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激しい社会変化のなかで、子どもの生活や学びもどのように変化しているのか。
その変化を多面的、継続的に捉えるために、ベネッセ教育総合研究所と東京大学社会科学研究所は共同研究プロジェクトを立ち上げました。そこで実施された調査の結果データを、いま多くの研究者たちが分析しています。本プロジェクトデータから得られた洞察と仮説をもとに、社会課題の解決の糸口を模索しています。
研究論文には書ききれなかった思いと展望を、研究者自身が伝えます。

育休世代のジレンマは「仕事と育児」から「仕事と教育」の両立問題にシフトしているか?
~「両親の帰宅時間が子どもの成績や母親の両立葛藤に与える影響」研究から


中野 円佳
  • 中野 円佳

    東京大学男女共同参画室特任研究員/教育学研究科博士課程。2007年東京大学教育学部卒、日本経済新聞社。 14年、立命館大学大学院先端総合学術研究科で修士号取得、15年4月よりフリージャーナリスト。厚労省「働き方の未来2035懇談会」、経産省「競争戦略としてのダイバーシティ経営の在り方に関する検討会」 「雇用関係によらない働き方に関する研究会」委員。著書に『「育休世代」のジレンマ~女性活用はなぜ失敗するのか?』『上司の「いじり」が許せない』『なぜ共働きも専業もしんどいのか~主婦がいないと回らない構造』。 キッズラインを巡る報道でPEPジャーナリズム大賞2021特別賞。シンガポール5年滞在後に帰国。


「仕事と育児」から「仕事と教育」へ

 「仕事と育児の両立」問題が議論されて久しい。拙著『「育休世代」のジレンマ』は2012年に実施した調査をもとに、正社員総合職女性が増える中で、育児休業は取得することができても、復帰後の両立がままならない問題を論じた。

 それから10年。当時、1~2歳で育休復帰後の葛藤を感じていた「育休世代」の母親たちの子どもは、小学校高学年となり、人によっては中学受験を控える年齢になっている。 母親たちに近況を尋ねると、保育園時代よりも子どもの勉強に寄り添えないことに頭を悩ませ、仕事とのバランスにジレンマを感じている。折りしも、中国や韓国の研究では教育競争の過熱ぶりから専業主婦を選ぶ母親たちもいることが伝えられ、 日本でも受験漫画が話題になっていた

 「仕事と育児の両立」はいつしか「仕事と教育の両立」にシフトしてきているのではないか。子どもの教育に頭を悩ませる親たちの問題は、ケアする人がいなければ命がままならなくなるような乳幼児の時期の悩みとは異なり、 私的な問題と捉えられがちではある。しかし、私的なものと捉えられる悩みが深刻であれば、そして社会構造的にその悩みが作られていれば、女性の労働市場での就労や指導的地位の女性比率の上昇にも影を落とすに違いない。 そのような問題意識から、働く親たちがどのように学齢期の子どもの教育と仕事の両立をしているのかについて分析をおこなった

 分析は、親の帰宅時間と母の両立葛藤についての質問項目を含む「子どもの生活と学びに関する親子調査 Wave2、2016」(ベネッセ教育研究所)のデータにおいて、親のかかわりが重要と考えられる小学生のうち、 子どもの成績が明らかな小4~小6を対象とした。調査対象者のうち女性の3割弱が専業主婦で、仕事がある場合の母親の帰宅時間は15時よりも前、15~17時、17~19時がそれぞれ2割強で、父親は全体的に母親より遅い傾向が見られた (図

グラフ
(図)両親の仕事がある日の帰宅時間(非該当は専業主婦)

母親の育児資源と罪悪感の関係

 先行研究では親の就業形態や親子の過ごす時間と子の成績にかかわりがないと結論付けるものもあるが、とはいえ、小学生にとっては、親の帰宅時間が遅ければ、影響が全くないわけはないのではないか。 そう考え、仮説としては、両親の帰宅時間が遅いと、親子のかかわりが減り、それが子の成績や子の自己肯定感悪影響を与えるという関係性を想定した。他方で、両親の帰宅が遅くても、祖父母や夫婦の育児・家事分担や、 学校外教育の活用によっては、克服できる可能性もあるのではとも思い、母親以外の育児資源との関連を見ることにした。また、働く母親たちが、子どもと十分に時間を過ごせていないことに罪悪感を持ちやすいことは 質的研究を中心に国内外で指摘されているが、とりわけ帰宅時間が遅く十分なかかわりを持てない場合や教育期待が大きい場合に、母親は両立についての悩みを抱えやすくなるのではないかと考え、これらを仮説として設定した。

