大崎上島町を車で走っていると、すれ違う車のドライバー同士が手を挙げて挨拶する光景がよく見られます。島のほとんどの人が顔見知りだからですが、それは単に人口が少ないから可能になることでもないと思います。人口約8,000人のこの島に住むということは、地域で果たすべき役割がたくさん与えられ、住民同士の活発なコミュニケーションに日常的に参加することを意味します。また、海上交通の要所であった歴史的背景から、島外の人でも柔軟に受け入れる外向的な行動様式が脈々と息づいています。

そのような関係性や特性を強みとして、今この島では教育を軸とした地域づくりの挑戦が始まっています。ただ、それは決して「そこだからできる話」ではなく、多くの地域でも応用できる要素を含んでいると思います。なぜなら、日本の3割弱に及ぶ市町村は人口1万人未満であり、そのいずれにも固有の歴史や文化があるという点で、大崎上島町と共通する環境にあるからです。

大崎上島町の人たちの結束は、島唯一の県立高校を廃校にさせないという目的によって一層強まりましたが、早くも次なる段階に到達しているようです。島の人たちは、“自分たちの子どものための、自分たちの手による教育づくり”の地域にもたらす意味と効果が予想以上に大きいことを感じ始めています。さらにそれを「教育の島」構想として具体化を目指して、この地だからこそできる体系的カリキュラムや評価方法の確立に向けた模索を始める姿もありました。「社会に開かれた教育課程」が基本概念である次期学習指導要領を、異口同音に「追い風」と表現する大崎上島町の人たちの教育に対する想いをお伝えします。

BERD編集長 石坂 貴明


広島県立大崎海星高等学校
広島県立大崎海星高等学校

広島県豊田郡大崎上島町に位置する、広島県立大崎海星高等学校(以下、「海星高校」)。第1回の記事でお伝えしたとおり、在籍生徒数の減少により廃校の危機にさらされていた海星高校では、2015年に始まった高校魅力化プロジェクトが進行中だ。今回の取材では大崎上島町を訪問し、海星高校魅力化プロジェクトを機に導入された「大崎上島学」の授業を見学するとともに、町長・役場職員・高校教員・地元企業の方・保護者・生徒などの多様な立場の方々からそれぞれの具体的活動や想いを聞いた。

まなびのかたち 【変わる地域、変わる教育】
第2回 島全体で子を育てる
海星高校現地取材(大崎上島町編)

産業を営む地元企業から学ぶ「潮目学」

造船所で佐々木氏の話を聞く生徒たち
造船所で佐々木氏の話を聞く生徒たち

大崎上島町を訪れた8月30日の午後、「大崎上島学」の一環で海星高校2年生向けに開講される「潮目学」の授業が行われた。「潮目学」とは、「社会の各分野、産業における歴史と法則性から現在の問題に対する対処法を学ぶ」ことと、「時代の潮目を読み解きながら、技術の活かし方を考える」ことをテーマとした授業だ。今年度3回目のフィールドワークとなったこの日の授業では、生徒たちが先生と共に町内にある佐々木造船株式会社を訪問し、造船所の見学と、総務部長佐々木氏による講義が行われた。

授業担当教諭の石井先生(右から3番)、コーディネーターの取釜氏(同2番目)による概要説明の後、佐々木氏による講義が始まった
授業担当教諭の石井先生(右から3番目)、コーディネーターの取釜氏(同2番目)による概要説明の後、佐々木氏による講義が始まった

佐々木氏による講義は、自身の半生をまとめた「ライフストーリーチャート」を用いた自己紹介から始まり、佐々木造船株式会社が市場や法規制の変遷といった“潮目”をどのように読み、どのように対応してきたかの説明につながっていく。講義の実施に向けて、担当教諭である石井(いしい)(たか)(あき)先生、コーディネーターである(とり)(かま)(ひろ)(ゆき)氏と佐々木氏の間で事前打ち合わせが重ねられたそうだ。「お忙しいところボランティアでお願いしているにもかかわらず、事前打ち合わせに時間を割いて下さるだけでなく、より生徒に伝わりやすいようにと、ライフストーリーチャートや講義資料を何度も修正して下さっている。本当に感謝してもしきれない。」と取釜氏は語る。

