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学会発表報告「教科横断的に育成される思考力の総括的アセスメント項目の作成とその評価」@日本テスト学会第20回大会

2023年03月16日 掲載
 渡邊智也

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学会・研究会・シンポジウム アセスメント研究開発 中学校 学習指導要領 思考力

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はじめに

ベネッセ教育総合研究所 学習科学研究課の渡邊智也,小野塚若菜,野澤雄樹が,2022年8月26日から9月4日にかけて行われた日本テスト学会第20回大会において研究発表を行いました。

研究の要旨・目的

平成29年告示の中学校学習指導要領の要諦のひとつである「思考力・判断力・表現力等」(以下,思考力とします)は,教科横断的に育成・評価することが重視されています。しかし,先行研究では,思考力の目標は各教科固有の見方・考え方からの捉えにとどまるものが専らであり,結果として,中学生の思考力の学習達成を教科横断的に評価する手立てが十分に存在しませんでした。
 そこで,中学生の思考力の教科横断的な目標の達成状況を把握するため,教科共通の「思考スキル」という理論的枠組みに基づく指標を用いて,総括的アセスメントの問題項目の試作版を作成しました。この問題項目は,特定の教科に依存しない文脈において思考力が発揮されるかを測るものとして作成されました。さらに,中学生がそれらの問題を解答している際の思考発話プロトコルデータから,問題項目の妥当性の証拠と,項目を改善していくための手がかりの収集を試みました。

概要

<思考力評価に関連する先行研究,ならびにベネッセ教育総合研究所のこれまでの取り組み>
 平成29年告示の中学校学習指導要領においては,学習の基盤となる資質・能力を支える柱である思考力を,各教科等の文脈で育成される力のみならず,教科横断的に身につけていく力とを相互に関連付けながら行う必要があるとされています。そのような思考力の指導・評価(アセスメント)を実現するためには,教科横断的に育成すべき思考力の学習目標がどのようなものか,それを育むために各教科でどのような学習目標を設定する必要があるかについて整理されている必要があります。
 先行研究では,教科間で共通する思考の方法を「多面的に見る」「比較する」といった行動レベルで具体的に記述した「思考スキル」(例えば,小野塚・泰山, 2021a, 関連研究1参照; 泰山, 2014)と呼ばれる概念枠組みを用いて,各教科で行われる思考活動の共通性を明らかにしています。さらに,思考スキルを活用する学習のパフォーマンス目標として思考力Can-do statements(以下,Cds)へと拡張されています(小野塚・泰山, 2021b; 泰山・小野塚, 2022, それぞれ関連研究2,3参照)。Cdsでは,教科を跨いだ思考力の指導を具体化するため,思考力の教科横断的な目標を,国語や数学といった各教科の文脈で解釈した記述を併置しています(下表は,小野塚・泰山, 2021bの表1を改変して引用)。
 ベネッセ教育総合研究所の昨年度の研究報告(渡邊・小野塚・野澤,2021)では,上記の研究と同様に,思考力を「現実の問題状況や目的に合わせて,思考スキルを活用し,問題解決や意思決定を行う力」(泰山, 2014)と捉えました。そして,Cdsに基づき,中学生の教科横断的に育成される思考力の学習達成を評価する総括的アセスメントのあり方を考察しました。この研究では,アセスメント項目によって表のY(緑枠)の能力記述文に示される学習行動を引き出し,そのパフォーマンスから,発揮されている思考活動を推論することによって,受検者の教科横断的な思考力の学習達成の証拠を得ることができると述べています。

例えば,テスト形式のアセスメントを設計する場合,このCdsを用いると,
 ある能力記述文に示される行動(思考活動)を引き出せるタスクを設定する
 タスクを受検者に解答させ,反応を得る
 ↓ ②を(他の・同一の)能力記述文について複数回繰り返す
 得られた解答から,受検者の思考力の一側面を推論する
といったことが可能になるということです。



<今回報告した研究の目的>
 本研究では,実際に教科横断的な思考力の能力記述文のパフォーマンスを引き出す項目の試作版を複数作成し,それらの問題が果たして意図した思考力を引き出すことができるのか,どうすればよりよくその思考力を引き出すことができるのか,を調査しました。

①試作版項目の作成
 思考力の教科横断的な目標(表, Y)は,必ずしも教科に依存しない文脈でその力を発揮したときの学習者のパフォーマンスを示しています。国語や数学などの特定の教科に依拠しない問題文脈を用いることで,可能な限り領域固有の知識・技能の影響を統制しながら,そのパフォーマンスを引き出せるのではないかと考えました。そこで,そのような文脈において,思考力の特定の目標が示すパフォーマンスを引き出すことができるような問題群(大問形式)を作成しました。

問題例1
設問の概要:野球の同じ試合の勝敗について,異なる著者によって書かれた2つの記事を読み比べる(多肢選択式)
焦点化されたCdsの項目 :「15 情報や事象を比較したり,関係づけたりすることができる」

