人は誰もが学びたい、成長したいという欲求を持って生まれてくる
NPO法人東京賢治シュタイナー学校

先般、超党派の国会議員連盟による「多様な教育機会確保法案」が今国会に提出されるという報道があった。一定の条件を満たせば、フリースクールや家庭における学習でも義務教育の就学義務を果たしたと認めるというものだ。法案が可決すれば、「国民学校令」以来74年振りの義務教育と学校の在り方を見直す大きな転換点となる。

未来を生きる子どもたちに必要な教育を提供したいというのは、保護者の誰もが願うことだ。いずれにしても、重要なのはその「一定の条件」、つまり学校の教育理念であり教育実践であろう。そこで今回は、理念を実践するとはどういうことか、考えてみたい。

(BERD編集長・石坂 貴明)

今回は東京都立川市にある東京賢治シュタイナー学校を訪ねた。


教育思想を提唱したルドルフ・シュタイナー

シュタイナー教育とは、思想家であり哲学者でもある、オーストリア出身のルドルフ・シュタイナー(1861~1925年)の人間観に基づいた教育の総称である。シュタイナーは哲学博士でありながら、教育、芸術、 医学、農業、建築などの多方面に精通して各界に影響を与えた。

1919年にドイツにおいて最初のシュタイナー学校「ヴァルドルフ学校」が誕生し、現在ではシュタイナー教育を実践する学校やフリースクールは世界60カ国で1039校、日本国内には学校法人となった2校を含む8校の全日制学校がある(2014年:日本シュタイナー学校協会調べ)。

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発達段階に合わせ、15年間で「意志・感情・思考」を形成


学校の目の前にある多摩川河川敷で伸び伸びと遊ぶ子どもたち

東京賢治シュタイナー学校では、幼児部の3年間に加え、小学1年にあたる1年生から高校3年生にあたる12年生までの計15年間の一貫教育を実践している。

1年生以上の各学年は1クラスで12~18名程度。計168名の生徒が、立川市内の多摩川沿いにある同じ校舎で学んでいる(2015年2月現在)。幼児部は1kmほど離れた教会内の廃園になった園舎を借りている。

学校の敷地は決して広くはないが、河川敷に隣接しているため開放感がある。校舎内の床張りや黒板は保護者たちの手づくりで、季節に合わせた飾りが施されている。蛍光灯を薄い布で被い、ほの暗くした教室内は、生徒たちが心穏やかに過ごせるよう配慮されている。

同校では1年生から8年生(中学2年生にあたる)までの8年間は、基本的に同じ教師が継続して担任を務める。そうすることで、教師は長期的な視点で生徒の成長を見守りながら学習内容や学習速度を決めることができる。さらに生徒たちの成長にふさわしい方法をとるために、教師はいわゆる教科の枠にとらわれず、あらゆる場面で芸術の力を生かしながら学校で学ぶすべての教科を緻密に結びつけていく。もちろん、それぞれの授業における目標はあるものの、対象への興味や知る喜びを育むことを理想としているため、テストや点数評価はない。

担任と共に、8年間で生徒たちは教師との信頼関係を築き、クラスの仲間と生きるすべを身につけていくのだ。

シュタイナーの教育観では、成長の節目を7年ごとに区切る。この教育観のもとでは0歳から7歳までは体を動かしながら「意志」を形成し、7歳から14歳までは「感情」の形成に、14歳から21歳を「思考」の形成に重点をおいた教育が行われる。

シュタイナーの教育観による年齢と教育テーマの関係

同校において、1年生から12年生までの12年間の学校生活で、生徒たちは一体、どのように学び、成長していくのか。

同校代表理事であり、オイリュトミー(「美しいリズム」という意味で、シュタイナーが発案した独自の運動芸術。後述)の専科教師であるヴィリギリウス・フォーグル先生、もうお一人の代表理事であり、数学の専科教師でもある小山郁夫先生、同校の立ち上げ期からのメンバーであり、クラス担任を続けている鴻巣理香先生に、それぞれお話を伺った。

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12年間の学びの集大成ともなる卒業演劇公演

学校を訪問する前に、毎年2月に行われる12年生の卒業演劇公演を観劇した。6期生となる今年の卒業生は、自分たちで有川浩の小説『もうひとつのシアター』を台本に選び、小さな劇団の物語を2時間に渡って演じた。

大道具小道具はすべて手づくりで、練習を重ねて息も合った生徒たちの舞台は、個性が光る役者ぞろいの高校演劇部公演といったレベルの高さだ。
12年生は毎年、学びの集大成として、この演劇公演を合わせ、オイリュトミー公演と公開卒業研究論文発表という3つの大きなイベントに取り組む。