「大崎上島学」の全体像と「潮目学」の授業の流れ

「大崎上島学」の全体像と「潮目学」の授業の流れ

「潮目学」の特徴は、フィールドワークを確実な学びにつなげるところにある。まずは、フィールドワークを受けて、地元企業が抱える課題と、その企業の考える解決策をチームでまとめる。次に、生徒自身がその企業の立場に立って理想や目標を掲げるときに、何が課題となり、それをどうすれば解決できるのかを考える。その際、他の地域や先進国における業界の事情や関連情報にも目を向けるよう指導することで、より広い視野で考えることができるようになるという。これらの学びの成果を、生徒自身でフィールドワーク時に訪問した地元企業へ報告するまでが一連の流れだ。「1回のフィールドワークで得た情報だけで生徒に考えさせると、見たり聞いたりした話を写すだけになってしまうことが多い。他の情報も刺激として加えることで、新しい思考やアイデアにつながる。」と石井先生は話す。

フィールドワークの終盤、現在の大崎上島町で生まれ育ち、高校から島外で進学・就職した佐々木氏がなぜUターンすることになったのかと、ある生徒から質問が出た。これから大学進学や就職という進路選択をすることになる生徒たちにとって、島の大人がどのように進路選択をしてきたのかは、非常に興味のあることだ。この質問からも垣間見えるように、「潮目学」のフィールドワークは、これまであまりなかった「地元企業を知る機会」になるだけでなく、そこで働く大人たちと出会い、直接話を聞くことのできる機会にもなっている。今年度が開講1年目にあたる「潮目学」。年間で計5回程度、地元企業へフィールドワークを実施することが計画されている。

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地域を題材に、汎用的なスキルを身につける「大崎上島学」

佐々木氏の講義を受ける生徒たち
佐々木氏の講義を受ける生徒たち

大崎上島町を題材とする「大崎上島学」には、郷土愛だけでなく、地域のことを学びながら課題解決能力や生きる力を育んでほしいという大人たちの想いがある。

自らも現在の大崎上島町で生まれ育ち、大崎上島町教育委員会教育長を経て、2011年度より町長を務める高田(たかた)幸典(ゆきのり)氏は、「自分が子どもの頃を思い返すと、学校へ行って勉強して、部活をして、家に帰るという生活の繰り返しで、島の中にどんな素晴らしいものがあるのかを知らなかった。大崎上島学で、島内で頑張っている方々の話を直接聞くことで、島の素晴らしいところにも目を向けられるようになってほしい。」と話す。

海星高校 石井孝明教諭
海星高校 石井孝明教諭

高校魅力化プロジェクトの開始に伴い、全国的な生徒の募集を始めた海星高校には、広島県内の島外生のみならず、広島県外からの生徒も通学する。島の子どもたちへの地域理解促進を1つの目的としている「大崎上島学」は、島外から進学した生徒にどのような学びを提供しているのだろうか。高校魅力化プロジェクトの立ち上げ当初からメンバーとして携わり、「大崎上島学」の授業担当教諭でもある石井先生は、次のように話す。「大崎上島学の授業を通じて身につく、“現状を起点に課題を設定し、その解決策を考える”という思考の枠組みはどんな場面でも応用できる。出身地域はどこであれ、学校のある大崎上島町を全生徒共通の題材として、他の生徒と学びあいながら、力をつけていってほしい。」

一方で、かねてから島外の人もあたたかく受け入れる風土のある大崎上島町の地元住民には、「海星高校に進学した生徒は、島出身であれ、島外出身であれ、“島の子”」という感覚が自然と芽生えているともいう。出身地によらず、海星高校の全生徒に対して、「大崎上島学を通じて、3年間の高校生活を営む大崎上島町について理解を深めてほしい。」という期待がされているのだろう。

中原観光農園 中原幸太氏
中原観光農園 中原幸太氏

大崎上島町でオーガニックにこだわった果物を栽培する中原観光農園の職人で、「潮目学」の初回フィールドワークを受け入れた中原(なかはら)幸太(こうた)氏は、島外の高校に進学し、大学卒業後にUターンした経歴を持つ。島出身であることになんとなく引け目を感じていたかつての自分を海星高校の生徒に重ね、「当時の自分は、島のことをよく知らず、ただなんとなく引け目を感じていた。今の海星高校生のように、地域のことを知っていれば、きっと島に対して違った感覚を持てたと思う。」と話す。

