自分が暮らす地域の資源を活かした商品を開発するという授業を通して、気仙沼向洋高等学校の生徒たちは主体的に学び始め、進路についても積極的に考えるようになりました。そこには職場体験などだけでは得ることが難しい、自分のキャリアと教科内容を重ね合わせられる深い学びの成果があらわれています。
このように社会との接点をしっかり持ちながら学ぶことの効用は、ベネッセ教育総合研究所が2017年に行った「専門学校生の学習と生活に関する実態調査」の結果データからも裏付けられました。この調査は、全国の専門学校生が対象ではありますが、「職業のリアルを身近に感じることで、学びへの積極性が育」っていることが分かったのです。

「地域×教育」シリーズもいよいよ最終章。 高校教育が本来果たすべき卒業後の社会や高等教育とのしっかりとした接続と、地域における高校の役割という今日的課題にどのように向き合うのか。その極めて重要で、難易度の高いテーマに対する1つの示唆となる事例をご紹介します。学校教育を地域社会や外部人材に開いて、教育の質向上と学び続ける意欲や態度の涵養は勿論のこと、地域を担おうとする人材の育成にもつながり始めた気仙沼向洋高等学校の授業実践です。

BERD編集長 石坂 貴明


宮城県気仙沼向洋高等学校 2011年3月に発生した東日本大震災の津波により校舎が全壊し、現在もプレハブの仮設校舎で授業を行なっている。 宮城県気仙沼向洋高等学校
2011年3月に発生した東日本大震災の津波により校舎が全壊し、現在もプレハブの仮設校舎で授業を行っている

宮城県気仙沼市にある宮城県気仙沼向洋高等学校(以下、気仙沼向洋高校)では、一般社団法人i.club(アイクラブ)(以下、i.club)の協力のもと、地域資源を生かしたイノベーション教育に取り組んでいる。これは、若者が都市部へ流出するのを目の当たりにして地域の将来を不安視する地元住民と、「早く地元から出たい」という高校生の声がきっかけとなり、地域の未来をつくるための取り組みとして、高校、地元企業、i.clubが協働するかたちで2012年に始まったものだ。当初は近隣高校と合同の部活動という運営形態だったが、2015年度からは、気仙沼向洋高校産業経済科2年生の通年必修科目である「商品開発」の授業に組み込まれている。今回の取材では、生徒たちによるアイデア発表を中心にした授業を取材するとともに、高校教員・地元企業の方・卒業生・生徒・i.club職員からそれぞれの具体的活動や想いを聞いた。

【変わる地域、変わる教育】 
第4回 未来をつくる人と産業を地域へ
気仙沼向洋高校現地取材(i.club編)

地元企業も巻き込むアイデア発表会授業

アイデア発表会の様子
アイデア発表会の様子

気仙沼向洋高校を訪れた2017年9月5日、産業経済科2年生による新しいスイーツのアイデア発表会が行われた。テーマは、地域におけるスイーツブランド「酒粕ミルクスイーツ」の創造を目指した、新たな商品の開発だ。酒粕ミルクスイーツは、高校生のアイデアから商品として開発・販売された「酒粕ミルクジャム(気仙沼の地酒の酒粕を牛乳と煮詰めてつくるミルクジャム)」を使ったスイーツ。そのスイーツブランドの新たな商品ラインアップを、毎年産業経済科の生徒たちが「商品開発」の授業のなかで考え、形にしていくことをi.clubがサポートしている。アイデア発表会では、製菓業を営む地元企業を来賓に迎え、4~5人ずつ計8班に分かれた生徒たちが、7月の中間発表を経てブラッシュアップしたアイデア創造の成果を発表した。

発表は、「コンセプトシート」「類似思考カード」「アイデアシート」「変化の場面シート」「改善シート」という5つの定型化されたワークシートを用いて実施される。各ワークシートの具体的な記入項目は、下記の通りだ。

