一人じゃないけど、一人で頑張る
バディスポーツ幼児園

幼少期の子どもにとってスポーツの持つ意味は何か。多くは技術そのものよりも、基礎的体力や他者との人間関係づくり、そして強い心などを育むことだろう。心の育ち方は見た目ではわかりにくいが、生涯にわたって財産となる自律性や社会性がこの時期に萌芽し、高められることは様々な研究でわかってきている。

この自律性の源泉である自己の意志を認識することや、目標達成のための行動と関連付けて努力することなど、子どもたちがスポーツを通じて人生を力強くスタートできるような教育実践とは何か考えてみたい。

(BERD編集長・石坂 貴明)


卒園生の活躍でプロも身近に感じる

サッカー日本代表メンバー、サッカーなでしこジャパン(日本女子代表)メンバー、オリンピック代表をめざす市民ランナー、少年誌に連載中の漫画家、NHK連続テレビ小説主演女優などスポーツに限らずさまざまな世界で活躍する彼らは皆、バディスポーツ出身者だ。

もちろん彼らだけではなく、難関といわれる国公立、私立大学に入学したり、それぞれの道で活躍する多くの卒園生がいる。

バディスポーツ幼児園は自治体が定める、認可外保育施設指導監督基準を満たす幼児教育施設で、2歳児から就学前の子どもたちが通っている。保育時間は保育園と同じ長時間預かりが可能で、毎日体育を行うことが特徴の幼児園だ。創設者であり、園長でもある鈴木威先生にお話を聞いた。

スポーツは確実に成功体験を実感させてくれる


体育館や園庭で40分以上走り続ける

訪れたのは、神奈川県川崎市のはるひ野校。朝9時の体育館から響くのは子どものランニングの足音だ。通常授業が始まるまでの間は「朝の体操」の時間。年長の子どもたちは約40分間走り続けていた。その後も跳び箱練習、三点倒立の練習を年少から年長までクラス単位で行う。年長クラスでは全員が三点倒立をマスターしていた。

朝の体操が終わると一度教室に戻るのだが、この日年長クラスは10時半から体育の授業があるため、再び体育館に集まり、先に来た子どもたちは自ら体育館を走り始めていた。

バディスポーツ幼児園は他の幼稚園や保育園に比べて運動量はかなり多いようだ。なぜ、スポーツ教育なのか、鈴木園長はこう話す。「スポーツは子どもに、やればできるという成功体験を確実に実感させることができるからです。そし て何よりも子どもにとって分かりやすいからです。」


年長クラスのほぼ全員が三点倒立を成功

例えば絵画や歌などは、誰がうまくて、何が良いのか個々人の価値観にもよる。ピカソとドラえもんの絵が並んでいれば、ピカソの絵を選ぶ子どもがいるかもしれないが、ドラえもんを選ぶ子もいるだろう。童謡にしても、世界的有名歌手の歌と親の歌ではどちらが良いのか判断しがたい。しかし、スポーツは違う。かけっこなら誰が一番速く走れるのか、逆上がりや三点倒立をできるのは誰なのか、子どもでも一目瞭然。だからこそ、スポーツ教育なのだという。

「バディスポーツ幼児園のバディとは、海浜実習などでの安全管理法の一つとして、常に2人が組になって、互いに助け合いながら行動するときのパートナーを意味します。そのような仲間の象徴としてバディの名前がつけられました。園の理念にもなっていますが、スポーツを通じてできる子が、できない子に教えてあげる思いやりや、教わった子どもが感謝する気持ちを持つ関係性を築くことが大事なのです。」

バディスポーツ幼児園が子どもたちに教える理念は二つ、「どこまでもベストをつくせ」と「はげましあえ、そしておもいやれ」である。それぞれに込めた思いを伺った。

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「やればできる」の成功体験が努力を惜しまない、生きる力につながる

まず、一つ目の理念「どこまでもベストをつくせ」について。鈴木園長は、最後まで諦めない強い精神力の土台を幼児期に作っておく必要を感じているという。成長過程で人は次第につらいことを避け、苦労しない方法を考えるようになる。だからこそ、幼い時期から苦しくてもベストを尽くす、という経験を重ねていく必要があるというのだ。

