あスコラ Vol.6
『「遊び」と「不便」が学びを深める』

あスコラVol.6『「遊び」と「不便」が学びを深める』

「あスコラ」とは

 さまざまな領域の専門家が一堂に会し、熱い議論を繰り広げる
“一期一会の小さな学校”、あスコラ。
それぞれの知見や経験、思いを語り合い、納得したり、刺激を受けたり、新しい発想が浮かんだり――。
教育に本気で向き合う大人の議論によって生まれる学びの場の様子をお届けします。

登壇者(五十音順)

川上浩司氏
「効率化」や「自動化」の逆に位置付けられる「不便」という観点から、人工物のデザインについて考える、京都大学デザイン学ユニット特定教授。
関戸博樹氏
「すべての人が元気になれる地域」をモットーとして、冒険遊び場づくりを行うプレイワーカー。
佐藤昭宏氏
「青年期の社会化」に関心を持ち、中等・高等教育領域を中心に調査・実践研究を行う、ベネッセ教育総合研究所高等教育研究室研究員。

コメンテーター

林信行氏
最新テクノロジーが暮らしにもたらす変化を伝えるITジャーナリスト。(「あスコラ」ボードメンバー/コメンテーター)

遊びと不便が学びに与える可能性を考える

ベネッセ教育総合研究所 石坂編集長
ベネッセ教育総合研究所 石坂編集長

石坂 皆さん、ようこそ、「あスコラ」へ。今回は、「遊び」と「不便」の効用で学びがいかに深まるのか考えてみたいと思います。

 たとえば、子どもたちは未就学期には専ら遊びなどによって経験主義的に学んでいますが、小学校では系統主義的な教科学習が始まるので、その変化に適応しづらくなる「小1プロブレム」という現象があります。

 この「小1プロブレム」については、かつてベネッセ教育総合研究所に寄稿して下さった無藤隆先生は、「幼稚園・保育園と小学校の接続カリキュラム」と「人間関係を維持する力と学びに向かう力を育てる遊び場」の必要性を説かれています。

 本日は、「不便益」という観点から、モノやシステムのデザインを捉える研究をされている川上浩司先生と、プレイワーカーとして「遊び」を通じて子どもと大人のコミュニティづくりに携わる関戸博樹さんをゲストにお招きしました。「不便益」と「遊び」をキーワードに学びを深める可能性について考えてみたいと思います。

 まずは、「プレイワーカー」という少し聞きなれない職業に就かれている関戸さんから、お話を伺いたいと思います。

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参加者と遊び場を創りあげるプレイワーカー

プレイワーカー 関戸氏
プレイワーカー 関戸氏

関戸 関戸博樹と申します。冒険遊び場のプレイリーダー(プレイリーダーは冒険遊び場で働くスタッフの呼称)を中心に、児童館や学童、保育園・幼稚園などさまざまな子どもの遊び場に関わるフリーランスの「プレイワーカー」を職業としています。

 大学時代に社会福祉を専攻していて、施設実習で福祉施設を訪れたことがきっかけで、「施設のなかで職員や利用者が“やるべきこと”を日々こなすだけでなく、地域に出て “やりたいこと”をして過ごせるような取り組みはないだろうか。」と考えるようになりました。そのときに出合ったのが、冒険遊び場(プレイパーク)です。地域社会のなかで、人がやりたいことを応援する場所として展開している冒険遊び場に魅力を感じ、大学卒業後は東京都渋谷区にある「渋谷はるのおがわプレーパーク」に常駐プレイリーダーとして就職しました。

地域住民の親睦を目的とした焼き芋を主宰する関戸氏(一番右)
地域住民の親睦を目的とした焼き芋を主宰する関戸氏(一番右)

 私が携わる冒険遊び場では、遊びに来る方々と運営する側のスタッフとの境目をなるべく設けないように工夫しています。準備や後片付けもなるべく一緒にやるようなスタイルで場を開いているため、参加者の方には少し不便かもしれません。ですが、不便を感じながらも取り組んでもらうことが、実は子どもにとっても、大人にとっても、喜びにつながるのではないかと感じています。子どもの遊びを支えつつ、親御さんや地域住民にもオープンな場でありたいと考えながら、冒険遊び場づくりに取り組んでいます。

