シリーズ 未来の学校

鳥取県智頭町の教育イノベーション、
地域と共生する保護者がつくる「森のようちえん」

未来を生きる子どもたちは何をどう学ぶべきなのか
そこで大きな役割を果たす学校はどうあるべきなのか
「未来」といっても決して空想や夢物語ではない、実は
もう始まっている先端的な意味での未来の学校を探訪します。

2015年、鳥取県は自然に触れながら保育をする団体を独自に認証する「とっとり森・里山等自然保育認証制度」をスタートさせた。この制度は、年間を通して野外で保育を行う園に運営費を助成する取り組みで、全国初の試みとなる。本年度県内で認証を受けた6園の1つでもある、森のようちえん「まるたんぼう」は、そのユニークな住民自治の町づくりで話題の智頭町発の教育実践として注目を集めている。

まるたんぼうに通い始めると、子どもたちの体つきは変化し、ケガや病気をしにくくなり、忍耐力や集中力、コミュニケーション力が高くなるという。森には何があるのか、大人はどのように子どもたちに接するのか密着取材した。

制作協力:株式会社百人組
コメンテーター:林信行(ジャーナリスト)

 保険や大麻栽培を始めた町


11:45

鳥取空港から車を走らせること約1時間。鳥取県智頭町長、寺谷誠一郎氏とお会いした「山菜料理みたき園」は美しい渓谷にあった。

寺谷さんには数々の伝説がある。中でも、自身で所有するみたき園に人工の滝をつくったことは、地元では有名な話だ。地上数十メートルの崖の上まで水を汲みあげて流した滝の様子は、風流そのもの。

「約40年前、ここは何もないただの山でした。私が27歳のとき、ここに滝が流れて、それを眺めながらお酒を飲めればおいしいのではないかと馬鹿なことを思いつきました」と笑う、寺谷さん。嘘のような本当の話だ。

その後、滝が流れているだけではもったいないと山菜料理店を始め、茅葺屋根の古民家を何棟も移築した。今ではその一帯がまるで料亭の離れのような雰囲気になっている。

今年7月、安倍晋三首相夫人の昭恵さんが智頭町を訪れたのも「まるたんぼう」や麻栽培の畑を視察するためだ。同町は、麻栽培を昨年60年ぶりに復活させた。きっかけは、町にIターンで移住してきた人の提案だった。ご存じのように、日本では大麻取締法によって、その取扱いを厳しく制限されている。その麻を新たな産業にしようと目論んでいるのだ。

鳥取県智頭町長 寺谷誠一郎氏

鳥取県智頭町長 寺谷誠一郎氏

また、智頭町は2011年度から「疎開保険」という名称の、災害にあった人が被災地から智頭町へ疎開できる制度を自治体として初めて運用し話題になった。

話を聞けば、智頭町の町おこしの取り組み事例はまだまだある。ただ、一つだけはっきりと感じたのは、まるたんぼうをはじめとする新しい試みが芽生える土壌には、常識や前例にとらわれずに発想し、住民本位の姿勢を崩さない寺谷さんのような存在が不可欠だったということだ。

 当たり前すぎて気付かなかった森の価値

智頭町は面積の約93%が山林で、人口約8千人弱の町だ。山林のほとんどが杉で、別名「杉のまち」とも呼ばれている。以前は智頭杉の産地として林業が栄えたが、過疎化は進行していた。そんなとき、1997年に民間から智頭町長に就任したのが寺谷さんだった。

それまで、林業で潤っていた智頭町だが、木材の自由化で外材が輸入されたのを機に、一切事業にならなくなったという。山がお金にならない。寺谷さんも林業家の長男に生まれていただけに、斜陽する町への思いは切実だった。

2008年、智頭町は限られた財源を効果的に活用するために、住民の声を直接反映できる「智頭町百人委員会」を発足させた。委員は町民から公募する。鳥取市内から智頭町に移住して、後に「まるたんぼう」を立ち上げる西村早栄子さんも委員の1人だった。

智頭の町を駆け回る子どもたち

智頭の町を駆け回る子どもたち

「智頭町に移住してきた西村さんが放った 『こんな自然に囲まれたところで子育てができるなんて素敵!』という一言から、まるたんぼうは生まれました」と寺谷さんは述懐する。

「まさか山や森が教育のフィールドになるなんて、町民は誰も考えていなかったことですよ。それが今や、日本全国のみならず、世界中から移住者が集まってきています」と寺谷さんはいう。実際、昨年度はオランダとカナダから来た家族からそれぞれ1名ずつが、まるたんぼうに通園していた。

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