中原観光農園でのフィールドワークに始まり、一連の「潮目学」の学びを経た生徒たちの発表を聞いた中原氏は、自分が考えもよらないアイデアが生徒たちから出てくることに楽しさを覚えたという。授業を通じて関わりを持った生徒たちに対して、次のような想いを語ってくれた。

「生徒たちが将来的に後継者として島に残ってくれるならば、とても嬉しい。しかし、もし島の外に出ることになったとしても、高校時代の経験が残っていれば、心のどこかで大崎上島町とつながっているはず。そうした生徒が増えれば、たとえ島外からでも、思いもよらない形で大崎上島町を盛り上げてくれるかもしれないという期待がある。」

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きめ細やかな学習指導を行う公営塾「神峰学舎」

海星高校校舎内にある生徒たちの靴箱。写真左奥に位置する視聴覚室で公営塾「神峰学舎」が開かれるため、生徒も足を運びやすい
海星高校校舎内にある生徒たちの靴箱。写真左奥に位置する視聴覚室で公営塾「神峰学舎」が開かれるため、生徒も足を運びやすい

「大崎上島学」と並ぶ海星高校の特徴の1つに、町から委託を受けた20代の地域おこし協力隊員4名が運営する公営塾「(かんの)峰学舎(みねがくしゃ)」がある。平日の放課後、海星高校の視聴覚室で開かれる「神峰学舎」には、2017年8月末時点で1年生25名、2年生16名、3年生6名が登録しており、日々学習指導やキャリア教育が行われている。

学習指導は、テストや受験前を除き、曜日ごとに英・数・国から授業科目が定められ、担当の地域おこし協力隊員が指導にあたる。特進コースと基礎コースが設けられているが、その選抜基準は、“生徒自身の目的意識とやる気”だ。

短大・大学進学や公務員就職を目指す生徒には特進コース、定期テストや内申点対策を望む生徒には基礎コースを勧めるが、その時点の学力がコース選択に影響を及ぼすことはない。それぞれの生徒が希望に合わせてコース選択できる環境を担保することで、自己肯定感ややる気を維持し、その後の成長につなげてもらうことが狙いだ。

公営塾「神峰学舎」スタッフ 牧内和隆氏
公営塾「神峰学舎」スタッフ 牧内和隆氏

2017年度より「神峰学舎」に携わる数学担当スタッフの牧内和隆(まきうちかずたか)氏は、「大勢の生徒を相手にする学校の授業は、その学校の平均的な学力層に合わせることが求められる。平均的な学力層の生徒に合わせると、高い学力を持ち学校の授業では物足りない生徒や、逆に授業のレベルについていけない生徒が必然的に生まれてしまう。公営塾は、生徒に個別に対応することで、さまざまなレベルの生徒に沿った丁寧な指導をする役割を担っている。」と公営塾の役割を説明し、学校と公営塾が棲み分けをしながら連携している様子について話す。

一人ひとりにきめ細やかな指導を行うため、海星高校教員との情報共有も定期的に実施する。学校でどこまで授業が進んでいるか、生徒が学校と公営塾でそれぞれどのような様子かといった情報共有に留まらず、ときには教員が公営塾にも足を運んで連携を強めている。

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公営塾は、キャリアについての発見もある場所

2015年6月の開塾時より携わる塾長の永幡(ながはた)樹里(きさと)氏は、主に全体統括とキャリア教育「夢☆ラボ」を担う。「自分と社会の結節点を見極めて、自分の道を切り開く」をコンセプトとして、週1回キャリア教育の授業を行う永幡氏は、生徒が自分で意思決定ができるようになることを重要視しながら活動に取り組んでいるという。「社会に求められる人材像はあるけれど、結局スタートラインは自分。自分がどのように考えて、どのような選択をするのか、生徒たちに“自分の軸”を持ってほしい。」と語る。比較的年齢の近い公営塾スタッフだからこそ、腹を割って話し合えることもあるという。

こうした公営塾の役割について、高田町長は次のように評価する。「今の公営塾は、学習支援だけでなく、地域における学びの支援もして下さっているのが1つの特色。ただ決められた問題の解き方を教えるのではなく、生きる力も育んでくれている。」