学びの集大成である12年生の卒業公演

劇中、卒業生は売れない劇団の劇団員を演じる。彼らの進路を案じる大人との軋轢を乗り越え、お互いを理解し合う中で発せられた「社会に出たら好きなことばかりをやってはいられない。でも、その苦労もいとわないという強い決意があるならば、心から応援しよう」という舞台上でのメッセージは、卒業生の現実での葛藤と決意をにじませるものにも見えた。


シュタイナーの教育理念を語るフォーグル代表理事

フォーグル先生は舞台についてこう話す。「シュタイナーは教育理念をこう言っています『子どもの魂の中にあれこれいろいろなものを注ぎ込んではなりません。そうではなくて子どもの精神の前に畏敬の念を持つのです。この精神は自分自身で成長していきます。私たちの責任は子どもたちの成長を妨げる障害物を取り除き、その精神が自分自身で成長するきっかけをつくってあげることなのです』と。生徒たちは卒業公演に向け、いろいろな人のアドバイスを受けながら、自分たちで考え、自らの手で舞台をつくりあげたのです。」

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教師と親の自主運営による、手づくり民間学校の設立

この学校は、どのように開校されたのか。東京賢治シュタイナー学校の初代代表であった故・鳥山敏子氏は、30年間の公立学校教師時代、生きた鶏を放って生徒たちに捕まえさせ、絞めて調理をしたり、豚一頭を丸ごと教室に持ち込んで解体して食べるなどの「いのちの授業」を実践する教師として広く知られる存在だった。


賢治故郷の花巻での講演

しかし鳥山氏は、子どもたちの心の問題への対応が学校だけでは追いつかないと、94年に退職。その後、宮沢賢治の詩の中に「人がどのように生きるか」という問いを見いだした鳥山氏は長野県に「賢治の学校」を開き、親が自分自身の問題と向かい合い、親も子も本音を出し合って心と身体を見つめ直すワークショップの実践に取り組んだ。

97年に東京都の立川に活動拠点を移したあとも、各地で「大人の責任において、子どもたちが生きる希望を持てる社会をつくろう。親と教師で『賢治の学校』を星の数ほどつくろう」とワークショップと講演を繰り返すうちに、賛同者は増えていった。

教師たちは、それぞれの想いを抱いて集まった。設立メンバーでもある鴻巣先生は、かつて年間100人もの生徒が退学する高校で教鞭をとっていた。生徒たち一人ひとりと向き合いたいと考えながらも、最後は成績で評価していかなくてはならない当時の教育システムに限界を感じて退職。芸術活動の中での教育の可能性を模索していたとき、鳥山氏と出会ったという。

その後も強い思いを持った親と教師とで、自主運営する学校についての検討を重ねていった。

当時は賢治の学校独自のカリキュラムも検討していた。しかし、賢治の宇宙・自然・他者とつながる「共生の精神」はルドルフ・シュタイナーが提唱した精神とも通じるところがあり、シュタイナー教育は既に体系的なカリキュラムを持っていたことから、開校にあたってはシュタイナー教育を採用することとした。


東京賢治シュタイナー学校の設立から携わる鴻巣先生

このような経緯を経て、2003年、シュタイナー教育を実践する「東京賢治の学校・自由ヴァルドルフシューレ」の設立が実現した。

ここ数年で日本国内のシュタイナー学校同士が連携する動きが活発になったこともあり、2013年からはシュタイナー学校であることを明確にするため、現在の「東京賢治シュタイナー学校」の名称とした。

鴻巣先生に設立時の理想は達成できたかと尋ねると、「設立から現在までも、最善と思えることをずっと無我夢中で走り続けているだけ」という。

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一日の始まりは、朝110分間のエポック授業から


特定テーマに一定期間集中することで学習効率を高めるエポック授業

学校訪問当日、まず見学したのはシュタイナー教育の大きな特徴でもある「エポック授業(中心授業)」だ。エポック授業とは小中高すべての学年の1時間目に毎日取り組まれる110分の授業で、国語、算数、理科、社会にあたる教科を2~4週間にわたり集中して学ぶ。

一定の期間に毎日、しかも脳の活動が活発な朝の時間帯に特定のテーマに没頭することは、学習効率を高め、授業内容と生徒とが深くつながることを可能にする。授業内容は生徒の潜在意識に刻まれるため、終ったら一時的に忘れてもかまわないという。


