「貧困が引き起こす子どもの就学・進学問題」フォーラム
キッズドア編【後編】

貧困に直面する子どもたちに、キッズドアが展開する学習支援というサポート。支援の中で支援者たちが大切にしていることを、キッズドア代表の渡辺由美子さんに伺いました。さらに私たち一人ひとりが「子どもの貧困」とどう向き合っていったらよいかについての示唆もいただきました。

「偏差値って何?」と聞く子どもたちがやる気になる瞬間

▼キッズドアの各種支援

キッズドアの各種支援

渡辺さんたちが運営するキッズドアでは、学習支援を活動の主体にしている。子どもの貧困に注目が集まった2009年にキッズドアの活動が新聞に掲載された際、その記事を見て寄せられた数多くの問い合わせの中で、最も多かったのが学習支援に関するものだったからだ。

以来、キッズドアでは大学生や社会人ボランティアが、低所得やひとり親、生活保護、児童養護施設、母子生活支援施設の子どもたちを対象に、無料の学習会やキャリア教育、体験活動を行っている。2011年に起こった東日本大震災以降は、仙台に拠点を構え被災家庭の子どもたちにも同様の支援を行っている。

なかでも情報提供は、キッズドアの重要な支援内容だ。「タダゼミ」は高校受験を控えた子どもたち向けの対策講座だが、ここへやってくる貧困家庭の子どもたちは、高校受験に関する情報をほとんど持っていない子が多い。そもそも受験の仕組みを知らない。志望校も決まっていない。塾に行かないので有料の統一模擬試験を受けた経験がなく、「偏差値って何?」と聞く子もいる。こうした子どもたちには、高校受験の仕組みや、合格するために何をすればよいのかをわかりやすく説明する。仕組みがわかれば、何に向かって何をすればいいのかが具体的にわかるので、勉強をやる気になったり、成績が上がったりする子がいるという。

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カギは本気でぶつかる大人の存在

学習支援は基本的にマンツーマンでの指導が行われるが、子どもたちにつく指導役はあえて固定していない。これは、普段は多くの大人と接することができない子どもたちがなるべく多くの学生や大人たちと話す機会が生まれるように、と配慮してのことだ。

学習支援にやってくる子どもたちのほとんどは、家で勉強する習慣がない。当然、最初は宿題を出してもやってこないし、テストをすると言っても勉強をしてこない。こうした子どもたちの反応も貧困が関係していると渡辺さんは言う。

「貧困の子どもたちは、周囲から期待される経験がほとんどありません。宿題を出されても、それを自分がやってくるだろうと相手が期待していると思わないのです。けれど指導役の学生たちは、宿題やテスト勉強をしてこなかった子どもたちに本気で語りかけ、ときに叱ります。」叱られた子どもたちは、「この人はもしかして、自分が勉強をしてくると期待しているのかもしれない」と感じ始め、わずかながらテスト勉強をしてくる。そうすると、少しだけ成績が上がる。そのことに指導役は本気で喜び、子どもを褒める。褒められると、勉強に対してやる気が出てくる。このようなスパイラルが回り始めると、子どもが自ら勉強をするようになるのだという。

▼キッズドアの生徒に合わせた学習指導

キッズドアの生徒に合わせた学習指導

出典)キッズドア

親の収入が少ないと、塾や習い事に通うことができないだけでなく、家が狭くて勉強する空間がなかったり、親が昼も夜も仕事をしていれば姉弟の面倒を見なければならない子もいます。勉強をしたとしても、ささいな疑問を聞ける相手がいない。親自身の学力が低く、勉強を教えられない家庭も多いのです」と渡辺さんは語る。だからこそキッズドアの学習支援で、勉強する「場所」「時間」「相手」「経験」を提供する意味は大きい。

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キャリア教育でも顕著な成果

キッズドア代表 渡辺由美子さん

2007年に設立し、活動内容を徐々に充実させてきたキッズドア。「タダゼミ」等の学習支援の場は広がり、今年は東京、東北をあわせて27拠点で無料の学習会を運営している。年末からは福岡でも学習会をスタートする予定だが、日本全国から学習支援開催についての問合せが入っており、支援の場はまだまだ必要とされているという。

学習支援は貧困の連鎖から子どもたちを救い出すための非常に有意義な施策だが、貧困という複雑な問題に対して、他団体との連携も不可欠だと渡辺さんは語る。「貧困層の親子はさまざまな背景を抱えています。専門的な知識を持ってそれぞれの問題に対応していただける団体と連携し、私たちからもその団体につなげるような体制をとることの重要性はますます高まっています。」

活動の場が広がることで、新たな展望も見えている。例えば東京のある都立高校との取り組みだ。その高校は生徒の中退率が高く、学力の低い学生も多い。卒業後進学もせず、就職もしない進路未定の子も一定の割合でいる。高校中退や卒業後の進路未定は低学歴・低収入の連鎖を引き起こしかねないことから、同校でのキャリア教育と土曜日の補習という形でキッズドアによる学習支援をスタートしたところ、当初の想定以上の効果があったという。「最初の1年目にこの取り組みに参加したのは数名でしたが、活動を進めていくうちに生徒自身が変わっていくのが目に見えてわかりました。その結果なのか、驚くことに翌年には『自分も参加したい』という生徒が100名以上になったのです。さらに、このような取り組みを学校案内で紹介した結果、その高校の志願者数が増えるという効果もありました。」

