調査室長コラム Ⅱ

第4回 教員増加要求の意味するところ

ベネッセ教育研究開発センター 教育調査室長 木村治生 (2008/08/25更新)

教員は増えるのか?

 ほとんどの学校で夏休みが終わろうとする8月末に、文部科学省が2008年度予算の概算要求を発表した。その目玉は、2010年までの3年間で、教職員を2万1000人増やすというものである※1

 しかし、国の借金は膨れ上がっている。国債の残高は540兆円を超え、国民1人に換算するとおよそ430万円である。次の世代にツケを回すべきではないという観点から、06年5月には行政改革推進法が成立した。この中では、少子化による子どもの純減よりも速いペースで、教員をたくさん減らす方針が定められている。確かに、子どもの数に比べて教員はそれほど減っていない。そのため、図1に示すように、1人の先生が面倒を見なければならない子どもの数はずっと減り続けてきた。文科省の要求はこうした状況に逆行しており、増員計画がどこまで認められるかは不透明である。

図1:本務教員1人あたり児童生徒数の推移

図1:本務教員1人あたり児童生徒数の推移

* 文部科学省「学校基本調査報告書」より

 とはいえ、私は、文科省が「教員を増やすべき」という意思表明をしたこと自体には、大きな意義があると考えている。その理由は、2つある。

 第一に、先進国(経済協力開発機構=OECD=加盟国)と比べると、日本の教員は、まだまだ多くの人数の児童・生徒を指導しているということだ。例えば、教員1人当たりの児童数は、OECD平均が16.5人であるのに対して、日本では19.9人である。国内総生産(GDP)に占める学校教育費の割合も、OECD平均5.1%に対し、日本は3.5%に過ぎない(OECD『図表でみる教育 2005年版』 *文部科学省のページへ飛びます)。要するに、教育にあまり投資をしていない国だということである。文科省の役割としては、教育課題の解決を学校や教員の努力に頼るだけではなく、政策レベルでどのように予算など資源を配分するかを考え、提案していくことが大切である。この意味で、生活と学習の両面で一人ひとりの子どもに沿った教育が求められる現在の状況を考えると、教員増の要望はうなずける。ただし、次世代にツケを回さないという財務省の主張や提案ももっともである。国民を交えた議論の中で、それらの提案から何を優先するかを決めていく必要がある。

教員勤務の大変さ

 文科省が教員増の要求をしたことに対して大きな意義があると考える第二の理由は、そのことが教員の勤務の過酷さを認めたことを示すからである。

 例えば、今後、学力向上の一環として「PISA型学力」を高める指導が学校に求められることになるだろう。PISA型学力とは、単なる知識や技能の習得だけでなく、獲得した知識・技能を活用して現実の問題を解決していくような力である。こうした力の育成には、資料の探究・読み取りや、論理的に物事を考えること、意見をまとめたり発表したりすることなどの体験的な活動が欠かせない。今の学校現場に、そのような課題の付加に応じられるだけの余力がどれくらいあるだろうか。文科省の概算要求は、学校現場の大変さを認め、もろもろの問題解決のために人的な資源の投下が必要だということを表明したのである。

 実際に、文科省が東京大学に委託して行った「教員勤務実態調査」(2006年)によると、小・中学校の教員は勤務日、休日ともに3時間前後の残業と持ち帰り業務を行っている。データから1ヵ月の残業時間を試算すると50時間を超え、持ち帰り業務も30時間を超える。ちなみに、40年前に行った調査(1966年度調査)では、月の残業時間が10〜20時間と少なかった。繰り返し述べるが、教員の努力のみに頼らない政策や仕組みづくりが必要なのだ。

若い教員のサポートを

 さて、教員の中でも特に残業時間が長いのは若い教員である。図2に示すように、「30歳以下」と「41〜50歳」「51歳以上」とでは、勤務日1日当たりの平均で1時間も差がある。若い教員は、それまでの経験による蓄積がない分、指導の準備に多くの時間を費やさなければならなかったり、業務の効率が悪かったりすることもあるかもしれない。また、若いこと(配偶者や子どもがいないこと)を理由に、仕事を多く割り振られるということがあるのかもしれない。

図2:教員の残業時間(年代別)

図2:教員の残業時間(年代別)

*計6期実施されている調査のうち、第1期(7月通常期)のデータを使用して作図した。
*時間は、勤務日1日当たりの残業時間(持ち帰り業務は含まず)を示す。

* 東京大学『教員勤務実態調査(小・中学校)報告書』
(平成18年度文部科学省委託調査研究報告書)より

 近年、教員の大変さが話題になったり、景気が上向きのせいもあったりして、教職に対する魅力が薄らいでいると聞く。大学の教員養成課程の入学者も減っている。教職が若い世代にとって魅力あるものにするためにも、若い教員への支援が重要だろう。サポートが充実しているということは、教職の魅力を高める対策にもなるが、実際に若い教員の力量アップにつながる。

 以前は、「ストーブ談義」という言葉を学校現場でよく聞いた。ストーブを囲んで子どものことや教え方などを話題に語り合う場面をいうが、こうした同僚や先輩との議論など、教員の「文化」としてあった教育技術の伝承の機会が、少なくなっている。日々の業務に追われるだけでなく、教職についてじっくり考え、試行錯誤する時間的余裕を若い教員に与えてはどうかと思うのだが、読者の皆さんは、どうお考えだろうか。

※1:本稿は2007年10月段階で発表したものである。その後、2008年度予算では、教職員1000名増、外部人材7000名の活用が認められた。


 グラフのポイントはココ!

  1. (1)教員1人当たりの児童・生徒数は一貫して減り続け、昭和30年代のおよそ半分の人数になっている。しかし、残業時間は増えている。
  2. (2)残業が多いのは、実は若い世代の教員である。勤務の過酷さが表れている。

※初出:月刊「教員養成セミナー」2007年12月号(時事通信社)


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