ベストを尽くすための指導とはどのようなものか。鈴木園長は教えてくれた。「子どもに、最初から10本走る練習をすると言うと1本目から全力で走らないんです。でも、1本走ってこいと言うと全力で走ります。それでもまだ全力で走ってないからもう1本走ってこいと言うと次も全力で走る。指導する側はもちろん始めから練習メニューは10本と決めています。このような指導方法で10本走らせると子どもの能力を最大限に引き出せます。練習を指導するには工夫が必要です。そうやってベストを尽くす、苦しいことに挑戦させることを実現しています。」


年少クラスに応じた課題に取り組む

バディスポーツ幼児園に通う子どもが皆、はじめから運動能力が高いわけではない。年少クラスの子どもたちは集団でのランニングもそれぞれが自分のペースで走り、まとまって走らない。またマット運動では前転もままならない子どもも多い。

「子どもは少しだけ難しいことに挑戦意欲がわきます。あまりに難しいことは最初から諦めるし、簡単なことはすぐに飽きるのです。例えば60点のテスト結果を持って帰って来た子どもに、今度は100点をめざせといきなりハードルを上げても、無理だと感じて勉強に取り組む意欲がわきません。逆に、今度は20点でいいよといってしまえば勉強しなくても取れるだろうとさらに学ぶ努力をしません。しかし、61点から65点をめざすように働きかけたなら、少し勉強さえすればなんとか取れるかもしれないと感じるのではないでしょうか。上手に目標設定をすることで、子どもたちにやってみようという気持ちが生まれるのです。」


「毎回1秒ずつタイムを短くしよう」
目標を達成したら蛍光ペンでマーク

園では昨日より少しだけ速いタイムで走る、少しだけ多く逆上がりをするなど、一人ひとりが挑戦できる目標や課題を設定し、毎日の授業の中でできたことを実感する。この「できるようになった」という成功体験は、積み重ねるほどに「やればできるようになる」という自信につながる。
「三つ子の魂百まで、という言葉があります。この時期に『やればできる』ということを実感できることは、この先、生きて行く道のりで大きな力になります。その道はスポーツに限らず、漫画家でも、テレビの世界でも、大学受験でもいいのです。やればできるという体験が、努力を惜しまないという、生きる力になるんです」と鈴木園長は言う。


一人ひとりが「昨日より少しだけ・・・」を積み重ねている

「小学校になれば、自分一人ではできないこともあるということに気づきます。力を合わせる必要性や、協力、共同といった重要性も感じるでしょう。このメンバーで優勝したいなどの思いも募るでしょう。しかし協力や情熱の土台は、やはりベストを尽くす、諦めずにやり抜く力であり、それが子どもたちが伸びる力にもなるはずです。」園の指導は、園を卒業したあとの小学校入学から社会生活までも意識している。

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子ども同士の教え合いで、思いやりと感謝の気持ちを育む

バディスポーツ幼児園のもう一つの理念は「はげましあえ、そしておもいやれ」だ。逆上がりや三点倒立などができるようになった子どもたちは、自分ができるようになったからといって終わりではない。先生たちも全員ができるようになるまで褒めないという。


できない子にはみんなで教え、励ます

「できる子には、自分ができればそれでいいというのではなく、できない友だちに教え、できるようになるまで励ますよう指導しています。そして、教わった子どもには"ありがとう"と言うだけではなく、今度は自分が"ありがとう"と言われる人になりなさいと伝えます。」

鈴木園長は、思いやりについてこう語る。「単純にできるようになるためならば、先生や大人がマンツーマンでずっと指導すればいつかはできるようになるでしょう。しかしそれで他人を思いやる謙虚な気持ちや、仲間を大切にする社会性は育つでしょうか。できない子を教えて全員で一生懸命応援する。例えば、逆上がりができなかった子ができるようになったとき、他の子どもたちは『園長先生、○○君ができるようになった』と、自分のことのように喜びます。そして、ありがとうと言われるのです。ありがとうと言われれば嬉しいものです。またそれぞれ次のステップにチャレンジし、成功すれば友だちに教え、全力で応援する。これを繰り返すことで、本当に他人を思いやり、本当の意味で感謝の気持ちを理解できるようになるのです。」

