CO-BO 親子ワークショップ実施報告

本記事の位置づけ

CO-BOではさまざまな立場で社会問題の解消に取り組む人から話を聞き、子どもの学びに関わる問題について、読者が『何を考えるのかを考える』ためのきっかけづくりをしています。

本記事は、CO-BOプロジェクトチームが「発達障害のある子どもたちの学びに関わる問題」をテーマに、状況改善のアプローチのひとつとして、親子のコミュニケーションを促す施策を考え、試行したワークショップの報告です。

もちろん、今回のアプローチはあくまで具体例のひとつであり、他のさまざまなアプローチがありえますので、別記事のきっかけシートと合わせて読者のみなさんが具体的に考えるきっかけとなれば幸いです。

BERD編集長 石坂 貴明


ワークショップの趣旨と目的
〜あらためて子どもの個性と向き合う場づくり〜

きっかけシート

▲ 画像をクリックすると拡大します。

特集「発達障害のある子どもたちの学びに関わる問題」では、さまざまな立場でこの問題に携わる有識者の方々にお話をうかがい、問題の構造について仮説をつくりました。
 この取り組みを通して、発達障害のある子どもたちには、ものごとの感じ方や捉え方に特徴があることが分かりました。さらに自身の気持ちを伝えたり、他者の気持ちを認識したりすることが苦手な子どもたちがいることも分かりました。

 

発達障害は、脳の中枢神経系の機能障害であることがわかってきています。本人の努力や生育環境により改善する特徴もありますが、障害自体は生まれつきのものであるため、改善が難しい特徴もあります。

保護者が自身の子どもの特徴に気がつかないと、障害による困難を努力不足とみなして傷つけてしまうこともある

保護者が自身の子どもの特徴に気がつかないと、
障害による困難を努力不足とみなして傷つけて
しまうこともある。

しかし、保護者が自身の子どもが発達障害と気づかない、もしくは発達障害と認めたくない場合、改善のために過度な努力を求めて子どもを傷つけたり、改善できないのは保護者自身の努力不足のせいだと傷ついてしまうケースもあります。

特にこの傾向は、発達障害と診断されないまま、通常学級での集団生活を始めることで表れるケースがあるようです。

 
保護者が自身の子どもの特徴に気がつかないと、障害による困難を努力不足とみなして傷つけてしまうこともある

ワークショップで使用したカード

このような状況をふまえ、子どもの感じ方や捉え方が自身と違うことを保護者が認識し、その子の個性にあらためて向き合うコミュニケーションの機会が重要であると考えました。そして、その場づくりの一例として親子で参加できるゲーム形式のワークショップを企画・開催しました。

なお、有識者の方々のお話から、発達障害のある子どもたちに使いやすい学習ツールは、そうでない子どもたちにも有益であるという示唆を得ています。そのため、本ワークショップのツールとして独自に制作したカードは、文字の大きさや一覧性などで発達障害のある子どもを意識したつくりとしており、より多くの子どもたちに活用してもらえることをめざしました。

 

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企画概要

       
主催: ベネッセ教育総合研究所 CO-BOチーム
企画・運営協力: 株式会社エデュテイメントプラネット、
アプライドインプロファシリテーター協会
実施日時: 2017年3月5日(日) 10:30-12:00
所要時間: 約2時間(アイスブレイク、ゲーム2つ+各自の発表)
参加者属性: 親子4組計8名(実施日時点の子どもの学年:年長2名、小学1年生・2年生各1名、全員発達障害の診断なし)
ねらい: 自己認識や他者とのコミュニケーションの前提として、気持ちに関わることばを楽しく習得し、自分がどのようなときにその気持ちになるのかを親子で伝え合う場作りをめざします。
また、発展的な取り組みとして、自分の気持ちを表現すること、相手の気持ちを読み取ることを体験します。

当日プログラム概要

時間プログラム概要
10:30-10:40 アイスブレイク、ゲーム説明・・・①
本ワークショップで行うゲームの進め方を確認する
10:40-11:00 ゲームの練習・・・②
親子で気持ちの意味を確認し、自分がそう感じる場面の共有する
11:00-11:15 休憩
11:15-11:50 練習成果の発表・・・③
自身の気持ちの表現を他者がどう捉えるかを確認する
11:50-12:00 終了 アンケート記入

 

①アイスブレイク、ゲーム説明

「違っていいんだ」で安心

今回は「たのしい」「さびしい」などの気持ちが書かれた13種類のカードを作成しました。

今回は「たのしい」「さびしい」などの気持ちが書かれ
た13種類のカードを作成しました。気持ちそれぞれに、
①幸福・喜び、②興味、③驚き、④恐怖、⑤嫌悪、⑥怒り、
⑦悲しみの7種類のアイコンを、その気持ちの要素として
添えました。