公営塾「神峰学舎」塾長 永幡樹里氏
公営塾「神峰学舎」塾長 永幡樹里氏

「教員だけでなく、町役場・魅力化コーディネーター・地元事業者・地元住民・地域おこし協力隊員といった人々が教育に携われることが海星高校の大きな魅力。一方で、これまで目標としてきた廃校の回避がひとまず決まった今、それぞれのメンバーが強い想いを抱いて関わっているからこそ、今後一体となって目指す目標やそれに向けた意識の統一が必要だと感じている。」と永幡氏は語る。

他のステークホルダーとも足並みを揃えながら、公営塾「神峰学舎」は、塾になかなか足を運ばない生徒のケアや、就職を希望する生徒が多く学内で少数派の大学進学希望者が受験を乗り越えられる雰囲気づくりに、今後注力していくという。

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魅力化プロジェクトで着実に変化する海星高校

「大崎上島学」、公営塾「神峰学舎」、生徒の全国募集、地域プロジェクトを軸に据える海星高校の魅力化プロジェクトは、3年目にしてすでに目に見えた変化を生み出している。

中原観光農園の中原氏は、「魅力化プロジェクトが始まる前の海星高校とは、ほとんど接点がなかった。それが今では、たとえば海星高校の文化祭が地域に開かれるようになって、うちの果物も売らせてもらっている。ここ数年で海星高校に対するイメージが大きく変わり、今後もっと接点を増やしていきたいと思っている。」と話す。2017年度より海星高校の校長に就任した中原(なかはら)健次(けんじ)先生の耳にも、「今の海星高校は、昔と比べて勢いや活気がある。」という地元住民の声が入るという。

保護者 梶村節代さん
保護者 梶村節代さん

海星高校2年生の娘を持つ梶村(かじむら)節代(せつよ)さんは、自身も海星高校の卒業生だ。「私が通っていた頃、もちろん勉強はするが、正直なところ、友達と遊ぶことがメインだった。それが、今の海星高校の生徒たちを見ると、“地域の人と島を活性化すること”にとても力を入れていて、日々、先生だけでなく、たくさんの方々が協力して下さっている。」とその変化を語る。

そうした環境で育つ子どもを見ていると、「小さな声でボソボソと話しがちだった中学時代とは打って変わって、物事を順序立ててしっかり話せるようになってきた。」と感じるそうだ。

島外や県外から進学してきた生徒がいることも、子どもの価値観に影響を与えている。「中学までは島出身の子としか関わりがなかった娘が、高校で他の地域から来た子と話をすると、“普通”や“当たり前”だと思っていたことが必ずしもそうでないと知り、刺激を受けている。」と話す。「教育の島」構想が進む大崎上島町では、海外の大学によるサマープログラムや中高一貫のグローバルリーダー育成校である広島叡智学園(2019年4月開校予定)の受け入れを通じて、大学生や島外出身の生徒と触れ合う機会は今後さらに増えると想定され、期待も膨らむ。

進路選択についても、「自分が行きたい進路を確実に歩めるよう、サポートしてくれる」印象を受けているという。教員に加えて、無償で学習指導やキャリア教育を施す公営塾「神峰学舎」の存在は大きいに違いない。高田町長は、「公営塾を設置した1つの目的は、より幅広い進路選択に対応することにあった。いわゆる“学力”だけでなく、“生きる力”も含めて、生徒が頑張れば自分の望む進路を歩める学校であるべきだと考えている。」と話す。

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島や自分と向き合う機会を提供してくれる海星高校

高校魅力化プロジェクトの渦中にいる生徒たちは、何を感じているのだろうか。島で生まれ育った海星高校2年生の濱田(はまだ)真代(まよ)さんと梶村(かじむら)莉子(りこ)さんに話を聞いた。

海星高校出身の両親を持つ濱田さんは、大学進学を目指している。地域のプロジェクトに積極的に参加しながら、火曜~金曜の放課後はほとんど「神峰学舎」で過ごす。大学進学を心に決めた中学時代、島外の高校への進学も頭によぎったという。しかし、船賃をはじめとする交通費がかさむこと、無料で通える「神峰学舎」の設置を受けて親に島内での進学を勧められたことから、海星高校を受験した。