バディスポーツ幼児園では2~3ヶ月に一度イベントを開催している。サマーキャンプや、スポーツ大会、収穫祭、スキーキャンプなどだ。イベントではチーム対抗でマラソンをしたり、富士登山や、山中湖駅伝などを行う。イベントごとにみんなで練習に取り組みながら、できるようになった子はできない子をサポートして、みんなで喜びを分かち合うのだ。

「その時の盛り上がりは本当にすごいですよ。みんな本気で応援します。就学前は、生まれた月齢によって体力の差も大きいですし、できる子とできない子の差もあります。それでも友だちが応援してくれるから走るのが遅くても一生懸命ついて行こうと全力で走ります。だからこそ、みんなでゴールした時の歓声に園児をはじめ私たちも感動するのです。」

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うまい子とすごい子を育てる指導の違い


今でも直接子どもを指導する鈴木園長

入園説明会で鈴木園長が保護者に伝えることは、子どものやることに手を出さないということだ。少子化で一人っ子世帯が増えているため、保護者や祖父母が、子どもや孫に手を出し過ぎてしまう傾向がある。

少し前の子どもたちに比べると今の子どもたちは運動能力やサッカーの能力がとても高いと鈴木園長は言う。反面、自分で考えることが苦手な子どもも多い。「保護者や大人の固定観念で子どもを指導してはいけません。これをやりなさい、こうすることが正解だと手を出すことは子どものためになりません。子どもの発想力はとても豊かで、可能性は無限です。」

バディの学童クラブには園長講座という座学がある。ここでは子どもたちに考えさせる授業が行われる。あるときの授業で、園長が「同じ商品なのに値段が高いものと低いものがあるのはどうして?」と質問すれば、子どもたちが「平日と土日で値段が違う」「昼間の時間と閉店間際では値段が違う」と答える。「なぜ?」と園長がさらに質問すれば「土日はお客が多いから値段を高くする」「閉店間際は売れないと捨てるだけになるから値段を下げてでも買ってもらいたいから」と子どもたちからさまざまな意見が出てくる。子どもは、周囲にアンテナを張りめぐらせ、親や大人の発言をよく見聞きして、さまざまなこと吸収して、発想を広げる力があるという。

しかし長年幼児教育の現場で子どもの成長を見てきた鈴木園長は、ここ十数年は運動能力が高い子どもたちが増えたと感じる反面、「この子はすごい」と思うような子どもは少なくなったと話す。うまい子とすごい子の違いは、自分で考えるか否かの差だという。

「先ほど話したように、こちらの質問のし方によって子どもは自由に考え、想像していろいろな答えを導きだそうとします。しかしよかれと思って周りの大人が子どものやることに手を出したり、口を出し過ぎれば、自分で考えることをやめてしまう。花も水をあげすぎればダメになってしまいます。」


保護者には口や手を出さず、見守る姿勢を求めるという

子どもが自分自身で考えたり、他の子どもの意見を聞いたりして、自分はこう思うと発言する機会を設けることが必要なのだという。

「サッカーでも同じです。試合中、コーチがベンチからいろいろ指示を出します。でもドリブルで抜くのか、パスを出すのか、シュートを打つのか、ボールをクリアするのかを決めるのは選手一人ひとりの判断になります。選べる手段を作っておき、その中から選ばせる。結果が悪くても子どもがその判断を下した理由を子どもから引き出せればそれでいい。そのように指導すると、子どもたちも自分で選択した結果がどうだったのか、次はどうすればいいのかを自分で考えるようになるんです。」

たとえコーチがそこはドリブルで抜くべきだと思っている場面で、子どもがパスを出して、悪い結果となったときでも「あそこはドリブルでいけばよかった」などという指導はしない。それでは子どもの能力は伸びず、考えない子どもになってしまうからだ。それよりも「なぜあそこでパスしたの?」と質問してその子に考えさせ、理由を引き出させることが重要だという。「子どもから理由を聞いて、『そうか、分かった。そういうプレーもあるんだな』と大人が思えばいいのです。」