5年生のフリーハンドによる幾何

授業の流れも学習の定着を意識して組み立てられている。最初に詩の朗唱や歌、リコーダー、動きを通してのリズム的学びがあり、楽器が調律されるかのように学びの準備に入ってから、メインの授業に入る。前回の授業の振り返り発表を行い、その後の60分近くでその日の学習を進め、帰宅後にA4サイズのノート(練習帳)に自分自身で授業の内容をまとめ、翌日に発表する。そして「エポックノート」というノートに清書する、という一定のサイクルである。

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発達段階に合わせた各学年のエポックテーマ

授業を芸術と捉えるシュタイナー教育では、生徒たちが自分だけの教科書として、エポックノートを色鮮やかで美しいスケッチブックのように仕上げていく。


身体全体で学ぶエポック授業

鴻巣先生はエポック授業についてこう説明する。「黒板に教師が書いたものを写す授業とは全く違います。低学年では手足をたくさん動かして器用さを養います。手先から足先まで神経を集中させて繊細に身体を動かせるようになることが思考につながるからです。1年生のエポック授業は遊んでいるように見えても、ジャンプのタイミングや、いつどのように手を動かすかなど、少しずつヴァリエーションをつけながら次の練習段階へと進んでいきます。」

クラス担任となった教師は8年間、内面からの創意工夫と多面的な授業を一人ひとりの成長を見ながら毎日指導する。いくつかの学年のエポック授業を見学した。

2年生のエポック授業では、数え歌に合わせてお手玉遊びをした後、頭の上にお手玉を乗せて手を使わずに籐のかごにするりと入れたり、短い棒を持って様々な動作でリズムを打ち鳴らしたり、リズムに合わせてバランスよく身体全体を使う動きをしていた。


手足や五感を成長させ人間生活とも結びつく専科授業

3年生は、これまでのメルヘンの世界に親しむ成長段階を越え、家づくりや農業、職人の仕事を学んで大地に根を下ろす段階に向かう。

見学した授業では生徒たちは数人一組となって、「赤米(あかまい)」の米ともみがらとを分けていた。生徒たちは集中し、丁寧に手指を使って作業を進めていた。

実はこの赤米自体、校庭の一角に種もみを植えるところから始めたエポック授業の成果である。生徒たちはエポックノートを開いて、稲をカラスや虫から守る工夫をしながら、水やりをかかさずに頑張って育ててきたことを嬉しそうに話してくれた。

教室の片隅には授業で使われた米の重さ(升)や敷地の長さ(尺)を測る道具が置かれており、エポックノートには自分や友だちを測った結果や、指で測った寸やセンチ、フィートといったさまざまな単位との違いもまとめられていた。


米ができるまでを季節の移ろいとともに学ぶ子どもたち

東京賢治シュタイナー学校では、学習指導要領の主要科目に当たる教科内容が朝のエポック授業で展開され、その後は、専科授業時間となる。専科授業は一年を通じて継続的に行われ、教科や学年によって週に1~3回の割合で行われる。

クラス担任とは異なる教師が担当する専科授業は、外国語のほか、オイリュトミー、音楽、美術、体育、木工、手仕事等と充実しており、高等部になると芸術の実践は、藤製作、陶芸、油絵等絵画、染色、織物、木彫、製本等多岐に渡っていく。

生徒の成長を「垂直軸」に、各教科の横のつながりを「水平軸」としてとらえ、毎年教師間で徹底的に話し合いながら授業がデザインされる。

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母国語を習得するように小学1年生から英語に触れる


寸劇では脚本や小道具を創作

小さな子どもが大人の真似をしながら母国語を習得するように、外国語の習得も低学年が適しているとの考えで、外国語の授業は1年生から行われる。英語で詩を読み、歌を歌い、寸劇や音楽を取り入れ、4年生からは文法を学び、高等部では外国の原文を使い授業を展開している。

訪問した日の5年生の英語の授業では、先生とゲストであるニュージーランドからの留学生を含めて生徒が椅子を輪に並べて座っていた。

まず先生が留学生に英語で質問し、留学生が英語で答え、その内容をクイズ形式で確認していく。あくまで日常会話を通して英語に触れるためか、内容は留学生の家族や趣味について。

ノートや鉛筆を持たない形式であったためか、みなやりとりに集中していた。

その後は2つのチームに分かれて英語の寸劇を演じた。「Sad Team」は悲しいお話を、「Happy Team」は楽しいお話を生徒だけで考え話し合いながら創作し、英語の表現については先生の指導を受けたという。