全員が輪になり、その中心に「うれしい」「ドキドキする」など、さまざまな気持ちが書かれたカードを広げて座りました。
 どのような気持ちを表すカードがあるのかを確認したあと、ファシリテーターが「おはよう」とあいさつをするときに込めた気持ちを参加者に当ててもらうという、ゲームのやり方を説明しました。

ここでは1つひとつの気持ちについて詳しく考えるというよりも、多くの気持ちに関わる言葉に無理なく触れること、また気持ちの感じ方に唯一の正解はないと確認することをめざしました。

 

②ゲームの練習:気持ちの意味の確認と場面の共有

「親子でも違うんだ」の発見

「普段、子どもはしっかり表現していたのに、都度返せていなかったと気づきました(参加した保護者)」というコメントもありました。

「普段、子どもはしっかり表現していたのに、都度返せ
ていなかったと気づきました(参加した保護者)」とい
うコメントもありました。

親子で、カードを利用してさまざまな気持ちの意味を確認しました。さらに、それぞれどのようなときにその気持ちになるのかを伝え合いました。
 たとえば、保護者が「どんなときに『はずかしい?』」と聞くと、子どもは「抱っこされているのを見られたら恥ずかしいかな」と答えていました。

また、ゲームの練習として、カードに書かれた気持ちになる場面をイメージしながら「おはよう」と言い、その「おはよう」にどのような気持ちを込めたのかを親子で当て合いました。
 「おはよう」という同じ言葉でも、異なる気持ちを表現することができることを確認することに加え、親と子それぞれが、どんな場面で、どんな気持ちになるのかを共有する場になりました。

 

③練習成果の発表

「みんなそれぞれ感じ方が違う」を実感

あらためて参加者全員で輪になって座り、参加者が順番に表現したい場面を思い浮かべながら「おはよう」とあいさつをして、そこに込めた気持ちを他の参加者が当てる、というゲームをしました。

親子でもあらためて気持ちを表したり、その気持ちを抱く場面を伝え合う場を持つことで発見できる一面もあったようです。

親子でもあらためて気持ちを表したり、その気持ちを抱
く場面を伝え合う場を持つことで発見できる一面もあっ
たようです。

ここでは、単に「当たった」「外れた」という評価ではなく、「私にはこう見えた」「僕にはこう見えた」ということを伝え合うことに重きを置きました。

他の参加者からの回答があった後、出題者が自分が込めた気持ちや、どのような場面でその気持ちになるのかを語ることで、自分と他者とでは感じ方や捉え方に違いがあることを確認しました。

自分がどんな場面でそのような気持ちになるのかを発表している子どもを見た保護者からは、子どもが想像以上に多様な気持ちを持っていることや、さまざまな表現でその気持ちを表していることにあらためて気が付いた、という意見も聞かれました。

 

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当日のアンケート結果から

参加した保護者の方々には、ワークショップを通して見えた「お子さまらしさ」や「意外な一面」などをうかがいました。

今回は「たのしい」「さびしい」などの気持ちが書かれた13種類のカードを作成しました。

純粋に語彙を増やすことも、表現を豊かにする方法
として有効なことが確認できました。

  • ・気持ちを表すときのジェスチャーが小さい子だと思いました。日頃、子どもなりに思いを表しているだろう時に、気づいてあげたいと思いました。
  • ・思っていたより表情や身振りで伝えられるということに気づいて嬉しかったです。
  • ・家の中では悲しいときに「どんな気持ち?」と聞くことがあるのですが、いつもは「イヤな気持ち」としか答えていなかったのに、今回はカードを通じてたくさんの表現が出たことに驚きました。
  • ・引っ込み思案、恥ずかしがり屋な性格だと思っていたけれど、物怖じせず表現していて親の見えてない面があると感じました。
 

今回のワークショップに参加した保護者は全員母親でしたが、「男性の方が気持ちを言葉で表現する機会が少ないので、父子あるいは親子3人でやるのも楽しいはず」というコメントもありました。

今回のワークショップを通して見えた成果と課題

まず成果として、保護者アンケートの結果からも、保護者が子どもの感じ方や捉え方、気持ちの持ち方やその表現方法についての特徴をあらためて認識できる機会となり、当初の企画意図は概ね達成できたと考えられます。

今回は「たのしい」「さびしい」などの気持ちが書かれた13種類のカードを作成しました。

親子だけでなく参加した子ども同士で話し合う
シーンもありました。

後日行なった有識者ヒアリングにおいても、相手の表情から気持ちを読み取ろうとする姿勢の形成に本ワークショップが寄与している点、「当たった」「外れた」を問わない設計となっている点は、評価していただけました。
 また、気持ちが書かれたカードを用意したことで、参加者はファシリテーターや他の参加者とカードを介してコミュニケーションを取ることができたため、リラックスして取り組めたように見えました。