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「不便益」という視点からみる環境・デザイン

川上 京都大学デザイン学ユニット特定教授の川上浩司です。私は工学部の出身で、情報学を専門としてきました。元々はデザインを行うAIの開発をしていたのですが、今は、不便の効用、つまり「不便益」に着目したモノやシステムのデザインを研究対象としています。

京都大学デザイン学ユニット特定教授 川上氏
京都大学デザイン学ユニット特定教授 川上氏

 「不便益」 とは、不便の益(benefit of inconvenience)を示す造語です。「手間がかからず、頭を使わなくてもよいこと」を「便利」と定義するならば、「不便」は、手間をかけ、頭を使って対処する必要があります。こうして手間をかけたり、頭を使ったりしなければならないからこそ、「不便でよかった」「むしろ不便でなければダメだった」といわれるものがあると考えています。

 たとえば、保育園や幼稚園の園庭。「園庭」と聞くと、皆さん平らな土地を想像されると思うのですが、近年、わざとデコボコをつけた園庭を作っている園があります。園児にとっては、地面が真っ平らな方が移動するのに便利で、追いかけっこもしやすい。しかし、移動に不便な段差やデコボコがあることで、追いかけっこ以外の遊びを能動的に考え、工夫する余地が生まれるんです。このように不便であるからこそ工夫する余地を生み出せるデザインを、「不便益デザイン」と呼びます。

 もう1つ例を挙げると、関戸さんも活動の一環として焼き芋をすることがあると思うのですが、芋を焼くために行う焚き火にも不便があると感じています。焚き火をするためには、植物由来のものだけをかき集めて火をつけなければならないので、燃やせるものとそうでないものを分別する手間をかける必要があります。翻って、私が住んでいる自治体では、ゴミ収集にあたって可燃物と定義される範囲が非常に広く、行政が市民に分別の手間をかけさせない、つまり“不便をさせてくれない状態”になっていると感じています。住みはじめた当初、包丁が可燃物の例として書かれているのを見て驚いたことを今でも覚えています。

石坂 焚き火という言葉が出ましたが、「子どもがいる場所で焚き火をする」という行為自体が、不便なようにも感じます。特に幼児を連れている場合、子どもが火に近づかないように大人は常に気を配らなければならないですし…。

関戸 確かに、子どもを危険にさらす可能性があるものは、大人にとって不便ですよね。そうした危険性をはらむものに対して、冒険遊び場では、「子どもに必要なもの」と「子どもから排除しなければならないもの」を分ける考え方があります。前者は、子ども自身が危険を見極めながらチャレンジできる範囲のもので、焚き火から焼き芋を取り出す場面などが挙げられるでしょう。後者は、子どもには危険性の予測や対処が難しいと考えられるため、大人が排除しなければならないものです。焚き火の近くに缶に入った油が置かれていた場合、油の特性をまだ知らない年齢の子どもには、それが思いがけない火災につながりうることが予測できません。したがって、大人が介入する必要が生まれるわけです。

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“遊び込む”経験と「学びに向かう力」の関係

ベネッセ教育総合研究所高等教育研究室研究員 佐藤氏
ベネッセ教育総合研究所高等教育研究室研究員 佐藤氏

佐藤 ベネッセ教育総合研究所で幼年期から成人期にかけての社会化をテーマに研究をしています、佐藤昭宏です。関戸さんと同じく2児の父で、「渋谷はるのおがわプレーパーク」をはじめとする冒険遊び場に子どもを連れて行くなかで、そこのスタッフの方と知り合いになり、登壇者である関戸さんと出会いました。

 私は基本的に「子どもや学生の問題は社会的につくられる」という考え方に立って、日々の調査・研究活動を行っています。子ども自体を変えようとするよりも、その子どもが置かれている環境に着目し、それを変えることで問題解決を図ろうとすることに関心があります。たとえば、親の関わり方や学校での先生の指導の仕方などですね。よって、「○○には、□□な環境や働きかけが有効である」といったエビデンスを創出したり、発信することがあります。こうした根拠は、改善の方向性を検討する上で参考になりますが、一方で、過度に発信されることで、子どもが本来気づきを得るために必要な寄り道や手間を奪っているのではないか、と自戒も含めて感じることがあります。親子がより能動的な生き方をするための選択肢を増やすような情報の伝え方がとても重要だと感じます。