卒業公演までに、さまざまなかたちで演劇に取り組む

劇が始まると、生徒たちは滑らかな発音、全身を使ったジェスチャー、韻を踏んだジョークも交えながらそれぞれの感情を表現する。悲しみを表現するために、ひもで首からかけた赤いハートの紙を胸の前でちぎって倒れ込むパフォーマンスも披露し、見ている我々を驚かせた。

衣装も用意し、小道具は生徒たちの手づくりだ。英語以外の授業や専科の要素が色濃く混ざり合って寸劇の最後には英語の歌を歌った。生徒たちは英語をコミュニケーションの手段として使いこなしている印象だった。

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低学年の手仕事が、後の思考の力につながる

低学年では手足を使った取り組みに重点を置くシュタイナー教育において、意志の力を育む教科として手仕事は大切な専科授業となる。


手仕事に集中する子どもたち

この日の1年生の教室では、棒編みで毛糸のモチーフ、羊毛で作った小人の服を、生徒たちが小さな手で器用に編んでいた。低学年では編み物に取り組むことによって集中力が培われ、知的能力の土台となる。

4年生からは刺しゅうに取り組み、クロスステッチへ進む。8年生では足でバランスを取って動かす足踏みミシンも使いながら、高等部の衣服製作へと発展していく。

人間の生活に根ざしたさまざまな素材の扱いを学ぶため、それまでの柔らかい布と並行して、5年生からは硬い素材である木工の取り組みが始まる。木を削る、切る、かんなを使う、ヤスリをかけるといった作業から、繊細な手先の作業まで取り組む。硬い素材が使えるようになるのは、手の骨の成長とも対応している。

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すべての教科を支える芸術専科オイリュトミー


シュタイナー教育独自の表現方法であるオイリュトミー

オイリュトミーとは「美しいリズム」という意味で、シュタイナーが発案した独自の運動芸術であり、シュタイナー学校にある芸術専科である。音楽のメロディーや拍子、言葉のなかの母音、子音を通して、目に見えない言葉や音楽を目に見える形にして全身で表現していく。

この日は5年生がピアノの曲に合わせ、各自がオイリュトミードレスを着てクラス全体で見事に流れるような動きを見せていた。誰かが勝手な動きをすると描こうとする線が崩れてしまうので、全員が同じスピードで調和の取れたひとつの円や8の字を描く。周りを見ながらぶつからないようにするというよりは、各自が自分の動きに集中して、全体としてひとつの大きな流れをつくる。


オイリュトミーの専任教師でもあるフォーグル代表理事

この他、言葉を身体の動きで表すにあたって、「冬の日に雪は降る降る丘の上」「青空にぽかぽか浮かぶうろこ雲」といった自作の詩を一人ひとりがオイリュトミーで表現した。単に音楽に合わせて踊るのではなく、言葉とも合わせて身体を動かすのは人間だからこそできる表現であると、フォーグル先生は言う。

オイリュトミーはシュタイナー教育の基本でもある、意志、感情、思考の一つひとつをバランスよく育てることにもつながるという。オイリュトミーはすべての教科をつなげて、動きを通して思考を学び、生徒のなかの潜在能力を活発化させ、感受性を豊かにし、心の調和をもたらす大切な授業となっている。クラス全体で取り組むことで社会的能力も高まる。

オイリュトミーには法則性をもった幾何学のような動きが用いられることもある。
子どもたちはオイリュトミーに取り組むことで、身体を使ってかたちを生み出してエポック授業で学んだ幾何学についても深く理解をしていくようになる。

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数学の定理は自ら思考し、大学の射影幾何学授業にも取り組む


生徒が描いた射影幾何学のエポックノート

朝のエポック授業で5年生が実習の先生と取り組んでいた幾何学では、図形を描き、その描き方をなるべくシンプルに文章で説明する取り組みをしていた。

子どもたちは先生に促され、「大きな円の中に、中心が異なる小さな円を描く。そして、2つの円の間に接するように別の円を描く。円と円は重なってはいけない」といったように、それぞれの言葉で描き方を説明する。その後、複数人でアイディアを出し合い、よりシンプルな説明にできないか検討する。

「幾何学の図の描き方を明確に説明するには、1つの行動を1つの文にすることがコツなんです。」と鴻巣先生は我々に教えてくれた。

数学では7年生が累乗の計算方法の授業を行っていた。先生ははじめに定理や公式を示すのではなく、実際に問題に取り組みながら、「あなたの思考を聞かせて」と生徒たちに投げかける。生徒はそれぞれ自分の考えた解法を黒板に書いて説明していく。