海星高校2年 梶村莉子さん(左)と濱田真代さん(右)
海星高校2年 梶村莉子さん(左)と濱田真代さん(右)

海星高校に入学して1年半、濱田さんは、日々「神峰学舎」で着実に力をつけている勉強面に加え、苦手なことの克服という側面でも自身の成長を実感しているという。「人前で話すことが苦手だった」と話す濱田さんだが、生徒による発表機会の多い「大崎上島学」や地域活動を経験するなかで、苦手意識が薄れていったそうだ。「海星高校での生活を通じて、自分の得意なことや苦手なことが分かる。得意なことは伸ばして、苦手なことは克服して得意なことに変える。今の海星高校は、それができる場所だと思う。」

高校卒業後は、管理栄養士を目指して県内の大学進学を目標にしている濱田さん。「いったん島外で就職することになると思うが、そのときにやっぱり島がよいと感じたら帰ってきたい。」と話す。

濱田さんと中学からの同級生だという梶村さんも、両親が海星高校の卒業生だ。中学3年生のときに海星高校の文化祭と体育祭に足を運んだという梶村さんは、生徒数が少ないからこそ一人ひとりが自分の役割を持って動く姿や、先生との距離の近さを見て、受験を決めたという。現在、海星高校の魅力を学外の人に伝える役割を持つ「みりょくゆうびん局」に所属し、生徒の全国募集説明会をサポートしたり、地元商品のパッケージやイベント広報物のデザインに携わったりと、幅広く積極的に活動している。

梶村さんが地域活動を通じて得たのは、「いろいろな人との新しい出会い」、「コミュニケーションスキル」、「行動力」だ。加えて、大崎上島町の良いところや悪いところを客観的に捉える視座が身につきつつあるようだ。「みりょくゆうびん局の活動をするなかで、島の良いところは紹介しようと思えばすぐに出てくる。島の人が優しかったり、小さい頃から見知っているから会うと絶対挨拶をしてくれたり…。でも、悪いところはなかなか思いつかず、これから探していく必要があると感じている。」

地域活動に注力する高校生活を通じて、“地方創生”や“地域おこし協力隊員”というキーワードに興味を持つようになった梶村さんは、「他地域の人の目に、広島県や中国地方がどのように映っているのかを知りたくなった。」と話す。島外、そして県外への進学も視野に入れながら、地域活動の合間を縫って「神峰学舎」に足を運び、自習にも励む。

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3町の合併でできた人口約8,000人の大崎上島町が学びのフィールド

海星高校の魅力化プロジェクトが、教員や町役場のみならず、地元住民からも前向きな協力を得られている理由はどこにあるのだろうか。

大崎上島町総務企画課 政策企画監の佐々木英穂氏(左)と主任主事の古坂圭氏(右)
大崎上島町総務企画課 政策企画監の佐々木英穂氏(左)と主任主事の古坂圭氏(右)

現在の大崎上島町は、もともと3町に分かれていた地域が2003年に合併して生まれた経緯がある。3町に分かれていた時代、それぞれの町ごとに祭りや運動会といった地域行事があり、合併して1つの町になった今でも旧町単位でそれらの大半が継続されているという。一方で、人口減少と高齢化が進む大崎上島町では、旧町単位での地域行事継続のため、ある町から別の町の行事を手伝いに行くなど、旧町の垣根を越えた人の交流が盛んに行われているという。「地区ごとにコミュニティを築き、幼い頃から大人になるまで、同世代だけでなく上下の関係もある環境は、昔は当たり前だったように思う。私の生まれ育った広島市は、自分が幼かった頃にはすでに同世代での付き合いに閉じていて、異世代とのつながりはあまりなかった。ここ大崎上島町は、今でも異世代まで顔見知りという世界だ。」と大崎上島町総務企画課佐々木(ささき)英穂(ひでほ)氏は話す。

現在の大崎上島町で生まれ育った同課の古坂(こさか)(けい)氏は、人口約8,000人という大崎上島町を次のように表現する。「ずっと島で暮らしているご年配の方々は、住民の名前や親族関係、誰がどのような職に就いているかも知っている。自分たちの世代でも、島で誰かとすれ違うと、その人が島民かそうでないかはだいたい判断できるし、島民であれば、遠目に見る車だけでも誰が乗っているか分かる。」

