調査室長コラム Ⅱ

第1回 子どもたちが学習に回帰している!

ベネッセ教育研究開発センター 教育調査室長 木村治生 (2008/05/26更新)

学習離れは本当か?

 「子どもたちが以前よりも勉強するようになっている」と言ったら、意外に感じる方が多いかもしれない。ここ数年、学力や学習意欲の低下が社会問題になっている。その印象からすると、子どもたちはますます勉強しなくなっているように感じる。

 確かに、国際的な学力調査の結果を見ると、日本の子どもたちの学習時間は平均より少ない。たとえば、経済協力開発機構(OECD)が実施している「生徒の学習到達度調査(PISA)」(高1生対象)によると、日本の子どもたちの1週間の総勉強時間は、平均の8.9時間より2時間以上少ない6.5時間である。さらに、「学ぶ内容に興味がある」といった学習意欲の項目も、他の国に比べて肯定率が低い。小・中学生を対象とした調査(国際教育到達度評価学会=IEA=の「国際数学・理科教育動向調査=TIMSS=」)でも同様の傾向が表れており、これらの結果を裏付けにして、子どもたちの学力や学習意欲の低下が語られている。

 しかし、経年での変化を追うと、異なる様相が見えてくる。

図1:平日の家庭学習時間(小学生)

図1:平日の家庭学習時間(小学生)

第4回学習基本調査(国内調査)小学生版」ベネッセ教育研究開発センター(2007)より



図2:平日の家庭学習時間(中学生)

図2:平日の家庭学習時間(中学生)

第4回学習基本調査(国内調査)中学生版」ベネッセ教育研究開発センター(2007)より

 は、学校外での学習時間(塾などを含む)について、1990年以降の推移を示している。これを見ると、2001年まで学習時間は減少したが、06年には増加に転じている。2000年代に入って、子どもたちは再び勉強するようになっているのだ。さらに、この調査では、(1)理数系教科の「好き」という割合の増加、(2)授業の理解度の上昇、(3)授業態度のまじめ化など、総じて望ましい変化が明らかにされている。

学校現場の努力

 このような望ましい変化の背景には幾つかの原因が考えられるが、私はその一つに、教員の様々な努力や工夫があると考えている。あまり注目されないが、このことは、もっと強調されてよいように思う。

 02年に施行された学習指導要領は、全体的に学習量を切り下げる改訂を行った。教科の枠組みにとらわれない新しいタイプの学びとして「総合的な学習の時間」が出来たものの、土曜日を完全に休みにして、教科の学習内容を削減した。こうした一連の改革は、「詰め込み教育」に対する反省に根差しており、知識量は減らしても、「ゆとり」の中で「生きる力」を育むことが含意されていた。ところが、改訂の直前から、学力低下に対する不安が一気に高まる。

 文部科学省はこの対応として、学校現場に学力向上のための実践を強く促した。「ゆとり教育」の制度の下で学力向上を実現しなければならないという矛盾が生じ、その解決を学校現場に委ねたのである。その結果、基礎・基本の徹底的な指導、習熟度別学習などの指導の工夫、「朝の読書」のような授業以外の取り組み、放課後や土曜日の補習、家庭学習の支援など、多くの取り組みが学校で行われるようになった。

新しい問題の出現

 子どもたちの学習離れに歯止めがかかり、その原因の一つに学校現場の取り組みの充実があることを、これまで論じてきた。学校を取り巻く環境が厳しくなる中で、そうした状況を生み出している多くの教員に、素直に敬意を表したい。

 しかし、ここにも問題がないわけではない。新たに生じた課題に対して、学校現場に十分な資源(人や物やお金)を投下せずに努力に頼るのみであれば、教員は疲弊するに違いない。また、地域の教育力が高くて保護者の協力を得やすいなど、新しい課題の負荷に耐えやすい学校とそれが難しい学校との間で格差が生じる可能性が高い。全国どこでも一定以上の教育が受けられることを特長にしていた日本の教育において、拡大する格差をどうするかは、今後ますます大きな課題になるだろう。

 連載1回目として、子どもの学習に関するデータを取り上げ、新しい問題の出現を示唆した。これからの教員は、数字に強いことも求められる。この連載では、教員を目指す読者を対象に、データを手がかりにしながら教育にかかわる問題とその解決を考えていきたい。


 グラフのポイントはココ!

(1)1990年代は一貫して学習時間が減少する傾向が見られる。
(2)2001年から2006年にかけては一転して、学習時間が増加している。

※初出:月刊「教員養成セミナー」2007年9月号(時事通信社)

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