって、そのような親の意向は簡単には無視できない。にもかかわらず、子どもがあきらめずに大学進学を希望するのはどのようなときか。逆にどういった場合に、子どもは大学進学の希望を捨ててしまうのか。そこに親子の関係性はどう影響しているか。

本章では、日頃から子どもが親に対して抱く信頼感の度合いが、親の教育期待と子の進路希望の関連に与える影響について、親子パネルデータから検討する。





第10章 思春期の子どもに保護者は何ができるのか―学業成績への影響を手がかりに(香川めい)

思春期の親子関係は難しくなることが少なくない。保護者は子どもに何ができるのだろうか。本章は、保護者の子どもへの関わり方や教育意識を中心に、子どもの成長に伴うその変化、そして、子どもの学業成績への影響をみることで、この問題を考えていく。

影響力はそれほど大きくないものの子育て法や教育意識は子どもの学業成績と関連している。その経路には、子どもの成績や勉強に関連する直接的なもの、そして環境面での変化をもたらしうる間接的、非意図的なものの2通りがある。前者に属する保護者の教育熱心度は総じてどのような子どもに対しても学業成績を高める効果がある。一方で後者の作用の仕方は子どもの学業成績によって異なる。下位層では抑圧・統制的子育て法の一貫した負の効果が観察され、上位層では、自尊心・自主性や自己効力感の育成に価値を置くことに正の効果があった。このような知見は、思春期の子どもを持つ保護者に適切なモニターとコントロールの方法に関するヒントを与えてくれるものとなるだろう。





第11章 「大学全入時代」における高校生の進路選択―高校の学力ランクと学科の影響に着目して(佐藤香・山口泰史)

現在は「大学全入時代」と言われているが、2019年度の文部科学省の調査によれば大学進学率は58.1%にとどまっている。ただし、専門学校進学率が23.8%で、大学進学率との合計は82.8%となり、高卒後には大多数が何らかの教育機関に進学していることになる。

こうしたなかで高校生はどのようなタイミングで、どのような進路を選択しているのだろうか。高校生の進路選択では、進学でも就職でもタイミングが非常に重要になる。受験勉強の開始時期が遅れれば進学が難しくなり、進学資金の準備も早めに始める必要がある。就職でもタイミングを逃すと就職試験を受けることもできなくなってしまう。高校の進路指導は、タイミングの重要性も含めて進路選択を支援しているが、その進路指導も高校種別によって異なる。

本章は、高校1年生から高校卒業時までのパネル調査データをもちいて、高校生の進路選択が収束していく過程とその規定要因を、家庭と高校の2つの側面から明らかにしようとした研究である。





第12章 学習方略の使用は勉強への動機づけにどのような影響を与えるか(小野田亮介)

本章では、子どもにたずねた「勉強への動機づけ」と「学習方略」に関する質問項目を分析対象とし、学習方略の使用が勉強への動機づけに与える影響について検討している。従来、動機づけと学習方略の関連については、「動機づけの質や程度に応じて学習方略の使用傾向が異なる」といったように、動機づけを学習方略の先行要因とした知見が多く見いだされてきた。これを「動機づけ→学習方略」の関係性と表現するならば、本章の試みはその逆である「学習方略→動機づけ」の関係性を検証することにある。学習方略が動機づけの先行要因となることが示されれば、学習方略に対する指導(例:何が分かっていないか確かめながら勉強するように促す)を起点とした動機づけ支援の方法を考えることができる。本章では、先行研究で有効性が示されてきたいくつかの学習方略に焦点を当て、方略ごとに勉強に対する動機づけへの影響を検証することで、どのような学習方略が動機づけ支援に効果的であるかを考察している。





第13章 将来の夢と出身階層(藤原翔)

子どもたちの将来の夢や就きたい職業は、たびたびテレビやネットで取り上げられることもあり、世間の関心を集めている。なるほど、男子ではYouTuberやサッカー選手の希望が多いこと(ただし本調査ではそれほど多くない)、女子ではパティシエ、保育士、看護師の希望が多いことは、日本社会に生きる子どもたちの働き方についての意識や考えを読み解く上で興味深い。しかし、子どもたちの職業希望がどのように異なるのか、また、その背後にある社会的問題については十分に意識されていないようだ。本研究は、学年とともに職業希望がどのように変化するのかという基礎的な分析に加え、それが社会経済的状況よって異なっているかどうかを明らかする。職業をどのように分類するのかについては様々な方法があるが、専門職の希望に加え、そのなかでも特に有利とされているSTEM(Science、 Technology、 Engineering、 and Mathematics)職業や職業の社会経済的位置にも注目した検討を行っている。こういった様々なかたちでとらえた子どもたちの夢や将来像が、親の学歴、職業、収入と関連していることが本研究の分析から明らかになる。





第14章 中高生の部活動時間が学習時間に与える影響-パネルデータ分析による効果推計(須藤康介)

本章の目的は、中高生の部活動時間が学習時間に与える影響を、同一個人を追跡したパネルデータの分析を通して明らかにすることである。部活動は、昨今の学校改革の中でも大きく注目されていることの一つであり、「ブラック部活動」という言葉によって、部活動が教師にとって過大な負担となっていることも議論されている。それでは、生徒にとって、部活動に時間を費やすことはどのような影響をもたらしているのだろうか。より問いを限定すれば、中学生・高校生にとっての「本業」とされることもある学習時間に対して、部活動はどのように影響しているのだろうか。本研究では、通俗的にしばしば語られる「部活は勉強のジャマになっていない」と「部活を頑張った人は引退後に勉強を頑張る」という2つの命題について、その真偽を検証する。また、中学生と高校生の違いにも注目し、部活動が学習時間に与える影響が両者で異なる様子も明らかにする。





第15章 社会経済的地位が教育意識・行動と進路に与える影響―進学した高校の偏差値を規定する要因の検討をもとに(木村治生)

子どもの学力や獲得される学歴が、家庭の社会経済的地位(Socio-economic Status:SES)によって異なることは、多くの先行研究でも明らかにされてきた。この章では、それらの先行研究を踏まえつつ、教育意識・行動と進路の分化について、①学校段階による違いを明らかにすること、②多面的・総合的な検討により変数相互の関係を明らかにすることの2点をめざしている。分析では、SES(尺度)が「学校の成績(アウトカム)」「学校外教育費」「親子の進路希望」「学習時間」「学習方略」にどの程度の影響を与えているのか、その効果の大きさが学校段階によって異なるのかを確認した。そのうえで、高校進学を例に挙げ、それらの変数が進学した高校の偏差値をどのように規定しているのかについて、パス解析を行った。それらの結果からは、相対的に平等性が高い高校受験においてもSESの影響は大きいが、それを克服するのにどのような介入が効果的かを検討する手がかりを得ることができた。

















 書籍刊行のお知らせ『子どもの学びと成長を追う―2万組の親子パネル調査の結果から』

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