11年生の数学では、一般的には大学で学ぶ「射影幾何学」に取り組んでいた。生徒はまず作図を通して体験的に学び始めた。次に、「点」と「直線」という対称的な文言を入れ替えても、その命題が成り立つ「双対原理」に進んだ。その際、5年生の幾何学と同様に、なるべくシンプルに言語化することを求められていた。


数学の時間に射影幾何学を教える小山代表理事

学校の代表理事であり、数学の教師でもある小山郁夫先生によれば、「シュタイナーは、二本の平行線は交わらない、すべての直角は等しい、といった公理を積み上げて定理を導きだすユークリッド幾何学よりも、より柔軟な思考を養える射影幾何学に重きを置きました。射影幾何学では、平行な二つの直線が無限の彼方で交わる『無限遠点』を置くことによって、二つの直線は必ず1点で交わると一般化します。それによって、人間の直観や情緒を働きやすくしたのです。」

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親が参加する学校づくりが子どもの学ぶ意欲を育む

東京賢治シュタイナー学校は学校法人としては認可されていないため、自治体からの補助がなく、不便なことも数多くあるのは事実だ。たとえば、生徒たちは義務教育期間中、地元の小中学校に籍を置き、高等部では「高等学校卒業程度認定試験」を受けて大学受験資格を取得する。


表情や言葉が豊かな子どもたち

学校運営費のほとんどは保護者からの学費でまかなわれ、学校運営に関わる様々な仕事を保護者が担っている。なぜ、保護者たちは授業料を払った上に学校運営に無償で参加するのだろうか。
その理由は、子どもたちが生き生きとした表情で学んでいる姿を見れば十分だろう。手先から全身までよく動かし、表情も表現も豊かで、授業にはしっかり集中する。早く学校で遊びたくて開門の7時に登校してくる子どもたちが大勢いるという。親が積極的に学校づくりに参加する姿は、子どもたちの自ら学ぼうとする姿勢を育み、子どもの成長にとっては大きな助けとなる。

学校法人化はひとつの大きな目標でもあるが、ハード面で法人化の条件、基準をクリアすることに翻弄されないよう、目指す教育の質を保つことを最優先しているという。

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大学・専門学校進学、海外留学、我が道を行く卒業生たち


東京賢治シュタイナー学校で学ぶ子どもたち

保護者であれば「ここを卒業して大学に行けるのか」と疑問に感じる人も多いだろう。

国内の進学先では、東京芸術大学、慶応義塾大学、早稲田大学、国際基督教大学、駒沢大学、明治学院大学ほか、野生動物保護、ファッション、ビジュアルアーツなどの専門学校、海外留学ではオイリュトミー学校、シュタイナー教育教員養成校、フランスの大学で古典文学科修士課に進学している卒業生がいる。
卒業後、大学進学のために学校での受験勉強を希望する生徒には、13年生クラスを設置することもある。

同校の生徒は、自分の進路と選択した理由が明確なのだそうだ。進路指導は、本当に進みたい道を生徒自らが見いだしていくプロセスに重点を置いているからだ。
在学中に野生動物に強い興味をもち、野生動物保護の仕事に就くことを夢見て専門学校に進んだ卒業生、大学で地域通貨を研究開発した卒業生、ブラジルのスラム街でのボランティア活動後にオイリュトミー学校に留学した卒業生など、我が道を行く多彩な卒業生ばかりである。

人は誰もが学びたい、成長したいという欲求を持って生まれくるという。
人間形成において、他人との比較ではなく、また結果だけを追うのでもなく、普遍的な価値を一つひとつ丁寧に獲得していくプロセスこそを大切にする教育のあり方は、卒業生の精神の支柱として根付いているのかもしれない。

 

6年の幾何学の授業で描いた生徒の作品

今日、スマートフォンのインターフェースから統計情報のインフォグラフィック化まで、直感的に理解できるデザインが求められている。

この背景には、高度化する情報技術や増大する情報量が人間の処理能力を上回ってしまったことがあるように思える。

小山代表理事のお話では、最新の数学の論文は、必要な前提知識が多すぎて、ごく一部の人にしか理解できないそうだ。

この状況を打破するのが、確かな基礎を積みあげたうえでの直観であり、領域を横断した学びの統合としてのアートなのかもしれない。

今回訪問した東京賢治シュタイナー学校での教育は、丁寧な学びの積み上げと統合により、テクニックではなく本質的に「ものにする」ことをめざしているのだと感じた。

【企画制作】(株)エデュテイメントプラネット 柳田 善弘、羽塚 順子
【取材協力】NPO法人東京賢治シュタイナー学校


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