 ここで、ベネッセ教育総合研究所内の次世代育成研究室が年長児の保護者を対象に実施した、『園での経験と幼児の成長に関する調査』の一部をご紹介させて下さい。

『園での経験と幼児の成長に関する調査』で明らかになった関連性

『園での経験と幼児の成長に関する調査』で明らかになった関連性 出典:佐藤氏投影資料
※「学びに向かう力」について
本調査では、子どもの育ちとして「好奇心」「協調性」「自己統制」「自己主張」「がんばる力」を「学びに向かう力」と設定して、園生活との関連を調べた。「学びに向かう力」は生涯にわたり、社会生活を営むうえで基盤となる力である。

出典:佐藤氏投影資料

 この調査を通じて、“遊び込む”という経験が、子どもの「学びに向かう力」、すなわち「好奇心」「協調性」「自己統制」「自己主張」「がんばる力」を育んでいる、と考察されました。さらには、“遊び込む”経験や協同的な活動を行うためには、「自由に遊べる環境」や「先生の受容的な関わり」が重要であるという関係性も明らかになりました。2018年4月から実施される新要領・指針(新幼稚園教育要領、保育所保育指針、幼保連携型認定こども園教育・保育要領)では、幼児教育において育みたい資質・能力を、遊びを通して育むことの重要性が改めて示されています。一人の親としては、今回の結果をうけて、より具体的な「自由に遊べる環境」づくりのヒントや「先生の受容的な関わり」を行ううえでの視点や観点を知りたくなりました。

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「自分史上最高 」が自己肯定感を育む

「遊び」に分類される行為であっても、それを子どもが自分の意思でしているのか、大人にやらされているのかで意味が変わってくる
写真提供 関戸氏
          

関戸 “遊び込む”という表現、非常に興味深いですね。そもそも「遊び」とは何かを考えてみると、私たち大人からみると「遊び」に分類される行為であっても、それを子どもが自分の意思でしているのか、大人にやらされているのかで意味が変わってくるのではないでしょうか。よく例として出されるおもしろいフレーズに、「先生、この大縄跳びが終わったら遊んでもいいですか?」というものがあります。大人は大縄跳びをすることが「遊び」だと思っているのですが、子どもからすると、やらされている大縄跳びは「遊び」ではないんですね。子ども自身の意思で「遊ぶ」のと、大人の意思で「遊ばされる」のには、大きな違いがあります。

「自分史上最高 」が自己肯定感を育む
写真提供 関戸氏
          

 「遊び」を通じて育まれるものの1つに、「自分のものさし」、つまり「自己肯定感」や「非認知能力」があります。大人の視点では、かけっこが速くなったり、木に登れるようになったり、というスキル面での成長をつい重視してしまいがちです。しかし、やりたい遊びをすることで、「他人と比べると不格好かもしれないけれど、自分のなかでは最高だ。」という自分史上最高の体験を積み重ねて、自己肯定感を育んでいくことの方が子どもにとって重要なのではないでしょうか。冒険遊び場では、すべてを子ども主体で考えているからこそ、子どもに何を「させるか」という視点で運営をシステム化することはできないと考えています。

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子どもにとって「不便益」な環境づくりのポイント

子どもにとって「不便益」な環境づくりのポイント

佐藤 親として、“遊び込める”環境をつくる難しさを感じることがあります。たとえば、子どもがトランポリンが好きで、休日によくスポーツセンターに遊びに行くのですが、大人気のトランポリンには週末になると行列ができます。やんちゃなうちの娘は、他の子が並んでいるところに乱入することがありました。私としては、親ではなく、他の子から注意されたり、子どもたち同士のやりとりを通じてルールがあることや自分たちでルールをつくることに気づき、状況を乗り越えていってくれることが理想です。しかし現実は、娘の親である私に介入を求める周囲の視線やプレッシャーを感じ、つい口を出してしまうことがありました。子どもの遊びを親が見守る際に、親がどう関わるべきか、本当に難しいなと思います。

関戸 ベネッセ教育総合研究所 次世代育成研究室が出された『幼児の生活アンケート 東アジア5都市調査2010』のなかで、「お子様に、将来どのようになってほしいと思いますか。」という設問があるのですが、「他人に迷惑をかけない人」になってほしいという回答が東京では3番目に多く、他都市と比べても多いのが特徴的だと感じています。

子どもの将来に対する期待

子どもの将来に対する期待  出典:『幼児の生活アンケート 東アジア5都市調査2010』(ベネッセ次世代育成研究所)
※10項目の中から3つまで選択。
※母親の回答のみ分析。
※各都市の上位3位までを①②③と表示。
※ 「のんびりと生きる人」について、ソウルでは「精神的に余裕をもってゆっくり生きる人」とたずねている。

