通常は、子どもたちの学ぶ現場をお伝えする「まなびのかたち」ですが、先に取材したCoderDojo柏とのご縁から、柏市教育委員会が主催する「プログラミングを教える先生向けの研修」が取材できましたので、番外編としてレポートします。

それは、プログラミング教育に限らず、新しい試みをしようとする自治体や学校にとっても大いに参考になる内容だと思います。多忙な先生たちの研修風景から伝わってきたのは、子どもたちのために新しい学びを実現するときの葛藤や工夫、そして、先生たちがまず楽しく学ぶという原点に立ち返ることの大切さでした。

BERD編集長 石坂 貴明


柏市教職員夏季情報活用研修講座 取材レポート

2017年度から、すべての公立小学校でプログラミング教育を

千葉県柏市は、2017年度から市内すべての公立小学校42校におけるプログラミング教育の実施を決めた。2020年度の小学校におけるプログラミング教育必修化についていまだ議論が続くなか、先駆けて市内の全校にプログラミング教育が導入されるのは、全国的にみてもかなり珍しい。本取材では、8月上旬に市内の柏第二小学校を会場にして行われた、教師を対象にしたプログラミング体験講座に伺った。

柏市が全校・全学級で実施している情報教育

柏市が全校・全学級で実施している情報教育

柏市では、すでに小学校1年生、3年生、5年生、6年生、中学2年生で、各学年に応じた情報リテラシーの到達目標を設定し、すべての子どもたちに身につけさせるための授業を実施している。今回のプログラミング教育は、新たに4年生の総合的な学習の時間を使い、Scratchを教材とした授業を2017年度から開始するというものだ。そのためこの講座では、参加者がScratchを実際に使って「プログラミングを体験する」ことが目的とされた。講座に参加したのは、柏市内の小学校で教鞭をとる教師の希望者たち。教える教科も学年もバラバラだ。

佐和伸明さん
佐和伸明さん
(柏市教育委員会 学校教育部 学校教育課 統括リーダー)

この講座は、柏市教育委員会が主催した。柏市のプログラミング教育実施について中心的な役割を担ってきた、学校教育課 統括リーダーの佐和伸明さんから、まずは参加者たちに柏市がプログラミング教育を実施する背景や教育内容、今後の予定などについての説明があった。実は柏市は、1987年から約10年間にわたり、LOGOというプログラミング言語をベースにした「ロゴライター」というソフトウェアを使って、小学校でプログラミング教育を実施していた実績がある。参加者のなかには教師や生徒としてこのプログラミング授業を受けた思い出のある人も数名おり、佐和さんが当時の実施風景写真を紹介すると「懐かしい」という声があがった。当時プログラミング教育を小学校で実施した事例は非常に珍しく、佐和さんは「柏市はほかの自治体と比べて、明らかにこういう特異性を持っています。つまり、柏市にとってプログラミング教育というのは、未知の教育ではないんです。これまで諸先輩方が残したその成果と課題を踏まえつつ、次のステージに移っていくことができる、数少ない自治体です」と話す。

公教育でプログラミング教育を実施する際、どの自治体でも課題として認識されているのが、教える側の人材不足だ。プログラミングの必修化が現実的になるにつれ、現場の教師たちからは「いったい誰が教えるのか」「自分に教えられるのか」「何をどう教えたらよいのか」という戸惑いの声があがっている。柏市でもこうした状況があるため、教師たちの不安を解消しつつ、教師たちの声を拾い上げることもこの講座の重要な目的のひとつだった。柏市では、今年度こうした教職員研修や市内の4年生のクラスでの実証授業を実施し、来年度から市内全小学校でのプログラミング教育の実施を開始したうえで、2018年度末には「柏市プログラミングコンテスト」の開催を計画している。