「商品開発」の授業で用いられるワークシートの種類とその概要

「商品開発」の授業で用いられるワークシートの種類とその概要

寸劇(スキット)を行う生徒たち
寸劇(スキット)を行う生徒たち

なかでも特徴的なのは、「変化の場面シート」に則った説明の際に、寸劇(スキット)が盛り込まれている点だ。アイデアがない世界からある世界へと変化することで、気仙沼はどう変わるのか。ワークシートに書き込むだけでなく、実際に演じることで、生徒たちに地域の変化をよりリアルに想像してもらうことが寸劇の狙いだ。演じる生徒たちの個性あふれる演技や演出に、緊張感が漂っていた教室にも、自然と笑みが広がる。

生徒たちの発表が終わると、来賓として招かれた地元企業の担当者とi.clubディレクター神田(かんだ)大樹(ひろき)氏が班ごとに講評する。特に地元で実際に製菓業を営む担当者による講評は、「このアイデアでチョコレートを使うなら、ブラックチョコレートよりもホワイトチョコレートの方が適しているかもしれない。」「低カロリーでヘルシーなものを作ろうとすると、味が落ちてしまう可能性がある。」などの品質に関わるコメントから、「複数の異なる生地を組み合わせるような手の凝ったケーキは、人手がかかるため、人件費がかさんでしまう。」「その値段設定で販売するのであれば、最低100個は生産しなければ採算が合わない。」という店舗経営にまつわるものまで、多角的だ。想定していなかった課題が浮き彫りになり、困る様子を見せる生徒たちを前に、「生クリームの使用や形の崩れやすい生地で保存方法が懸念されているパリブレスト(※)は、別の班から出てきたビスキー(※)のアイデアと融合させれば、保存しやすくなるかもしれない。」と、生徒たちが調べてきた他国のお菓子の作り方を事前に調査し、「どうすれば課題を解決できそうか」まで踏み込んで言及しようと試みる地元企業の担当者たち。「生徒たちと協働しながら、アイデアを商品化しよう。」と真剣に向き合う大人の姿がそこにあった。

※いずれもお菓子の名称。パリブレストは、自転車の車輪をイメージしたパイ・シュー生地にヘーゼルナッツの生クリームをはさんだお菓子、ビスキーはビスケット・クッキー・ケーキが一度に味わえるハイブリッドスイーツ。

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座学の限界を超える「商品開発」の授業

産業経済科2年生必修科目「商品開発」 年間の授業の流れ

産業経済科2年生必修科目「商品開発」 年間の授業の流れ 今回取材した「アイデア発表会」は、「アイデア創造」フェーズの集大成にあたる。
今回取材した「アイデア発表会」は、「アイデア創造」フェーズの集大成にあたる

アイデア発表会は、2009年3月公示の『高等学校学習指導要領』において、商業科が導入すべき新科目として追加された「商品開発」の授業内で行われた。アイデア発表会に限らず、年間を通じたイノベーション教育は、すべてこの「商品開発」の授業の一環として位置付けられている。商業科の必修科目として開講する以上、学習指導要領で定められた内容をないがしろにはできない。したがって、気仙沼向洋高校では、教科書に沿った授業をする傍らで、イノベーション教育も実施する運営形態をとっている。

アイデア発表会の配布資料と生徒のメモ
アイデア発表会の配布資料と生徒のメモ

「商品開発」の授業を担当する齋藤(さいとう)(まこと)先生は、学習指導要領に定められた教科指導と並行してイノベーション教育を行う意義について、「社会に出ると、たとえば想像力や思考力、チャレンジ精神が重要視されるが、それらは教科書に則った座学だけではなかなか身につかない。地域と協働する、“生きた教育”ともいえるイノベーション教育は、座学では育成しづらい想像力・思考力・チャレンジ精神を育むことに寄与している。」と話す。今後は、他科目とも関連付けながら、3年間のさまざまな授業を貫く教育プログラムとしての体系化をするなど、「商品開発」の授業に閉じない幅広い学びとなるよう発展させていくことを構想中だ。