出典:『幼児の生活アンケート 東アジア5都市調査2010』(ベネッセ教育総合研究所 次世代育成研究室)

 「他人に迷惑をかけさせたくない。」という親御さんの気持ちはよく分かるのですが、大人が自分の経験や知識から先回りして介入してしまうと、その子が気づきを得る機会を奪ってしまう可能性もあることを、知っておく必要があります。大人には教えたいという欲求があるため、たとえば、トンカチを持っている子どもを見たら、「その使い方は間違っている。」と、つい口を出してしまいがちです。でも、子ども自身は常に人生で初めての経験を積み重ね、未知の発見を繰り返し、成長していきます。子どもが本当にできなくて困っているとき、つまり「どうしたらいいの?」と聞いてきたときにだけ、きちんと答えてあげるべきなのです。自分の納得がいくまで困り果てることができる経験には、子どもが自分で気づきを得られるという「不便益」があると思っています。

川上 「不便益デザイン」は、手をかけさせてくれる余地があることに意義があると考えています。関戸さんが今おっしゃったことは、まさに子どもが苦労する余地を与える「不便益デザイン」ですよね。

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ビジネスシーンでも「不便な仕掛け」は活かせる

ITジャーナリスト 林氏(あスコラボードメンバー/コメンテーター)
ITジャーナリスト 林氏(あスコラボードメンバー/コメンテーター)

 ITジャーナリストで、あスコラボードメンバーの林信行です。幼児教育のテーマからは少し外れますが、ビジネスの世界でも「不便益デザイン」は生まれています「違う部署の人たちが交わることで新しいアイデアが生まれる」という思想の下、あえてオフィス内に人がたまりやすい不便な動線をつくったり、飲み物や軽食を常備するコーナーを設置したり…。20世紀につくられた大量生産型のオフィスだと、どこも同じような机が並び、同じようなレイアウトで、同じような風景が並んでいることが多いのですが、近年はオフィスにこれまでにはなかった価値を求めて、「不便な仕掛け」を取り入れる企業が増えています。

 こうした変化が生まれるなかで、この「不便な仕掛け」の意図が分からず、うまく活用に結びついていないケースがあるのも現実です。「不便な仕掛け」をうまく機能させるため、プレイワーカーのように、環境を有機的に使うためにちょっとした後押しをする人の介入が、大人の世界にも必要なのかもしれません。

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不便が大人のコミュニティにもたらすもの

関戸 子どもだけでなく、大人もきちんと社会に参加して、「自分が何かしらの影響を与えることができる。」という感覚を持つことは大事だと考えています。個人的には、以前渋谷でお会いした方に伺った、「仕事」と「生業」に関する話が頭に残っています。昔は、「仕事」を地域に貢献する活動、「生業」を生きるために稼ぐ活動と定義していたけれど、今は稼ぐことも「仕事」と呼ぶので、昔のように「生業」と切り離して地域に貢献する活動をする人が少なくなったそうなんです。地域活動が減ると、地域のなかでの居場所もなくなってしまいますよね。

渋谷はるのおがわプレーパークに設置されている看板(出典:佐藤氏投影資料)
渋谷はるのおがわプレーパークに設置されている看板(出典:佐藤氏投影資料)

 地域社会における暮らしにしても、子育てにしても、「ちょっと不便だけど、ちょっと関わってみよう。」と意識を向けるだけでも事態は変わっていくと思うんです。私が携わっている冒険遊び場づくりも、運営はNPO法人だったり、任意団体だったり、いろいろな形態がありますが、どれも自分たちの暮らしに当事者意識を持った人が一歩踏み出して、不便なことをやりながら環境を変える試みだと捉えています。公園の利用一つとっても、行政に任せきりにするのではなく、「あなたたちと同じように私たちが苦情にも対応するので、良ければこの公園の運営責任を私たちに引き受けさせてもらえませんか?」というスタンスで冒険遊び場づくりをしているつもりです。「苦情をいうこともある市民が自分たちと同じ方向を向いてくれている。」と行政職員の方々にはもの珍しく見られますが…。