 分析結果から見えてきたことは、まず、両親の帰宅時間が遅くても、「勉強をみる」などの親子のかかわりが減るとは限らないということだった。にもかかわらず、両親の帰宅時間が遅いと、子どもの成績に悪影響があることは仮説通り確認された。 また、通塾は成績にプラスの効果を持つものの、祖父母の支援は効果がなく、外部資源は帰宅時間の悪影響を打ち消さないことも分かった

 なぜ帰宅時間が成績に悪影響を及ぼすのかのメカニズムは本分析では明らかにならず、今後の研究に宿題を残すことになった。一方で親の「できるだけいい大学に入れるように成績を上げてほしい」といった教育期待や 「競争に負けた人が幸せになれないのは仕方ない」という自己責任意識が高く、子どもの家庭での学習時間が長い場合は成績にポジティブに働き、かつ両親の帰宅時間の悪影響を弱めることがわかった

 また、成績ではなく自己肯定感を見た場合には、両親の帰宅時間が影響を及ぼしておらず、親子のかかわりや、祖父母の関わりや父親と過ごす時間なども子どもの自己肯定感を高める効果が確認できた

 母親の両立悩みのほうはどうか。帰宅時間を考慮に入れた母親の両立悩みへの影響については、帰宅時間が遅いと「仕事と家庭の両立」の悩みを抱えやすいことは仮説通り、確認された。 母親自身が趣味やスポーツの時間を取れていることは悩みを抱えにくくする効果があったが、帰宅時間のネガティブ効果を打ち消すようなものではない

 「できるだけいい大学に入れるように成績を上げてほしい」といった教育期待の高さと「仕事と家庭の両立」の悩みを抱えやすいかどうかは必ずしも関連がなく、それよりも「競争に負けた人が幸せになれないのは仕方ない」 といった自己責任意識が悩みを深めていることが分かった。母親の葛藤については、父親の子どもへの関与が多いほど悩みを減らしている。

「家庭内教育力」格差を超えて

 総じて言えることとしては、祖父母の支援のような外部資源の効果は限定的で、あくまでも夫婦ともに早く帰ることが成績や母親の両立葛藤に対しては有効であるということだ。 一方で、成績については、教育期待が高く学習習慣を身に着けられていれば影響を抑えられること、また、子どもの自己肯定感には帰宅時間は影響を与えていないという結果は共働きの親としては胸をなでおろす結果になったかもしれない。

 ただし、教育格差の視点を付け加えれば、夫婦双方が教育にかかわることで問題を解決しようとする施策はパワーカップルとそうではないカップルの家庭内教育力の格差を生むため、階層の再生産を助長してしまう懸念がある。個人間の成績や悩みをどう克服するかということを超えて、国全体の施策を検討する際は、公教育の在り方や家庭で十分な支援が受けられない子ども向けの居場所づくりなどを含めて検証しなければならないだろう。

 当初の問題意識につながった「仕事と教育の両立」問題については、先行研究で指摘されている教育競争が激しいアジアの国々での「教育する母」の様相に比べれば、本分析では母親の両立葛藤が必ずしも成績や教育期待と結びついておらず、 日本の母親たちの多くが「仕事と教育の両立」問題に直面していると言うには時期尚早であるかもしれない。

 日本の女性の就労を巡る課題は職場側に起因するものや夫の職場に起因するものも多々あり、また教育観や教育戦略もまた、非常に多様であることが予想される。帰宅時間が与える影響や「仕事と教育の両立」の悩みと切り抜け方について、 夫婦の役割分担の組み合わせや子どもの特性なども含めて質的調査でなくては解き明かせない点もあると考えられる。今後他国と似たような様相が観察されるのかと合わせて、帰宅時間の影響のメカニズムについても研究を続けたい。

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