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地元の大人たちの試行錯誤がカギ

「酒粕ミルクジャム」と「酒粕ミルク・サンドクッキー」
「酒粕ミルクジャム」と「酒粕ミルク・サンドクッキー」

イノベーション教育の特長の1つとして、地元企業が年間を通じて教育に関与する点が挙げられる。気仙沼市で和菓子の製造を営む株式会社紅梅の取締役専務で、2015年度の「商品開発」の授業に携わった千葉(ちば)洋平(ようへい)氏は、「酒粕ミルクジャム」を使ったお菓子のアイデア出しとその実現に向けたサポートを行った。教職の経験はないが、授業を通じて生徒たちと触れ合うことに、不安や抵抗はなかったという。しかし、実際に生徒たちと商品開発を行うなかで、戸惑うこともあったようだ。そのときの様子を「製菓業者は、食べるとおいしい商品であることなど、無意識のうちに前提を置いて新商品を考えるが、生徒たちにはそれがない。食べ物として成り立たないアイデアも出たことがあり、発想があまりにも自由すぎて、最初はかたちにできるか不安だった。」と話す。プロの意見を入れすぎず、生徒たちのアイデアをなるべくそのまま商品にできる方法はないかと試行錯誤し、商品化に至ったのが「酒粕ミルク・サンドクッキー」だ。

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生徒の成長と事業化、2つの評価軸

アイデア発表会にて、最前列に座る地元企業の担当者とi.clubディレクター神田大樹氏。
アイデア発表会にて、最前列に座る地元企業の担当者とi.clubディレクター神田大樹氏。

商品開発を通した「イノベーション教育」を授業として展開するからには、何を成果として評価するのかをあらかじめ定めておくことも重要だ。i.clubがコーディネートするイノベーション教育は、「①地域に対する誇りや愛着を育みながら、未来をつくるアイデアを出す力(=イノベーションを起こす力)を得られたか」という生徒の成長に関する指標と、「②地域資源を活用した未来をつくるアイデアを形にし、地域産業の活性化に寄与できたか」という事業化に関する指標の2つで成果を測っている。

「①地域に対する誇りや愛着を育みながら、未来をつくるアイデアを出す力を得られたか」は、授業の節目ごとに定性的なアンケートを実施・集計することで、生徒たちの変化を探る。アイデアを出せるようになったかどうかだけでなく、アイデア創造を前向きにとらえ、楽しみながら取り組めているかも重視する観点だ。

「②地域資源を活用した未来をつくるアイデアを形にし、地域産業の活性化に寄与できたか」は、生徒たちのアイデアをアイデアで終わらせず、形にできたかを問う指標だ。アイデアを実現するためには、授業期間中における地元企業との連携はもちろん、授業開講前に地元企業を開拓し、協力の打診を行うことも重要となる。現状、地元企業の開拓や協力の打診は教員とi.club職員が担っているため、生徒だけでなく、イノベーション教育に関わる大人の活動も含めて設定されている指標だといえるだろう。

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生徒自身が実感する、履修後にもつながる学び

「商品開発」を実際に体験した生徒たちは、授業に対してどのような感想を持っているのだろうか。2016年度に当該授業を履修した、紺野(こんの)郁弥(ふみや)さん、齋藤(さいとう)美空(そら)さん、三浦(みうら)麻衣(まい)さんに話を聞いた。

気仙沼向洋高校産業経済科3年 紺野郁弥さん(左)、三浦麻衣さん(右)
気仙沼向洋高校産業経済科3年 紺野郁弥さん(左)、三浦麻衣さん(右)

「いろんな人との議論を通じて、さまざまな視点から物事を考えられるようになった。」と話す紺野さんの将来の夢は、パティシエだ。授業を通じて製菓業への理解が深まったことで、パティシエになりたい想いがさらに強くなったという。自分で「これは絶対おいしい!」と思っていたものも、他人に意見を求めると、改善の余地がみえてくる。イノベーション教育を通じて得られたスキルや経験は、就職してからも活かせるはずだと感じている。

接客業への就職を考えている三浦さんも、授業を通じて目指す職種への想いが強まった生徒の一人だ。授業について、「さまざまな視点で気仙沼の魅力や新商品のアイデアを考え、いろんな人からいろんな意見が出るなか、最終的に1つの商品アイデアに集約しなければならないのは大変だった。しかし、だからこそ、商品が完成したときには達成感を味わうことができて、とても嬉しかった。」と語る。地元で働く大人とのやりとりを通じて学んだ「責任感を持って働くことの大切さ」や、商品の販売会を通じて実体験した「お客さんが求めているものを考えながら接客することの重要性」は、進路を検討するうえでの刺激になっているという。