 親御さん自身が、受け身でも遊べる「不便」を伴わないプログラム満載の世の中で生きてきたので、その感覚を引きずり、子どもの遊びをサービスとして受け止める人が多い印象を受けています。「自分が主体性を持って遊ぶ」という感覚のない方々が冒険遊び場に来ると、親も子も何をすればよいか分からず、最初は立ち尽くしてしまうんですね。でも、子どもはどんな子であれ、実は「やりたい」という気持ちを持っている場合が多いので、その背中をうまく押してあげるような環境のデザインを試みています。たとえば、遊び道具がきれいに整頓されていると、使ってよいのかどうかが分からず、子どもは戸惑ってしまいます。すごく些細なことなのですが、あえて散らかした状態で置いておくことで、「遠慮しなくていいんだ。」という感覚になって、自然と道具を手に取ってもらえたりするのです。

 確かに、転ばぬ先の杖が多すぎというか、今は何でもかんでも完全な状態がサービスとして提供されすぎていて、「不便」を感じることも、それを打破するために主体性を持って行動することも少なくなってしまっていますよね。逆に、子どもが自分たちで主体性を持って工夫できる余白を意図的に取り入れていく必要があるのかもしれません。

関戸 「不便でおもしろい」が1つのキーワードだと、個人的には感じています。親子で完結しないとか、誰かの力を借りたり、迷惑をかけたりしなければ成り立たない「不便な空間」におもしろいものがあると、自ずと人のつながりが生まれると思うんです。「不便な空間」で主体的に遊ぶ子どもとともに新たな気づきを得て、「一緒に穴掘りませんか?」というような会話が大人にも生まれることで、最終的には大人にとっても参加型の居場所になっていくと信じています。

石坂 ここまで、オフィスや冒険遊び場という施設面での「不便益デザイン」についてお話いただいたのですが、何かの制度や社会システムといった側面で「不便益」なデザインがされている事例もあるのでしょうか。

「左折オンリーツアー!」の広報(出典:川上氏投影資料)
「左折オンリーツアー!」の広報
(出典:川上氏投影資料)

川上 私の仲間内で行っているものにおいては、まだ社会制度やシステムという大々的なものにまで発展しているものはありません。ただ、ある地域に根差した試みと捉えるならば、京都府京都市左京区で開催された「左折オンリーツアー!」を例として挙げることができます。このツアーでは、「左折しかしてはいけない」というルールを設けました。ご存知の通り、京都というのは碁盤の目の町なので、左折しかできないことに不便はあるものの、町を回ること自体は比較的容易にできますし、ルールに則って細い路地に入っていくと、必ずといってよいほど新しい発見があるのです。ビジネスとして成立させるにはまだまだ課題ありですが、京都の地理的特性と「不便益」を組み合わせた、大人にもおもしろいツアーだと感じています。

石坂 なるほど。子ども同伴であっても、そうでなくても、大人が「不便」と向き合うことができるツアーというわけですね。

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主体性から、他者へ働きかける能動性へ

石坂 前回のあスコラでも林さんがスティーブ・ジョブズの言葉を引用しておっしゃっていたように、自分が関わる身近なところで、小さなことでもいいからとにかく周囲に影響を与えたり、環境を変える経験を持つことが生きていくうえで重要だと、これまでの皆さんのお話を聞いて改めて感じました。それが子どもにとっては、遊びのなかで経験できることなんですね。

 テクノロジーの力が増す現代、バーチャルリアリティなどの最新テクノロジーを通じていくらでも遊びが与えられうる方向に進んでいると感じています。そうした環境のなかで、どう主体的にテクノロジーや便利なサポートと向き合い、うまく共存するか。人によってテクノロジーやサポートを必要とする割合は異なるので、画一的な指標を設けるのではなく、自分自身で適切な割合を試行錯誤しながらつかんでいくことが重要だと考えます。

 今日の議論で出てきた、「不便にみえるけれど、実は価値があること」という不便益の考え方にしても、「遊ばされるのではなく自ら遊ぶ」という遊びに対する姿勢にしても、人間として生きているからこそ感じられる能動性だと思うんです。受動的な姿勢でも不自由を感じることの少なかった親世代が、子どもたちに対して能動的な生き方をするチャンスを与える価値に気づき、それを実行することは、決して簡単ではないでしょう。しかし、テクノロジーと資本主義による便利さの波が当然のように押し寄せている今、それに人間の力でもって意識的に対峙をしていくことは、必要不可欠なのではないでしょうか。