すごい選手とは、自分で考えて行動できること

園長は指導者の役割についてこう語る。「なぜ試合に負けたのか。必ず理由があるはずです。その理由を子ども自身で考えることが運動能力の向上だけでなく、チームワークやリーダーシップなどのプラスαにつながり、結果的にうまいだけではなく、すごいプレーヤーが生まれるのだと思います。先生や指導者がめざすのは勝つためだけの指導ではありません。今、その子の持っている力を最大限引き出せるかどうかが先生、指導者として一番大切なことなのです。」

また、先生にも保護者にも共通することで、厳しく指導する部分を間違えないようにしなくてはいけないという。だれでもできること、当たり前にするべきことなどは先生も保護者も厳しく教育する部分だと鈴木園長は言う。「おはようございますなどの挨拶、忘れ物をしないという指導は厳しくした方がいい。でもリフティングが300回できないということは叱ってはいけないです。前者は習慣であり、後者は能力の問題です。能力の問題は少しずつ教えていけばいいことです。昨日より今日少しでも成長できたら褒める、でいい。リフティング毎日練習をやらないのは習慣の問題から厳しく指導するべきです。しかし、回数ができないからといって、叱るべきではないのです。だから保護者にも子どもに手を出していろいろやり過ぎてはいけないと話しています。」

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全員ができるまで終わらない「最後の授業」

バディスポーツ幼児園の大きなイベントとして、2月のスキー大会と3月の卒園式で行なう最後の授業がある。


一人でスラロームを滑り、保護者や友だちのもとに向かう

スキー大会で山の上から園児が一人でスラロームを滑って降りてくる。「たった一人での滑走は心細く、練習では滑れた急斜面が怖くなったり、くじけそうになるかもしれません。誰も助けてくれません。ただ、雪山の下に友だちや保護者、先生たちが待っている。全力で応援してくれている。子どもたちはそれを知っているからこそ、最後は全員クリアします」と園長は言う。

最後の授業では、逆上がり、三点倒立、跳び箱(6段)の卒園テストがある。
逆上がりは地に足がつかないような場面でもしっかりパフォーマンスを発揮できるようにする平常心。三点倒立は一方向だけでなく、反対から見ることによって、違った方向からも物事を見て考えられる力。跳び箱は怖いと思う場面でも挑戦する胆力。この3つの意味と思いが卒園式に行なう最後の授業に込められている。


跳び箱を跳ぶには技術だけでなく胆力が必要

「子どもはすごいプレッシャーだと思いますよ。最後の授業当日になってそれまでできた子でもプレッシャーでできないこともあります。成功しないと卒業できないので、全員ができるまで終わりません。何度でも続けます。子どもなりに責任を感じています。そしてやはり、みんなが全力で応援してくれている。結局は自分で頑張らないといけない。小学校へ行けばきっとバディスポーツ幼児園とは違う考えを持った人もいます。たくさんの壁にぶつかるかもしれません。でも少し見渡せば保護者やバディスポーツ幼児園の仲間が応援している。一人じゃないけど、一人で頑張りなさいという背中を押して、最後の3種目をクリアさせて卒園するのです。」

バディスポーツ幼児園の卒園生たちは、小学校は別々でも友だち関係が続いており、卒業後も園に近況報告をしにくるという。また、同園は小学生が放課後に通えるスポーツクラブも運営しているが、保護者からは学校そのものを作って欲しいという声もあるという。また、12人の卒園生が、現在バディの指導者として戻ってきている。

これらは濃密な園での生活を通して築かれた信頼関係の表れなのだろう。

 

マット運動の練習の横ではお兄さんやお姉さんが走り込みをしている

バディスポーツ幼児園の「全員ができるまで続ける」という姿勢は、ベストを尽くせば必ずできる、という先生方の園児たちに対する信頼に他ならない。

そんな先生方に見守られながら、互いに教え合い、励まし合い、できないことができるようになっていく子どもたち。努力の末に成長していくお兄さん、お姉さんたちを間近で見ている小さな子どもたち。

一人じゃないけど、一人で頑張る。2歳児クラスから年長クラスまでの園児たちが一堂に会する「朝の体操」の時間は、直接的なコミュニケーションはなくとも、年齢を超えて子どもたちが静かに刺激しあう、そんな学びの場なのかもしれない。

【企画制作】(株)エデュテイメントプラネット 柳田 善弘、寺本 亜紀、水野 昌也、ライター 一柳 麻衣子
【取材協力】バディスポーツ幼児園


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