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教育への支出は、「よりよい次世代社会」への投資

ここに、PISA(※)読解力についての習熟度別生徒割合の推移を示すグラフがある。最下層であるレベル1未満の層について、渡辺さんは「習熟度レベルが1未満の層は、教科書に書かれている内容を理解することができず社会生活に支障が出てもおかしくないレベルで、生活保護予備軍ともいえる層」だと解説してくれた。貧困の連鎖が進むということは、貧困の子が習熟度レベル1未満や1といった低学力層から抜け出せない状況ができてしまうということだ。そしてこの層の人たちが生活保護を受けるという流れが固着してしまえば、そこには少なくない額の税金が投入されていくことになる。

▼習熟度別の生徒の割合の推移(PISA読解力)

習熟度別の生徒の割合の推移(PISA読解力)

※PISA…Programme for International Student Assessment/OECDが進めている、国際的な学習到達度に関する調査。レベル1未満は「最も基本的な知識・技能を身につけていない」レベルとされる。

学習支援により貧困の連鎖を断ち切ることのメリットを明確にする、こんな試算もある。

たとえば、高校に進学できず、中学を卒業してすぐにフリーターになった子がいるとする。その後も不安定な就業を続け、40歳からは月額8万円の生活保護を受け始め、そのまま75歳になったとすると、その子が35年間で受給する生活保護の総額は3,360万円。一方、同じ子が教育支援を受けて高校に進学することができ、その後大学も卒業して中小企業の正社員になれた場合、その子の生涯賃金は2億6,000万円、生涯で収める税金は3,010万円に上る。その差額は6,370万円だ。

渡辺さんはこうも語る。「生活保護は一度受給し始めると、そこから抜け出すのはかなり難しいのです。また、生活保護受給者の子どもは生活保護受給者になりやすい、という連鎖の関係も見えてきています。学習支援をすることで子どもの進学を後押しすることは、生活保護受給者を減らすための予防策にもなり得るのです。」高校を卒業できるかどうかは、その子の就職先を大きく左右する。だからこそ、まずは高校に入るため、また入った子が学力をつけて卒業するための学習支援にキッズドアは力を注ぐ。

▼生活保護と納税から見る社会のコストメリット

生活保護と納税から見る社会のコストメリット

出典)キッズドア

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貧困を自己責任とするか、みんなの問題と捉えるか

「子どもの貧困率」というショッキングな数字が認知されるようになって数年。貧困は日本が国をあげて取り組んでいかなければならない社会問題である、という認識は確実に広まっており、解決への意識も高まってきてはいる。キッズドアのような学習支援も拡大している。けれど、貧困家庭やその子どもたちに対する各種支援に諸手をあげて賛成している人たちばかりではない。「昔はみんな貧乏だった。自分の家もお金はなかったが、自分は努力して進学した。貧困からは、自分次第で抜け出せるはずだ」と言う人もいる。

このような意見に対し、渡辺さんは「その頃とは時代が大きく変わりました」と反論する。団塊の世代が大学に入る1971年の国立大学授業料は12,000円で、現在の物価に換算しても4万円以下である。しかし、2013年時点では約53万円と、物価変動があるにしても13倍以上に値上がりをしている。入学金を合わせると、現在は国立大学でも入学時に80万円以上が必要だ。

偏差値の高い大学へ行くには、塾で手厚い学習指導を受けた子と同じ土俵で戦わなければならない。子どもの頃の貧困は、健康面や精神面にダメージを与えることもある。親たちも、いったん非正規雇用につくとそこから収入を上げたり安定した職に就くのが難しいことが多い。一度貧困に陥ってしまうと、本人の努力だけでそこから抜け出すのが難しい状況になりつつあるのだ。

子どもたちが直面する貧困をあくまで個人の問題とし、その解決を自己責任として個人に任せるのか。それとも、みんなに関係する社会問題として捉え、解決策を考えていくのか。この問いに正解はない。しかし、貧困家庭で育つ子どもたちを日々目の当たりにしている渡辺さんは「貧困という状況を打破するときに大きなハードルとなるのが、周囲の貧困に対する無理解や、貧困をみんなで解決しなければならないという意識の欠落です」と話す。

一方で、「貧困に陥っている人たちを『かわいそうだから助ける』というのも違います」と言い切る。「ある子が貧困から抜け出すことができれば、その子は社会へ貢献できる側に回ることができます。貧困に苦しむ人への援助を、救済ではなく投資として捉えられるか。そしてそのリターン先を、個人ではなく『我々』として語れるかが、この問題を理解するための重要なポイントです」と渡辺さんが話すように、ひとりの子が貧困から抜け出すことは、社会へ貢献できる人材がひとり増えることを意味する。

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【企画・取材協力、執筆】(株)エデュテイメントプラネット 山藤諭子、柳田善弘

【取材協力】特定非営利活動法人キッズドア

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