こうした大崎上島町の歴史的背景や特徴から、「地域行事と同じく、何かを行う際に誰かを巻き込んだり、逆に巻き込まれたり、ということに慣れているのではないか」と佐々木氏は分析する。地域に出て積極的に活動する生徒を応援しているのは、教員や保護者だけではない。「島の子が頑張っているから協力しよう」、「地域の子どもたちを応援しよう」と前向きに関わる地元住民が多いのだという。

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魅力化プロジェクトのさらなる前進に向けて

大崎上島町 高田幸典町長
大崎上島町 高田幸典町長

さまざまな地域住民からの協力や共感を得ながら、着実に推進されている海星高校の魅力化プロジェクト。「まだまだ道半ばで課題もたくさんあるが、ここまで来れたのはやはり地元住民のサポートがあったおかげ。海星高校の魅力化を通じて、町を活性化させようという想いに共感してくれた人たちのサポートは非常に心強い。」と高田町長は話す。

「大崎上島学」を筆頭に、大崎上島町への理解を深める学びの狙いは、必ずしも将来的に大崎上島町に残ってもらうことだけではない。「海星高校の生徒たちには、島の良いところと向き合いながら“生きる力”を育み、少しでも可能性を膨らませてほしい。大崎上島学や島での高校生活を通じて、島に残ることを直接訴えかけるのではなく、いつか帰ってきたいと思える気持ちを自然に育んでもらえる教育をしたい。」と考える高田町長は、すでに島にある保育所・幼稚園・小学校・中学校に加え、2019年4月の開校に向けて建設工事の進む中高一貫校のグローバルリーダー育成校の広島叡智学園など、新たな刺激もうまく取り入れながら、町全体で教育レベルを上げる方針だ。

広島叡智学園の完成イメージ
広島叡智学園の完成イメージ

今年4月、かつて初任者教員として着任した大崎上島の地に校長として再赴任することとなり、魅力化プロジェクトのバトンを引き継いだ中原校長は、これからの魅力化プロジェクトについて次のように語る。「携わる人が変わるというのは、ある意味チャンスかもしれない。前任の大林校長先生から継承すべきことはもちろんあるが、新しい方向に舵を切って、発展できることはどんどん発展させていきたい。」

海星高校 中原健次校長
海星高校 中原健次校長

「まずは、これまでコーディネーターや教員が丁寧に携わってきた地域活動において、少しずつ大人が手を引いて、生徒自身が動くように仕掛けたい。」と話す中原校長が目指すのは、生徒が訪問する地元企業の選定から取材の交渉までをすべて行うことだ。大人が関わりを減らしていくことによるリスクも想定されるが、島の住民の誰もが顔見知りという信頼感がある大崎上島町だからこそ、リスクに委縮することなく活動できるのだという。

中長期的には、「教科学習だけに閉じない充実した教育を施し、第一志望の進路を歩めるように送り出す」循環を回していくことを目指す海星高校。規模が小さく、地元住民の協力があるからこそできている現在の海星高校での学びは、さまざまな実体験を通じて“思考力”や“判断力”を確実に育んでいる。教科の知識に閉じない力が求められるようになる2020年度に迫る教育改革をチャンスと捉える中原校長を中心に、海星高校魅力化プロジェクトは新たなフェーズのスタートを切っている。

 

映画『東京家族』の撮影に訪れた山田洋次監督が大崎上島町を訪れた際、「これが日本の原風景だ。」という言葉を残したそうだ。その言葉のとおり、建物や街並みだけでなく、世代を超えた交流のあるコミュニティも存続している大崎上島町だが、決して伝統ばかりを重んじて外からの刺激や変化を拒んでいるわけではない。長年かけて互いの信頼が築かれたコミュニティだからこそ、高校魅力化プロジェクトという新しい取り組みにも多世代の地元住民が手を差し伸べるのだろう。

多くの方々にご協力いただいた今回の現地取材を通じ、皆が互いに感謝しあう姿に感銘を受けた。かつてない学びを創り上げるうえで欠かせない要素の1つに、世代を超えて信頼しあい、感謝しあえるコミュニティがあるのではないだろうか。

【企画制作協力】(株)エデュテイメントプラネット 高藤さおり、柳田善弘、山藤諭子

記事や調査結果の掲載・引用について
研究所について
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