気仙沼向洋高校産業経済科3年 齋藤美空さん
気仙沼向洋高校産業経済科3年 齋藤美空さん

「普段の座学では学べないことを学ぶ機会だった。」と授業を振り返る齋藤さんは、普段何気なく食べているお菓子の裏にある製菓業者の苦労に触れ、お菓子に対する考え方が変わったそうだ。販売会を訪れたお客さんから想定外の質問をされて困るといった苦い経験も味わったが、今となっては、それを乗り越えることで成長できたという実感があるという。接客担当として、当初文章ばかりで読みづらかった接客マニュアルを、表などの挿入で分かりやすくなるよう工夫した経験は、発想の転換をする力の育成につながったのではないかと話してくれた。

齋藤さんの班が作った接客マニュアルの1ページ
2016年度の販売会の様子

齋藤さんの班が作った接客マニュアルの1ページ(左)と、2016年度の販売会の様子(右)

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1年間の学びを通じて、着実に自信をつける生徒たち

気仙沼向洋高校 齋藤真教諭
気仙沼向洋高校 齋藤真教諭

「商品開発」の授業を受けた生徒の変化を、周りの大人たちはどのように見ているのだろうか。

授業を担当する齋藤先生は、生徒たちが変化する様子を次のように話してくれた。「最初は、気仙沼について考えたことのない生徒ばかりで、考えるのも面倒くさいと言われたことすらあった。酒粕ミルクジャムをベースに新商品を考えることが出発点となるが、そもそも酒粕なんて嫌いだと話す生徒も多くて…。でも、年間の授業も終盤を迎える頃になると、やっぱり楽しかったという声が聞こえてきた。気仙沼についても、それまで考えるきっかけがなかっただけで、機会があれば考えることができたのだ、と生徒自身が感じていたようだ。」

「商品開発」の授業にイノベーション教育を導入してから今年で3年目。地域の大人たちと対話する経験を積むことで、自分の考えを発信する力を身につけた生徒たちは、就職や進学の場面でも、この授業を通じて得た経験を積極的に話すようになっているという。

2015年度に地元企業の担当者として授業に参画した千葉氏も、学校に足を運ぶたびに生徒の成長を感じていたという。「アイデア発表会に行くと、回を重ねるごとに、生徒が自信をつけていく様子が見てとれた。最初は自信がなさそうに演じていた寸劇も、最後の方は自信を持って演じていたのが印象的です。」

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卒業後も、気仙沼の未来のために

気仙沼向洋高校卒業生 小野寺里奈さん
気仙沼向洋高校卒業生 小野寺里奈さん

高校時代に地元企業とのつながりを持ったことが、その後の進路を決める1つのきっかけになった事例もある。気仙沼向洋高校卒業生の小野寺(おのでら)里奈(りな)さんは、「商品開発」の授業にイノベーション教育が導入される前の2013年、気仙沼向洋高校を含む計3高校の生徒を対象としたi.clubのサマープログラムに参加した。i.clubの活動のなかで先輩たちが商品化した「なまり節ラー油」のPR活動を経験し、そこで出会った地元の水産加工業者に就職した小野寺さんは今、i.clubでの経験についてどう振り返るのだろうか。

「地元就職をすることはかねてから決めていましたが、履歴書の自由記述欄に書くことがなくて困っていたんです。そのタイミングで、学校からi.clubの紹介を受け、活動の記録は履歴書にも書けると聞いたことが、サマープログラムに参加したきっかけでした。」と話す小野寺さん。明るい表情でイキイキと取材に応じてくれる姿からは想像できないが、高校時代は人見知りが強く、人の輪に入ることが苦手だったそうだ。

i.clubの活動を通じて得られたものは、「コミュニケーション能力」と「新しいことにチャレンジする精神」だったという。地元で顔見知りの同世代と話すことしかなかったそれまでの高校生活が、i.clubに参加したことで一変した。違う高校の生徒と協働したり、i.clubのスタッフをはじめ東京から来る大人と話したりする機会が劇的に増える。新しいアイデアを出すために、常に頭を使って考え、議論することが求められる。当時の経験を「本当にハードだった。」と振り返る一方で、濃い時間を過ごした充実感と、自分が変わったという実感は、確実に小野寺さんのなかに残っている。内気で家にいることが多かった娘が頻繁に外出するようになり、家庭内での会話も増えたことに、当初は家族も驚きを隠せない様子だったそうだ。