川上 私は、不便益のことを「ノスタルジー」、つまり「昔はそれでよかったよね。」という見方で捉えられるのは、嫌なんです。不便なものを古いものとみなすのではなく、まさに能動的になれる余地があると考えて、「これからつくり込んでいく」という意欲や姿勢が重要だと感じています。

石坂 本日は、ありがとうございました。

あスコラ Vol.6 集合写真
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主宰者より御礼

不便益追究のために携帯電話を一度も所有されたことがない川上先生。
今回の「あスコラ」収録の日は台風の影響で、先生が京都から東京へ
無事に来られるのか、直前まで電話やメールで確認できない状況でした。
ですから、会場に姿を現された瞬間は本当に嬉しかったですし、そのことをお伝えすると
「石坂さんの今の喜びが、私が携帯を持たないことによる不便益です」とニッコリ。
また、関戸さんが言われた、自分の創意工夫で周囲の環境に働きかけられることが
遊びであり大人にも必要なこと、というお話は実に説得力がありました。

今回の「あスコラ」で感じたのは、
幼児教育無償化議論などにおいても、福祉の充実や待機児童解消の観点は勿論のこと、
良質な遊びを実現するような保育や教育環境が担保されていることも前提条件になる
のではないだろうか、ということでした。
最近、公園の注意書は「〇〇はしないこと」という禁止事項のオンパレードです。
心配なのは、遊びに制限や条件が多すぎると、それはもはや遊びではなく、ある意味で
思考停止のまま繰り返される単なる暇つぶしになってしまうことです。
そこで育まれたであろう学びに向かう力や、夢中になって新しい世界や自分に出会う
経験の機会が得られないままだとすれば、それは私たち大人の責任でしょう。

不便と遊びで、子どもも大人も成長できる可能性がたくさんあることが分りました。
川上先生、関戸さん、ありがとうございました!

