調査室長コラム Ⅱ

第3回 モンスター化する保護者への対応

ベネッセ教育研究開発センター 教育調査室長 木村治生 (2008/07/28更新)

モンスターペアレントの出現

 今、教員は大変だ。子どもたちに対する学習指導や生活指導はもちろんのこと、保護者や地域住民ともよい関係を築かなければならない。しかも、相手は学校に協力的な人たちばかりとは限らない。最近は「モンスターペアレント」などという言葉がはやるほどに、教員にとって「困った保護者」が増えている。モンスターペアレントとは、学校に理不尽な要求を突き付ける保護者を指す。図1は教員を対象に勤務状況を調査した結果であるが、4人に3人の割合で「保護者や地域住民への対応が増えた」と感じている。先生方に聞くと、この手の直接子どもと向き合うのではない業務には、とりわけ大きな負担を感じるという。

図1:教員の勤務状況

図1:教員の勤務状況

*対象は全国の公立小・中学校教員2503名。教員の勤務状況についての質問(12項目)から抜粋。

ベネッセコーポレーション「義務教育に対する意識調査」(平成16・17年度文部科学省委嘱調査)より

 ところで、「困った保護者」には、学校や教員とかかわろうとしない「無関与タイプ」と、それとは反対に、過剰にかかわろうとする「過関与タイプ」とに大きくわけられる。

 「無関与タイプ」は、子どもの教育に気を配る生活的な余裕がなかったり、関心が薄いといった保護者である。学校が家庭の協力を得なければならないときでも、連絡が取れなかったり、学校に任せきりで何もしなかったりする保護者がいることは、学校側からすると頭が痛い。

 一方、「過関与タイプ」の代表は、指導の不十分さや不手際などに対して何度もクレームを言ってきたり、学校の取り組みに対して繰り返し注文をつけたりして、かかわり続ける保護者である。学校としてはその都度十分な対応をしているつもりでも、次々と自分勝手な要求を突き付けられて、対応し切れない。

困った保護者が増加する背景

 たとえ少数でも、こうした困った保護者がいると教員は忙殺される。しかも、相手は、「モンスター」と呼ぶにふさわしいほど極端なのだ。では、どうして困った保護者は増えているのだろうか。

 第一に考えられるのは、保護者自身の変化。かつてわれわれは、公的な場に私的な事情を持ち込み過ぎるのを控えたものだ。ところが昨今は、そうしたことをあまり非常識とは考えず、権利として主張してもよいという意識が広がっている。学校は、もともと個人の人格や能力を高めるといった私的なニーズに対応することが求められているが、同時に市民や国民の形成といった公的な役割を担う。本当は両方のバランスが大事なのだが、サービスを提供されることに慣れてしまった保護者たちは、学校教育に対しても同様の感覚を持ち込んでしまう。

 第二に、こうした意識に連動している問題として、学校や教員の社会的な地位の低下を挙げたい。今から20年以上前の調査をみると、小学生にとって「小学校の校長先生」は「大学教授」よりも「えらい」人であり、「小学校の先生」は「大会社の社長」や「パイロット」よりも「えらい」と思う比率が高かった(ベネッセ教育研究開発センター『モノグラフ小学生ナウ』3巻9号、1983年)。この調査結果は、当時、教員が高い威信を保っていた様子をよく示している。保護者も以前は、子どもに対して先生の言うことをきちんと聞くように教えていたし、教育のプロである先生に注文をつけるような気持ちも持ちにくかった。しかし、学校や教員の社会的な地位の低下で、個人の要求を表明しやすくなった。

学校や教員側の問題

 さらに第三に、学校や教員側の問題を指摘したい。学校を取り巻く社会的な環境が変わっているのに、旧態依然とした対応をしていたのでは保護者の納得や信頼は得られない。日ごろのコミュニケーションの希薄さやトラブルが起きたときの初期対応のまずさによって、保護者がモンスター化するケースも多いのではないだろうか。保護者や社会に責任を転嫁するだけでは、事態が好転することはない。

図2:子どもが通う学校に望むこと

図2:子どもが通う学校に望むこと

*対象は全国の小1〜中3までの子どもを持つ保護者6742名。子どもが通う学校に望むことについての質問(9項目)から上位3項目を図示。

ベネッセコーポレーション「義務教育に対する意識調査」(平成16・17年度文部科学省委嘱調査)より

 このことを考えると、学校がよりいっそう社会に開かれたものになる必要がある、と感じる。図2は、保護者が子どもの学校に望むこと(上位3つ)を示したものである。ほとんどの保護者が、学校からの情報提供を強く望んでいるし、もっと質問したり相談したりしたいと考えている。

 確かに、それによって教員の業務は増えるかもしれない。保護者・地域対応の負担感を高める可能性もある。しかし、私は必ずしもそうはならないと考える。保護者の要求がエスカレートしたり、トラブルが悪化したりしてから対応する労力の方が、そういう状況を生まないように日ごろから信頼関係を築く労力よりも大きい。モンスター化した保護者に対応するよりも、モンスター化しないような環境を整えることの方がずっと生産的だし、協力的な保護者が増えれば教育活動がやりやすくなる。

 だから、教員に保護者や地域とうまくコミュニケーションを取る力が求められると同時に、学校にも、教員個々の力量に左右されることなくコミュニケーションが促進される仕組みをつくることが求められるのである。


 グラフのポイントはココ!

  1. (1)8割弱の教員が保護者・地域対応が増えたと感じており、多忙や負担感増大の一因になっている。
  2. (2)9割以上の保護者が学校に情報の提供を求めている。このニーズにうまく応えれば、学校への信頼感は高まる。

※初出:月刊「教員養成セミナー」2007年11月号(時事通信社)


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