2017年にオープンした鼎・斉吉(気仙沼市柏崎)
2017年にオープンした鼎・斉吉(気仙沼市柏崎)

「なまり節ラー油」のPR活動の一環で、販売会での接客を体験した小野寺さんは、それまでは惹かれることのなかった“人と接する仕事”に魅力を感じるようになった。「商品を介して、気仙沼のことや元気に活動している高校生の姿を伝えられる。インターネットもいいけれど、やはり直接顔を見ながら話す方が伝わりやすい。気仙沼やここに住む人たちについて知ってもらえるような商品を作って、全国に広めたい。」と考えた小野寺さんは、地元で水産加工業等を営む株式会社斉吉商店に就職した。入社1年目から東京を中心とする関東の百貨店で販売を担当し、今年の8月から「森の中から気仙沼の内湾を眺めつつお食事・お買い物ができる場所」をコンセプトとして気仙沼市柏崎に新たにオープンした「(かなえ)斉吉(さいきち)」の責任者を務める。「東京の人だけでなく、地元の人にももっと斉吉商店の商品を知ってほしい。」と話す小野寺さん。i.clubでの経験は、彼女の「今」につながっている。

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変わりつつある気仙沼のまち

気仙沼向洋高校でイノベーション教育が導入され、高校の枠組みを超えた地元企業との連携が生まれたことで、気仙沼のまちには変化が起き始めている。

気仙沼市魚町に位置する紅梅
気仙沼市魚町に位置する紅梅

「高校生が考案した商品が日常的に販売され続けているなか、徐々に地域の人に愛される商品になりつつある。」とi.clubの神田氏は話す。紅梅の店頭で「酒粕ミルク・サンドクッキー」を販売する千葉氏は、地元住民が気仙沼を代表する手土産として購入する姿を見ているからこそ、新商品がまちに根付いていっている実感を持つ。

紅梅に足を運ぶ高校生の数も、以前に比べて増えたという。現役の高校生だけでなく、就職や進学を機に気仙沼を離れた卒業生が、帰省の折に顔を出したり、長期休暇を利用してアルバイトとして店を手伝ったりするケースもあるそうだ。授業を通じて製菓業に興味を持ち、地元企業に魅力を感じた生徒が、積極的に地元での就職を選択する事例も出はじめている。

地元企業の意識にも変化が起こっているという。齋藤先生がこの授業を受け持った当初、協力してくれる企業を探す際には「迷惑をかけるかもしれない。」と不安を抱えながら訪問した。これに対し、企業側が「高校生の若い力が欲しかったんだ。来てくれてありがとう。」「若い人にアイデアを出してもらうことが、地域の復興にもつながる。」と歓迎してくれたことに、齋藤先生は驚いたという。高校生と協働することは、地元企業にとってもよい刺激となると理解されている証拠だろう。

授業を重ねるなか、「酒粕ミルクジャム」を使ったスイーツが増えてきた現状を踏まえ、販売方法や販路をどうするか、授業に関わってきた地元企業同士で話し合う機会も自然と生まれるようになってきているという。