一方、今回は親子のコミュニケーションで生まれた気づきを、ファシリテーターが第三者としてあらためて言語化することで、親と子が相手の気持ちをより深く理解することにつながっている印象でしたが、家庭内やより多人数でのワークショップ等で再現性を保てるかが課題といえます。

また、今回は参加者が低年齢であったため、自身の気持ちを素直に表現することに抵抗が少なかったことも成果につながった大きな要素である可能性があり、参加者の年齢が上がった場合の再現性も要検証事項であると考えました。

 

Editor's eye

今回は「たのしい」「さびしい」などの気持ちが書かれた13種類のカードを作成しました。

ワークショップ終了後、保護者がアンケート回答中に、
自然に遊び始める子どもたち

社会問題の解決や状況改善には、それぞれの立場で、それぞれができることを考え、実行していくことの積み重ねが有効であると考える。たとえば今回のように、問題構造の特定箇所に注目し、その改善の糸口になるようなワークショップを企画・開催することも、ワークショップに参加して目の前の子どもとあらためて向き合うことも、どちらも実行である。

社会制度の改善は影響が大きいのでもちろん重要だが、たとえ影響は限定的でも、問題意識を持ちながら具体的な実行を積み重ねていくことも、状況改善につながるのではないだろうか。

まずは知ること。そして、何を考えるかを考える。小さくても具体的な実行のために。

 

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有識者ヒアリング:榊原洋一氏のコメント

親子で行われたワークショップということで、親と子の自尊感情の違いを対象とした研究が思い出されました。ある実験では、5歳頃の子どもは親に比べて高い自己評価を行う(=自尊感情が高い)傾向がありました。一方、その実験では小学校生活をしばらく過ごした7歳の子どもの自尊感情が低下していることもわかっています。今回ワークショップに参加した未就学児~小学校低学年の子どもたちは、ちょうどその自尊感情が変化する時期にあたります。自尊感情が変化する時期の子どもたちが、今回のような「感情表現」を主題とする取り組みを行うことは、意義があると思います。

本ワークショップは、今後も多様な展開がありうると考えます。たとえば、感情表現が苦手な自閉症などの発達障害のある人が、まず相手の表情を読み取る練習を行い、その表情の特徴をふまえて自分も気持ちを表現するという訓練ができるでしょう。その場合、インプットである感情表現は他の参加者ではなく、気持ちの表出に長けているとされている役者の方々にロールプレイをしていただくと、より良いでしょう。実際に感情の動きと脳の働きを科学的に調べるときにも、感情レベルまでコントロールできる役者に参加してもらうことがあり、こうした方法は感情表現を学ぶ際にも有意義だろうと考えます。

また、今回のワークショップでは、「おはよう」というあいさつだけで異なる気持ちを表現する設定となっていましたが、「おかえりなさい」など、よりメッセージを込めやすい言葉や表現を取り入れると、気持ちをさらに表現しやすくなるかもしれません。同じ「おかえりなさい」でも、仕事で遅くなったのか、遊んで遅くなったのかで込められているメッセージは異なるでしょうから、感情も表しやすいのではないでしょうか。

感情だけでなく文化背景による認識の違いもあります。たとえばある実験では、外国人女性の写真の表情について、多くの日本人は「冷淡である」と捉えたのに、欧米では「同情的である」と捉えたそうです。顔の大部分を隠し、目のみ表出された状態で相手の気持ちを読み取ることができるかどうかの調査研究も行われています。発達障害以外の研究領域でも、今回の感情認識や表現を主題としたワークショップで実現できることは多々あると思います。

今後の展開を見越して、カードに記載されている気持ちの体系化をするとより良くなると感じています。たとえば、その気持ちが陽(プラス)か陰(マイナス)か、対人関係のなかで発生しうるものか個人活動の範囲で発生しうるものか、という観点で整理するだけでも、扱う気持ちの網羅性を保てたり、その分類領域によって自身が気持ちの認識や表現に得意・不得意があるといった傾向を理解することができるかもしれません。

<榊原洋一氏 プロフィール>
医学博士。東京大学医学部卒 小児科医。ベネッセ教育総合研究所常任顧問、お茶の女子大学名誉教授。「子ども学」の研究のためベネッセコーポレーションの支援のもと設立されたCRN(チャイルド・リサーチ・ネット)所長。日本子ども学会理事長。専門は小児神経学、発達神経学、特に注意欠陥多動性障害、アスペルガー症候群などの発達障害の臨床と脳科学。主な著書:「多動性障害児」(講談社+α新書)、「アスペルガー症候群と学習障害」(講談社+α新書)、「ADHDの医学」(学研)など。


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【企画・取材協力、執筆】(株)エデュテイメントプラネット 柳田善弘、山藤諭子、高藤さおり、
          社団法人アプライドインプロヴィゼーションファシリテーター協会 樋栄ひかる、相澤宏諒

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