登壇者プロフィール

川上浩司(京都大学デザイン学ユニット特定教授) ウェブ上で「不便益システム研究所」を開設、代表を務める。京都大学で人工知能を学び、岡山大学で助手として人工知能や進化論的計算を援用した設計支援の研究に従事。京都大学助教授(後に准教授)として、人と人工物の関係を考え直し、「自動化」に代わるデザインの方向性を模索。2014年より現職。著書に「不便から生まれるデザイン」(化学同人)、「不便益という発想」(ミシマ社編、インプレス)「不便益:手間をかけるシステムのデザイン」(近代科学社)など。
川上浩司(京都大学デザイン学ユニット特定教授)
ウェブ上で「不便益システム研究所」を開設、代表を務める。京都大学で人工知能を学び、岡山大学で助手として人工知能や進化論的計算を援用した設計支援の研究に従事。京都大学助教授(後に准教授)として、人と人工物の関係を考え直し、「自動化」に代わるデザインの方向性を模索。2014年より現職。著書に「不便から生まれるデザイン」(化学同人)、「不便益という発想」(ミシマ社編、インプレス)、「不便益:手間をかけるシステムのデザイン」(近代科学社)など。
関戸博樹(プレイワーカー) フリーランスのプレイワーカー。冒険遊び場、児童館や放課後児童クラブ、保育園・幼稚園など、全国の子どもの遊び場づくりに関わり、コーディネートやスタッフ研修を行っている。2児の父でもあり、長男が1歳半から3歳半になるまでの2年間を主夫として過ごし、主夫としての経験を活かした親向け講座なども行っている。大妻女子大学非常勤講師。著書に「子どもの放課後にかかわる人のQ&A50」(学文社・共著) がある。特定非営利活動法人日本冒険遊び場づくり協会、一般社団法人日本プレイワーク協会など複数の団体で理事を務める。
関戸博樹(プレイワーカー)
フリーランスのプレイワーカー。冒険遊び場、児童館や放課後児童クラブ、保育園・幼稚園など、全国の子どもの遊び場づくりに関わり、コーディネートやスタッフ研修を行っている。2児の父でもあり、長男が1歳半から3歳半になるまでの2年間を主夫として過ごし、主夫としての経験を活かした親向け講座なども行っている。大妻女子大学非常勤講師。著書に「子どもの放課後にかかわる人のQ&A50」(学文社・共著) がある。特定非営利活動法人日本冒険遊び場づくり協会、一般社団法人日本プレイワーク協会など複数の団体で理事を務める。
佐藤昭宏(ベネッセ教育総合研究所高等教育研究室研究員) 入社後、初等中等教育から高等教育分野まで幅広く、子ども・保護者・教員を対象とした実態調査や私教育市場に関する調査研究の設計・分析を担当。近年は大学や専門学校を中心とした高等教育機関や地方自治体の教育委員会との実践研究を通じた教育の質向上に関する調査・研究・開発活動に従事。生涯学習時代における学校教育と職業・社会のつながり方、青年期の主体的なキャリア形成を支援する場のデザインに関心を持っている。文部科学省「専修学校版デュアル教育推進事業」(2016)、「職業実践専門課程等を通じた専修学校の質保証・向上の推進事業」(2017~)事業推進委員
佐藤昭宏(ベネッセ教育総合研究所高等教育研究室研究員)
入社後、初等中等教育から高等教育分野まで幅広く、子ども・保護者・教員を対象とした実態調査や私教育市場に関する調査研究の設計・分析を担当。近年は大学や専門学校を中心とした高等教育機関や地方自治体の教育委員会との実践研究を通じた教育の質向上に関する調査・研究・開発活動に従事。生涯学習時代における学校教育と職業・社会のつながり方、青年期の主体的なキャリア形成を支援する場のデザインに関心を持っている。
文部科学省「専修学校版デュアル教育推進事業」(2016)、「職業実践専門課程等を通じた専修学校の質保証・向上の推進事業」(2017~)事業推進委員
林信行(ITジャーナリスト) 最新テクノロジーは21世紀の暮らしにどのような変化をもたらすかを取材し、伝えるITジャーナリスト。国内のテレビや雑誌、ネットのニュースに加えてソーシャルメディアで発信。また、コンサルタントとして、これからの時代にふさわしいモノづくりをさまざまな企業と一緒に考える取り組みも。iOSコンソーシアム顧問。一般財団法人 ジェームズ ダイソン財団理事。「あスコラ」ボードメンバー/コメンテーター。
林信行(ITジャーナリスト)
最新テクノロジーは21世紀の暮らしにどのような変化をもたらすかを取材し、伝えるITジャーナリスト。国内のテレビや雑誌、ネットのニュースに加えてソーシャルメディアで発信。また、コンサルタントとして、これからの時代にふさわしいモノづくりをさまざまな企業と一緒に考える取り組みも。iOSコンソーシアム顧問。一般財団法人 ジェームズ ダイソン財団理事。「あスコラ」ボードメンバー/コメンテーター。
石坂貴明(ベネッセ教育総合研究所 BERD 編集長、「あスコラ」主宰) アメリカでホテル開発に従事後、ベネッセコーポレーションへ移籍。ベネッセ初のIRT(項目反応理論)採点の検定試験開発、社会人向け通信教育事業ユニット長など主に新規事業に多く関わる。その後、移住・交流推進機構の総括責任者として「地域おこし協力隊」制度など立ち上げに参画、2013年より現職。「まなびのかたち」、「CO-BO」、「シリーズ・未来の学校 」、「SHIFT」などをプロデュース。 グローバル人材のローカルな活躍、日本の伝統と学びのデザインに関心。
石坂貴明(ベネッセ教育総合研究所 BERD 編集長、「あスコラ」主宰)
アメリカでホテル開発に従事後、ベネッセコーポレーションへ移籍。ベネッセ初のIRT(項目反応理論)採点の検定試験開発、社会人向け通信教育事業ユニット長など主に新規事業に多く関わる。その後、移住・交流推進機構の総括責任者として「地域おこし協力隊」制度など立ち上げに参画、2013年より現職。「まなびのかたち」、「CO-BO」、「シリーズ・未来の学校 」、「SHIFT」などをプロデュース。 グローバル人材のローカルな活躍、日本の伝統と学びのデザインに関心。

※プロフィールや所属団体等は取材時のものです。
【企画制作協力】(株)エデュテイメントプラネット 高藤さおり、山藤諭子、柳田善弘

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【あスコラ】記事一覧

Vol.1 『僕たちが考える最高の授業!』

Vol.2『誰もが学びにアクセスできる社会とは?』

Vol.3 『実践者と考える! これからの新しい学びが地域や社会に果たす役割』

Vol.4 『学び続けるための思考と身体』

Vol.5『VUCAな時代に子どもたちに伝えたいこと』

Vol.6『「遊び」と「不便」が学びを深める』