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気仙沼の外から来た団体だからこそ、担える役割

気仙沼向洋高校におけるイノベーション教育の特徴は、教員でも地元企業でもない、外部団体のi.clubが携わっているところにもある。その主なメリットについて、齋藤先生は、「生徒たちに対する外からの刺激」と「多忙な教員のサポート」の2つを挙げる。特に「多忙な教員のサポート」について、「既存の業務で非常に忙しく、地元企業との密な連携の進行までは教員の手がなかなか回らない。その役をi.clubが担ってくれていることに、本当に感謝しかない。」と話す。

i.clubディレクター 神田大樹氏
i.clubディレクター 神田大樹氏

気仙沼向洋高校を担当するi.clubディレクターの神田氏は、三重県の出身だ。大学卒業後に気仙沼へ移住し、今年で移住4年目となる。はじめは、外の人間でありながら地元企業に受け入れてもらうことに苦労したと話す神田氏だが、気仙沼出身でないからこそできる役割を前向きに模索しているという。学校や地元企業の“つなぎ役”となる他に、気仙沼のよいところを探して生徒たちに伝えることで、気仙沼出身の生徒自身が気付きづらい視点を与え、アイデア創造に寄与するようにも努めている。

こうした神田氏の姿勢に、「気仙沼が好きだからと、若くして移住してまで頑張ってくれている姿に心を打たれる。正直、学校は外部の方が来ることに抵抗感はある。そんななかでも、イノベーション教育ができているのは、神田さんの熱意ある行動のおかげだ。」と齋藤先生は語る。

株式会社紅梅取締役専務 千葉洋平氏
株式会社紅梅取締役専務 千葉洋平氏

地元企業も、外部団体が関わることにメリットを感じている。「とにかく動きやすい。気仙沼の関係者だけで取り組む場合と比べて外部団体はしがらみも少ない。それでいて商品のパッケージ1つとっても、細部まで手を抜くことなく一緒に考えてくれる。」と株式会社紅梅の千葉氏は話す。また、i.clubがいることで、売りやすさや作りやすさに傾倒してしまいがちな手段に流されず、「高校生が考えたアイデアを地元企業が商品化する」という本来の目的を維持することができるのではないかとも考える。

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活動資金のハードルを越えて、次の未来へ

外部団体に関わってもらう際に大きなハードルとなるのが、活動資金だ。特に公立高校の場合、財源の確保は乗り越えるべき大きな課題になっているという。

現在、気仙沼向洋高校で活動するための資金は、i.clubが公益財団法人東日本大震災復興支援財団の「子どもサポート基金」を申請・受給するかたちで賄っている。授業開始初年度にあたる2015年度はi.clubの自主財源で運営し、2016年度から「子どもサポート基金」の助成を受けられることになったが、2017年度末をもって助成期間は終了する。その後の財源については、見通しが立っていないのが現状だ。

気仙沼向洋高校は気仙沼市の階上地区に新校舎を建築中で、2018年4月には現在のプレハブ校舎から新校舎への移転を予定している。校舎の移転に先駆け、新校舎が位置する階上地区を盛り上げるプロジェクトを行うなど、「地域の大人と協働しながら、地域に新たな価値を生み出し、未来をつくる」というイノベーション教育のコンセプトを引き継ぎながら、資金面の課題を乗り越える施策を高校側も検討しはじめている。

 
自分たちのアイデアがもとになってできた試作品を口に運ぶ高校生たち
自分たちのアイデアがもとになってできた試作品を口に運ぶ高校生たち

アイデア発表会の終了後、地元企業の方が作ってきた試作品が振る舞われた。「7月に聞いた中間発表後、インターネットでレシピ検索をしながら作ってみた。見た目はよくないけど、味はおいしい。まだまだ改善の余地はあるが、自分も作りながら新しい発見があった。」と生徒たちに語りかける地元企業の担当者。試作品は数種類あったが、すべて生徒たちのアイデアが組み込まれたものだ。自分たちのアイデアが反映されたお菓子を手にした生徒たちは、お菓子の味と共に、半年間の活動に対する達成感や地元企業のプロフェッショナリズムに対する感動をも味わっていたようにも見えた。

東日本大震災からの復興だけでなく、「若者離れ」と「産業の衰退」といった地方固有の課題にも同時に立ち向かう気仙沼向洋高校と地元企業、そしてi.club。必修科目の通年授業として組み込まれているからこそ、一過性のプロジェクトではなく、未来を見据えた新しいアイデアで変化を起こしつづけるサイクルが回りはじめていると感じた。

【企画制作協力】(株)エデュテイメントプラネット 高藤さおり、柳田善弘、山藤諭子

記事や調査結果の掲載・引用について
研究所について
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