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模擬授業でScratchの操作を体験する教師たち

Scratchの動作に一喜一憂する参加者たち
Scratchの動作に一喜一憂する参加者たち

佐和さんからの本講座実施の背景説明が終わると、さっそく模擬授業が始まった。

模擬授業は、IT教育支援アドバイザーの田中香穂里さんの指導によって進む。柏市のIT教育支援アドバイザー は、同市教育委員会内の教育研究所に所属し、市内の授業支援や職員研修を担っている。来年度の市立小学校でのプログラミング教育も、IT教育支援アドバイザーと担任のTT(チーム・ティーチング)で実施する計画となっている。総合学習の時間を使った全2時間の授業となる予定で、今回の講座はこの2時間で行う予定の授業内容をざっと体験する凝縮版。Scratchのマスコットキャラクターになっている猫を左右に動かすという単純なプログラミングから始まり、最終的には用意した簡単なゲームを作るというところまでを行う。田中さんや他のIT教育支援アドバイザーの指導を受けながら、与えられた課題をクリアしていく参加者たちからは、意図通りに動かなければ「なんでー?」「できない!」という声があがり、意図通りに動いたときは「おおっ!」という声があがる。その反応は子どもたちのそれと変わらない。

参加者(左)とCoderDojo柏代表の宮島さん(右)
講座終了後、プログラミングについて意見を交わす参加者(左)とCoderDojo柏代表の宮島さん(右)

模擬授業終了後には、参加者全員が今回の講座に対して意見・感想を述べた。現在は1年生から6年生の音楽の授業を担当しているという参加者は、「プログラミングをメロディ作りに使えるのではないかと思った」と話す。たとえば琉球音階のプログラムをあらかじめ登録しておき、その音階でメロディを作ることで沖縄音楽を学んだり、5年生の教科書に出てくる「琴(筝)」について、琴(筝)の音を用いながら日本の音楽を作ってみることがプログラミングならできるのではないか、と考えたそうだ。こうした授業展開は、既存の教材ではもちろんのこと、現在使っているデジタル教科書でも実現は難しいそうで、プログラミングならではの授業展開アイディアだといえる。プログラミングの可能性を実感した参加者がいた一方で、「一人で黙々とやる作業が多い気がする」「ゲームを作って終わりとならない授業の組み立てをするには、どうすればいいのか」「(教師自身が)1回の講座ではScratchの操作方法が身につかないので、何度もやる必要がありそうだ」といった課題を口にする参加者もいた。

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学校の授業以外でのプログラミング体験も推奨

佐和さんは「プログラミング教育の全小学校導入は時期尚早」という声があることは認識していると話す。そのうえで「デジタル教科書を導入したときも、当初は時期尚早という声が9割だったが、現在はほとんどの教師がほぼ毎日活用している。プログラミング教育も早い時期から導入することで、次期学習指導要領がスタートする2020年頃までには教科指導のなかでもさまざまな実践が行われるようになり、子どもたちのプログラミング的思考力の向上が期待できる」と説明してくれた。また、柏市のプログラミング教育の計画づくりに参加しているCoderDojo柏代表の宮島衣瑛さんは、教師たちの負担感を減らす工夫として、子どもたち同士の学び合いのかたちを作ることの重要性やIT教育支援アドバイザー活用の有効性を訴える。

柏市が来年度から導入しようとしている市立小学校でのプログラミング教育は、年間で2時間という、非常に限られた時間だ。「2時間ではプログラミングスキルの習得はできない」という声はあるが、佐和さんもそれは承知している。だからこそ、CoderDojo柏のような民間組織での取り組みや、同市生涯学習課と連携した休日や放課後を使ったプログラミング教育など、学校の授業以外でのプログラミング体験を推奨したいと話す。

 

公教育で前例のない取り組みをしようとすると、多くの場合既成概念や慣習の壁が立ちはだかり、新しい取り組みが現場に受け入れられるまでに時間がかかる。一方で、公教育におけるプログラミング教育の導入という新たな取り組みは、今後どの自治体も取り組まなければいけないであろう現実として、関係者のすぐ目の前に見えてきている。

取り組みを効率良く成功させるなら、他者の成功事例を真似するという方法もあるだろう。けれど、柏市はあえて先陣を切ることを選んだ。その背景には、CoderDojo柏のような民間組織と教育委員会が協力し合い、地域、 学校、教育委員会が一丸となって取り組めるという柏市の地域性と、プログラミング教育にかける関係者の思いが読み取れた。

【企画制作協力】(株)エデュテイメントプラネット 山藤諭子、柳田善弘、水野昌也
【取材協力】柏市教育委員会

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