問題例2
設問の概要:学校祭当日やその準備のようすを動画で撮影し,広報の一環としてWEBで配信することの是非についての学校祭実行委員の議論を整理したり,アンケートの結果に基づいて賛成派の主張を構築したりする(記述式)
焦点化されたCdsの項目:「11 根拠を明確にして考えをまとめることができる」など

②妥当性の証拠と,問題改善の手がかりの収集
 問題が意図した思考力を引き出せているかどうか(妥当性の問題),より良く思考力を引き出すためにはどのような改善が必要か,を検討するため,思考発話法という検証アプローチを用いました。これは,問題解答中に受検者が考えていることを声に出して語ってもらう手法であり,その発話内容に基づいて問題解答中の受検者の心的過程を推測することで,項目が測りたい能力を問えているかどうかの証拠を収集する方法として用いられています(c.f. Leighton, 2017)。
 本研究では中学生6名に対し,問題群への解答と発話を求め,得られた発話を文字起こししたプロトコルデータを分析に用いました。本研究は思考力を,思考スキルの文脈に応じた活用,という側面で捉えています。そしてCdsでは教科横断的な思考力の特定の目標のパフォーマンスに関連が深い思考スキルが想定されていることから,問題解答中の発話から思考スキルに関する発話が得られるかどうかをチェックしました。これは,問題解答中の発話からその思考スキルの発揮が推測できるならば,その思考スキルに深く関連する思考力のパフォーマンスも引き出せていることが仮定できるためです。
 プロトコルデータを思考スキルの発揮に基づいてコーディングした結果,いずれの問題とも何らかの思考スキルの活用を求めていたことが推測されました。また,その思考スキルは概ね能力記述文に示されるパフォーマンスを発揮するために必要となるスキルであることが想定できました。例えば,上の問題例1に解答中の受検者6名全員の発話から「比較する」スキルの発揮が推測できました。これは,この問題例が,思考力の目標「情報や事象を比較したり,関係づけたりすることができる」のパフォーマンスを確かに引き出せたことの証拠の一つになりうると考えます。
 一方で受検者の発話からは,設問文の欠陥などが一因となって,問題作成時には意図していなかった思考過程が導かれる可能性も併せて示唆されました。この点は,問題改訂の際に反映されるべき知見であると考えます。

<今後の計画>
 教育現場の指導の実態にあった評価手法を開発するため,Cdsに基づく指導およびその指導の成果に対する評価を一体的に行うことのできる教科別のアセスメントを開発していきます。

 詳細については,以下の資料(日本テスト学会第20回大会発表論文抄録集,pp.58-61)をご覧ください。
渡邊智也・小野塚若菜・野澤雄樹(2022).教科横断的に育成される思考力の総括的アセスメント項目の作成とその評価 日本テスト学会第20回大会発表論文抄録集, 58-61
※上記リンク先の資料の著作権は日本テスト学会に属します。資料は日本テスト学会の許可を得て公開するものです。

関連研究

1. 中学校の学習指導要領解説の記述にある学習活動を,教科間で共通する思考の方法である「思考スキル」と対応させ,各教科の思考力の特徴を定量的に比較・分析した研究です。本研究が依拠したCdsが示す思考力は,この思考スキルを起点に分類・整理を行っています。

小野塚若菜・泰山裕(2021a).中学校新学習指導要領における思考スキルの抽出 日本教育工学会論文誌, 44, 121-124.
1. 論文掲載に関するご報告と概要の説明
2. 論文本文(J-STAGE)

2. 本研究が依拠したCdsの開発・提案を行った研究発表です。学習指導要領においてすべての学習の基盤となるとされている資質能力のひとつに言語能力がありますが,言語能力の側面から思考力全体を整理したフレームワークとしてCdsを開発しました。その開発手続きを説明し,各教科専門家の意見に基づきCdsの位置づけや内容について考察しています。
小野塚若菜・泰山裕(2021b).中学校学習指導要領に基づく言語能力Can-do statementsの開発 日本教育工学会2021年秋季全国大会

3. 2で提案されたCdsの妥当性の検証を行った研究発表です。この研究では,以下2つの問を検討しています。
  1. Cdsが各教科等で育成を目指す資質・能力をカバーしているのか。
  2. Cdsは各教科等の指導や評価を担当するものにとって了解性のあるものかどうか。
 全国学力・学習状況調査の調査問題に基づく分析や,教員・教材等作成者に対するアンケート調査から,各教科等の指導の実態を捉えるための枠組みとして妥当なものになっていることが確認されました。
泰山 裕・小野塚 若菜(2022). 中学校版言語能力Can-do Statementsの提案と妥当性の検証 日本教育工学会研究報告集, 3, 1-5.


本ページの研究の内容に関するお問い合わせは,ベネッセ教育総合研究所ホームページhttps://berd.benesse.jp/の画面右上にある「お問い合わせ」からお願いします。

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